いろ

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6/30/2023, 3:48:39 AM

【入道雲】

 絵の具で描いたように真っ青な空に、もくもくと白い入道雲が浮かんでいる。あれは犬の顔、あれは天を駆ける竜。河川敷に寝転がって流れていく雲を眺めていれば、不意に視界に影が差した。
「こんなところで寝てたら、熱中症になっちゃうよ?」
 僕を見下ろす君の白い頬に、玉のような汗が伝っている。日差しに弱いくせに、帽子も何も被らずに外出するんだから困り物だ。
「君こそ、ちゃんと日差し対策しろって何度言わせるの」
 身体を起こし、被っていたキャップを君の頭にぽんと被せた。清楚な君の服装には似合わない無骨なキャップを、君は嬉しそうにはにかんで両手で抑える。
「ふふっ、ありがとう」
 幼い頃からずっと、一人の時間が好きだった。入道雲を眺めて想像を巡らせる時間が、何よりも楽しかった。だけど。
「買い物?」
「うん、コンビニにアイスを買いに行こうと思って」
「付き合うよ。途中で倒れられたら困るし」
 そんな憎まれ口を叩きながら、君と横並びで歩き始める。ぷかぷかと浮かぶ入道雲を眺めても、今は10分後に君と並んで食べるであろうソフトクリームにしか見えなかった。陳腐極まりない発想を、だけど悪くないなって感じる自分がいるのはきっと、君の隣にいるからだ。
 君と共にいる幸せを噛み締めながら、キャップがなくなって明るくなった視界に目を細めた。

6/28/2023, 12:51:11 PM

【夏】

 じいじいと五月蝿いアブラゼミの鳴き声が、照りつける日差しの暑さをさらに際立たせる。なんだって日本の夏はこんなにも蒸し暑いのか。公園の木陰にいるというのに、全身が溶け落ちてしまいそうだ。
 真っ青な空と木々の緑のコントラストが目に痛くて、ベンチの背もたれに背中を預けて瞳を閉じた。そうしているとやがて、朗らかな君の声が耳朶を打つ。
「お待たせ!」
 ゆっくりと目蓋を持ち上げれば、目の前にソフトクリームが突き出されていた。思わず目を瞬かせれば、眩しいくらいに明るい君の笑顔が僕へと向けられる。
「アイス、半分こにしよう!」
「良いの? 食べたくて買いに行ったんでしょ?」
 行列をしているアイスワゴンに、わざわざ炎天下にその身を晒してまで並んだのに。と、君は少しだけ照れたように僕から視線をそらした。
「良いの。一緒に食べたくて、買いに行ったんだから」
 その頬が赤いのは、夏の日差しのせいか。暑いだけのこの季節は好きじゃないけれど、だけどこんな可愛い君の姿を見られるなら悪いことばかりでもないかもしれない。
「ありがとう、いただきます」
 君の手の中のソフトクリームへとかぶりつけば、濃厚なミルクの甘さが口の中を冷たく満たした。
 

6/27/2023, 12:03:59 PM

【ここではないどこか】

 物心ついた時からずっと、私の心にはぽっかりと空いた穴があった。優しい両親、面倒見の良い姉、経済状況も悪くはない。家庭環境には十分に恵まれていたと思う。それでも何かが足りないと、心が全力で訴えていた。
 欠けたものを探すように、休みのたびに旅行へ出かけた。ここではないどこかに、私の本当の居場所がある。この心の隙間を埋めてくれるものがある。衝動に身をまかせて、日本中、世界中を探し求め続けた。
(――そうして君を見つけた)
 雑踏の中、君を見た瞬間に理解した。私に足りなかったのものは君なのだと。理由も理屈もないけれど、それでも君が私の片翼だった。本能がそう叫んでいた。
(懐かしいなぁ)
 出会った日に撮った写真を見返していれば、自然と口元が綻んだ。今日から私たちは同じ家で共に暮らしていくことになる。満ち足りた心がふわふわと踊っていた。

 ずっと探していた、私の心を埋めてくれるここではないどこか。それは君の隣だった。覚えてもいない前世からずっと、君の隣だけだった。

6/26/2023, 1:07:19 PM

【君と最後に会った日】

 スマホの小さな画面の中で、君が朗らかに笑っている。日常を切り出しただけの何の変哲もない動画を、もう幾度見返しただろう。
『ねえ。次の土曜日に、一緒にさ――』
 何かを告げかけた君は、僕が動画を撮っていることにそこで初めて気がついて、わざとらしく唇を尖らせた。
『もう、勝手に撮らないでよ。今日、化粧も全然してないし』
 別にそんなの気にしないのに。僕の声が画面の外から響くのを最後に、動画はぷつりと止まる。ああ、これから訪れる未来を知っていたなら、もっとちゃんと撮っておいたのに。
 突然崩れ落ちた君の身体。救急車のけたたましいサイレンの音。その全てが僕の記憶に色濃く焼き付いて離れない。
 君がもう、どこにもいない。その現実から目を背けるように、君と最後に会った日の光景を僕は無心で再生し続けた。

6/25/2023, 11:43:37 AM

【繊細な花】

 ガラスで形作られた美しい薔薇の花。薄氷のような花びらも、葉に浮き出た細い葉脈も、指先で触れただけで壊れてしまいそうなほどだった。君が最期に生み出したその花に、幾重にも守護の魔法をかける。砕けることのないように、奪われることのないように。
 君が自分の作品を、自らの産んだ子供のように愛していたことは知っている。世界中の人々に自分の作品が鑑賞され、賞賛されることを、君が至上の喜びとしていたことも。
 それでも僕は、この花が誰かの目に触れることを許せない。君が最期に生み出した、美しくも繊細な花。君と僕が出会った庭園に咲き誇っていた薔薇の花を模って造られた、君の遺作。
 拙い独占欲を、自分自身で制御できない。君との想い出を自分の手元だけに留めておきたいと、愚かな僕は願ってしまう。
(ワガママで、ごめん)
 泣きたい気持ちで囁いて、仕上げに認識阻害の魔法をかけた。これでもうこの透明な花は、永遠に僕だけのもの。僕にしか見えない繊細な花のその割れてしまいそうに薄い花弁に、優しいキスをそっと落とした。
 

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