たそがれ爺さんは、どこぞの木の上に住んでいる。
爺さんは独り木の上で一日中新聞を隅から隅まで読みふけっている。
時事ネタに関してはコメンテーター顔負けだ。
夕暮れ時に爺さんは、人々がスマホを見ながら道を急ぐ姿を、木の上から見つめている。
人々は迷子のように自分の中に足りないものを感じている。
その時、たそがれ爺さんは、彼らの背中に灯りをともすように、読み終えた新聞を放り投げる。
それはバサバサと音を立てて人々の頭に落下し、黄昏の一瞬の道しるべとなる。
そして彼らはスマホをしまって淡々と岐路につくのだった。
「たそがれ」
彼女は子ども時代、さみしくても涙をこぼすことができなかったんだ。
まるで小さな玄い雲が空を仰ぎながら雨を我慢しているかのように。
本当は泣きたい気持ちが渦巻いていたかもしれないのにね。
彼女はとても負けず嫌いで勝ち気な少女だったんだよ。
でも大人になるにつれて、人生は勝ち負けではないことに気づいていく。
青い夜が訪れ愛の哀しみを知り、朱い昼の明るさの中で温かさや輝きを感じることで、彼女はやっと心から泣くことができるようになった。
涙は、彼女の心のひび割れを癒す優しい雨になった。
充分な時が経ち、さらにもっと大人になった彼女は、人生の意味を知り世界は白く穏やかになる。
そうしてきっと明日もまた、世界に感謝を捧げながら涙を流すのだろう。
「きっと明日も」
南国の夏が、北国の秋に恋をしたんだ。
もし彼らが大人だったなら、決して交わることのない恋だと分かって、はじめから諦めてしまっただろうね。
でも、彼らはまだ若かった。
多感な時期で、いろんな想いに揺れ動いていて、このまま中途半端に恋に悩んでいるんだ。
せつないけど、それでいいんだよ。きっとね。
だって、自分の経験からじゃないと分からないことがいっぱいあるんだから。
「秋恋」
☆☆☆☆☆☆☆
その日の僕はモヤモヤした気持ちでいっぱいだった。
見えないものの重さで喉が詰まりそうだった。
そんな気分で部活をサボって学校から帰る途中、通り雨に遭った。
雨は空気の密度を変え、僕の蓄積したモヤモヤは、やわらかくまとめられ整理されていく。
しばらくして雨があがると、心の霧は晴れ軽くなる感覚を覚える。
空を見上げると、虹が弧を描いて浮かび上がっていた。
特別なプレゼントのような気がした。
「通り雨」
☆創作
秋の入り口は小さく、そこから織り成される季節の出口は澱みなく真っ直ぐに広がっていく。
その流れは短く、儚い幻のようでもある。
静かに染まっていく葉は夏に置き忘れた言葉。
それは、ずっと探していたのに、いつの間にか心の奥に埋もれていたもの。
ようやく見つけたその言葉の声を、影が迷い込み覆ってしまう前に捕まえておこう。
秋の光が、記憶を呼び覚ますように木々の上に淡く輝いているうちに。
「秋🍁」
男の子は裸足になり、地面の温もりを感じながらジャングルジムへと足を運ぶ。
彼は白岩山羊のような軽快さでその高みへと登り始める。
てっぺんにたどり着くと、彼は何かを空へと放り投げた。
その動作は、キラキラした四和音のように、周囲の空気を震わせる。
彼は5つ降り、また5つ降り、さらに5つ降りて、地面に戻ってくる。
そして、再び登ろうとするのだ。
とうの昔にジャングルジムを登ることを忘れてしまった大人たちは、ただその様子を見守る。
しばらくすると、大人たちは揺らぐ空気に酔いしれながら、地面の上で踊っていた。
彼ら自身が音楽の一部となり、身体の奥底から湧き上がるリズムに委ね、ジャングルジムを見上げ両手を挙げて踊るのだった。
「ジャングルジム」