僕はアビシニアン。イケメンなイエネコさ。
僕にはちょっと変わり者の友だちがいる。
彼はライオン君。
彼は背中に幾つものファスナーを持っているんだ。
ある日のこと、彼はマタタビ酒を口にした。
すると、彼は背中のファスナーを下ろし始めた。
ほろ酔いで、ライオンの着ぐるみを脱ぎ捨て、彼はチーターになった。
過去の自分を脱ぎ去るように軽くしなやかに。
酔いが回ると、もう一つのファスナーを開け、今度はヤマネコに変身した。
さらに酔うと、最後に彼はトラ猫になったんだ。僕と同じイエネコだ。
この変身プロセスは、なかなかに美しいショーだった。
この時、僕は彼と対等な存在になったと感じた。
そして様々な深い話をすることができた。
マタタビ酒を味わい、僕たちの距離が縮まってすっかり仲良くなれたのさ。
「君の背中」
「水族館にクラゲを見に行かないか。この時期なら、多分すいてるからゆったりと過ごせると思うんだ」
と僕は瑠愛を誘った。
冬の水族館はその通りの場所だった。
地下三階から続く巨大水槽の中では、何種類ものクラゲが幻想的な光の演出に包まれ、ゆらゆらと流れに身を任せて漂っている。
彼らの姿を見ているうちに、僕自身も海の中で溶け込んでいるかのように思えてくる。
ずっと昔からこの神秘的な空間の一部だったような気がする。
手を伸ばせば、その痺れる透明な皮膚に触れられそうだ。だけど、アクリルガラスがその想いを阻む。
まるで君の存在のようだ。
「結婚おめでとう、瑠愛。もうすぐ旅立つのかい?」
「いろいろ準備があるから、しばらくはこちらにいると思うわ」
と彼女は淡く微笑んだ。
その表情は、折り畳まれた半透明の空間のようだ。
今隣にいる君が、少しずつ遠くなっていくのを感じる。
「幸せになってくれよ」
と僕は呟く。
締め付けられるような痛みが走る。
「あなたもね」
と彼女は言った。
その短い言葉に一片の優しさをこめて。
水中に浮かぶクラゲたちのように、言葉は静かに揺れてやがて消えていく。遠く…
「遠く…」
星々がきらめく夜に、イケメン猫は銀色のゴンドラを漕いで、誰も知らない秘密を乗せてゆく。
その周りは、星屑の中に紛れた涙の雫や無邪気な笑顔が交錯している。
ゴンドラが傾かぬように、イケメン猫は無垢な心でただ漕ぎ進む。
その姿を月が見守り、語りかける。
「特別な夜だね」
イケメン猫は微笑んで答える。
「その通りさ、深く集中しているんだ。自分に没頭すれば、いつの間にかリズムが掴めて、自然と調和が生まれるものさ」
月は少し考えてから、静かに言う。
「秘密は、決して読み解いてはならぬものだな」
イケメン猫は澄んだ瞳を向けて、月の言葉に頷いた。
「誰も知らない秘密」
夜は純粋なまでに完結している。
何も考えずに、夢に身を委ねることができる。
夜明けが訪れる頃、夜の重力は軽くなり、一日の始まりに向けて頭の中で静かに準備運動をするのだ。
静寂の中、僕はまた新しい世界の混沌へと向かっていく。
「静かな夜明け」
ある日、親友であるグーフォは「透明な花を探しに行く」と言い残し、そのまま姿を消してしまった。
そのあとしばらく、グーフォの恋人のソフィーは泣いてばかりいた。
ある晩、僕は彼の夢を見た。
夢の中で、グーフォは冷たい白い空気の彼方に立っていた。そこはまるで時が止まっているようだった。
彼は僕に言う。
「ソフィーにこれを渡してほしい。これは永遠の花束なんだ」
そう言って、甘い香りの花束を僕に手渡した。
途端に花束と彼は次第に薄れていき、煙のように消え去った。
息苦しさに目を覚ました僕は、喉の渇きを癒そうとキッチンに向かった。
そこで目にしたのは、キッチンテーブルの上に置かれた甘く香る形のない花束。
不思議な話だ。
もしかしたらグーフォは時の概念を超えた世界に行ってしまったのかもしれない。
翌日、僕はソフィーに会って透明な花束を渡した。
彼女は彼からのメッセージを受け取ったようだった。
「永遠の花束」