#束の間の休息
薄暗い部屋、机の上に広がる資料、青白い光を放つ画面、まとまらない文章。
その全てが、今の私を表しているようだった。
もう2時なのか、そろそろ寝ないと明日に支障出るかな。
でもこのデータは完成させないと……
「……はぁ。」
目の奥が痛い。
「はるー、夜食二人で食おう?」
こぼれたため息が聞こえていたのか、はたまた違うのか、ノックとともにたっくんの声が聞こえた。
「……ごめん、まだ終わって無くて……」
「……お前、休憩入れてる? 効率下がるから入れろって。」
「そんな変わんないでしょ……」
「あーもう、入る。」
「ちょっと、!」
あぁ、やってしまった。
たっくんが来るときはいつも清潔にしていた部屋、今はその真逆。
「……ぉらっ、つべこべ言わないで行くぞ。」
「ちょっ……」
強引に腕を引かれ、廊下に出る。
どこへ連れて行くつもりなんだか……
早く、終わらせないと……
リビングに近づくとふわりといい匂いが漂ってきて、お腹がぐぅと鳴った。
「休憩も大事だから。ちょっと休んだぐらいそんな変わんねーよ、元気だしてまた頑張れ。」
ダイニングテーブルには、ほかほかと湯気を立てた、不格好なオムライスが並んでいた。
#力を込めて
「……はる? もう寝た?」
「ん、起きてる……。どうかした?」
「あぁ、えっと……」
街は寝静まった、空も漆黒に染まっている時間。
さっきたっくんにおやすみを告げてそれぞれの部屋に入った、はず。
保湿だとかケアも全て終わっていた私は、少しSNSを覗いてすぐ布団に入っていた。
眠りにつこうとまぶたを閉じたところで控えめにノックする音とたっくんの声が聞こえて、聞き逃さないよう耳を澄ました。
「……いいよ、入ってきて。」
いつも薄着で寝がちな私は起きる頃に服がはだけていることがたまにあって、見られたくなくて夜から朝にかけて『部屋に入ってこないで』と言っていた。
でも今日は特別、たっくんが心配だから。
いつも布団に入った瞬間寝てしまうようなたっくんが、まだ起きていて私の部屋を訪れる、それだけで何かあったのかと思う。
「はる、……抱きしめていい?」
「うん、おいで。」
「ん……」
少しやつれた顔で、目は不安そうに彷徨っている。
今日朝も夜も一緒にいたけど、全然そんな感じじゃなかった。
強がって平気ぶってたのかな。
「……ごめん、……っ」
「大丈夫、疲れちゃったんだよね? 竜也、いつも頑張ってるもんね。お疲れ様。」
声を押し殺して泣く竜也の腕には、離れまいと言うように力がこもっていた。
#過ぎた日を想う
「……はい、はるちゃん。できたよ。」
「……うん。」
床に向けていた視線を眼の前の大きな鏡向ける。
「ふふ、かわいいじゃん。」
「……うん。」
真っ白で丈の長い、ふわっとした衣装に包まれた自分を見る。
ついに来たんだという実感とともに、これから始まるんだという緊張が胸を取り巻く。
「緊張してるの? らしくないね。堂々と居ればいいんだよ。」
「華はいつも楽観的でいいよね。私とは違って……」
気づけば握りしめていた手には、爪が食い込むほど力が入っていて。
華がそっと撫でてくれて、少しだけ力が抜けた。
「もう。大丈夫だって! ゆっくり呼吸して、これまでのこと思い出してみて?」
華の言う通り、目を閉じてゆっくり息を吸って、竜也とのことを考える。
高校生のとき、学校帰りに一緒にドーナツ屋さんに行ったこと。
嫌がる手を引いて、一緒に星を見に行ったこと。
一緒に学校を抜け出したこと。
高校を卒業する日告白されて、大人になって同棲を始めて。
人肌が恋しい夜には手を繋いで寝て。
学生の頃はそんなこと、全く想像もつかなかったな。
ついに、竜也と結婚するんだ。
「……楽しみ、だな。」
そろそろ時間だ。
控室の扉を開き、式場へ一歩踏み出した。
#星座
「たっちゃんー。」
「うわ、その呼び方やめろって。」
ずっと前、俺らが幼稚園に通っていた頃の呼び名にドキッとする。
いつもは呼び捨ての遥香だけど、ニヤニヤ笑って時々そう呼ぶ。
俺の反応楽しんでんだろ。
全く、何が楽しいんだか。
「もう、昔は『なぁに!』って言ってくれてたのに。すっかり変わっちゃって……」
「そりゃそうだろ。いったいいつの話してるんだよ……」
「で? なんの用。」
「んー? 何だと思う?」
こいつはいつも急だ。
ある日は夕方に家に来て『今日泊めて!』と言い出したり、ある日は俺の腕を引いて授業をサボろうとしたり。
「知るかよ。」
「今日流星群なんだって! 私星詳しいんだよ? 行こうよ。」
「行くってどこに……」
「学校の裏山、すごい眺めがいいんだって。」
「……山登ろうって?」
「そう! 来るでしょ?」
「行かねーよ……」
もう眠いし今日は早く寝ようと思っていた。
星なんか興味ない。
「そんなこと言わない! ほら行くよ!」
「おばさんには私から言っとくから!」
はぁ、今日もこいつに振り回されそうだ。
#踊りませんか?
「うーん……」
放課後の図書館でひとり、頭を抱えていた。
「この辺だったと思うんだけど……」
この図書館には一度だけ、私がまだ小学校に入ったばかりの頃に来たことがある。
まだ本が得意では無くて、動物の出てくる絵本が大好きだった。
いくつか手にとってもどれも数ページ読み進めても途中で飽きてしまって、すぐに本棚に戻す、それを繰り返していた。
けれど一冊だけ最後まで読めた本があって、それが忘れられずにいた。
今日はその本を探しに来たのだ。
本棚の場所は覚えている。
外観も内装もそこまで変わっていなくて、本は増えたり減ったりしただろうけどすぐに見つかるかな……なんて思っていたのだけれど。
「……本棚、配置変わった?」
もう何年も経ってるし変わってて当たり前か……
あいにくタイトルは覚えていない。
内容はぼんやりと。
ちぐはぐで揉めてばかりの動物たちが、ある一言で笑顔になって、一緒に踊りだす。
今思い返せばそこまで面白いのかとも思うけど、オスのたぬきとメスのきつねが手を取り合って笑っているシーンが目に焼き付いていた。
絵本のありそうな棚をざっと見ていくけどそれっぽそうな本が無い。
あぁ、タイトルさえわかれば。
「『踊りませんか?』……?」
ふと目に入った本のタイトル。
踊り、という面では同じ。
本棚から取り出してピラピラとページをめくる。
──あ、これだ。
色鉛筆のようなザラザラしている優しいタッチのイラストが、記憶の中にあった絵本と一致する。
ずっと感じていたモヤモヤが晴れてすっきりしたと同時に、印象に残っていたシーンに少し疑問が浮かび上がる。
消極的で言葉数の少ないリスが仲裁していた最中にある言葉を言う。
『皆さんは、仲良くしたくないのですか? 一緒に楽しいことをしましょう。踊りませんか?』
ここまではいい。
次のページで大きく描かれているたぬきときつね。
きつねの目に涙が浮かんでいた。
満面の笑みで楽しく踊っていると思っていたから、涙なんてそぐわない。
楽しいだけじゃなかったのかな。
本当はみんな、仲良くしたくて、でもどうすればいいのかわからなくて、すれ違ってばかりだったのかもしれない。
ようやく仲良くなれて嬉しかったのかな。
あぁ、やっぱり絵本は奥が深い。
大好きだ。