「水族館にクラゲを見に行かないか。この時期なら、多分すいてるからゆったりと過ごせると思うんだ」
と僕は瑠愛を誘った。
冬の水族館はその通りの場所だった。
地下三階から続く巨大水槽の中では、何種類ものクラゲが幻想的な光の演出に包まれ、ゆらゆらと流れに身を任せて漂っている。
彼らの姿を見ているうちに、僕自身も海の中で溶け込んでいるかのように思えてくる。
ずっと昔からこの神秘的な空間の一部だったような気がする。
手を伸ばせば、その痺れる透明な皮膚に触れられそうだ。だけど、アクリルガラスがその想いを阻む。
まるで君の存在のようだ。
「結婚おめでとう、瑠愛。もうすぐ旅立つのかい?」
「いろいろ準備があるから、しばらくはこちらにいると思うわ」
と彼女は淡く微笑んだ。
その表情は、折り畳まれた半透明の空間のようだ。
今隣にいる君が、少しずつ遠くなっていくのを感じる。
「幸せになってくれよ」
と僕は呟く。
締め付けられるような痛みが走る。
「あなたもね」
と彼女は言った。
その短い言葉に一片の優しさをこめて。
水中に浮かぶクラゲたちのように、言葉は静かに揺れてやがて消えていく。遠く…
「遠く…」
2/9/2025, 3:03:16 AM