→船に乗る。
言い訳ばかりで何もできない、
そんな僕がようやく自分の船を漕ぎだした。
誰かを乗せる余裕もない小さな船に、たった一人。
いきなり惰弱を克服できるはずもなく、早速の疑心暗鬼。
明日を信じることすら恐ろしく、仕方無しにただ櫓を漕ぐ。
出航を後悔する。
一欠片の夢を船底に見つけて、それを空に掲げてみる。
僕が何者かであったなら、コイツが光って導いてくれたのだろうか?
もう落とさないように胸元に仕舞い込む。
少し心が温かくなる。
夜、船に寝転ぶ。満天の星に体を撃ち抜かれる。
陸にいたときには考えもしなかった衝撃。目から星が瞬いた。
新しい感覚に笑みが浮かぶ。
時折、過ぎゆく船とカンテラでやり取りする。
船は孤独だと思っていたが、陸のほうが焦燥と孤独に苛まれていた。
気がつくと、櫓を漕ぐ腕が少し太くなっていた。
明日も明後日も、僕は船の上。
嵐が来ようとも、僕は船の上。
嵐の後にはどんな発見があるのだろう。
今から楽しみだ。
テーマ; 嵐が来ようとも
→短編・おくれ毛
屋台のライトがオレンジとか白とか、明るくて眩しい。昼間みたいだけど、灯りから離れるとすぐ横は夜。人が塊みたいに集まってる、近所の商店街のお祭り。
彼女が俺の手を引いている。えり足のおくれ毛が目について離れない。
浴衣の背中。帯の結び方にも名前があるって教えてくれたけど覚えてない。そんな余裕なかった。いっつもきっちり髪を束ねてるから、顔とかに出てる髪のことを言ったら「おくれ毛だよ」と笑われた。
そもそも浴衣を着てくるなんて聞いてなかった。一番かっこよく見えるはずのTシャツ、なんかダサい。俺、カッコ悪い。
いつもと違いすぎてどうしたらいいのかまったくわからない。姉ちゃんに化粧してもらったっていう唇はピンク色でピカピカしてる。目がいつもよりも大きいような気がする。なんかいい匂いがする。いつもは大口開けて笑うくせにさ、今日はクスクス笑ってばっかり。
どうしてこんなに心臓がバクバクするんだろう。付き合おうって告白したのは中1の3学期。あの日よりも緊張する。なんか彼女、知らない女の子みたい。
あれも美味しそうとか、くじ引きやろうかなとか、彼女が俺の手を引く。
手を引かれる俺はまるで小学生のガキみたい。周りから弟とか思われてたらサイアクだよな。せめてあのおくれ毛がなければ、もうちょっといつも通りに振る舞えそうな気がするんだけどな。
テーマ; お祭り
→小さなことからコツコツと、が実りますように。
「あれぇ? 地球ってこんなかんじだっけ? 気候、こんな設定にしてないんだけどなぁ。なんだか色々と不均衡な気が……。地球取扱説明書、まだあったかなぁ。再起動ってどうやるんだっけ?」
コンビニから出たばかりの私の前に現れた神様は、汗を拭き拭きそんなボヤキを残して消えた。
片手に提げたビニール袋の中、ペットボトルやらアイスやらがガサリと音を立てた。
なんとなく怖くなって、アンチ・チキュウオンダンカのため、水筒とエコバッグを持ち歩くようになった。
テーマ; 神様が舞い降りてきて、こう言った。
→短編・出るに出られず、
あっ、誰か入ってきた。二人組?
声からするに若そうだな。
「お前、さっきから机拭いたり、扉開けたり、何してんの?」
「誰かのためになるなら、俺はそれでいいんだよ」
「その生ぬるい目ヤベェな」
「せめて優しそうって言って」
「あのさぁ、街コン初っ端、イイヒト総合点で勝負しようとすんのって、どうなの?」
「きっと誰かが見ててくれる願望」
「なぁ、アーミーナイフ、知ってる?」
「急すぎん? まぁ、いいけど。アーミーナイフってハサミとかドライバーとか付いてる多機能なヤツ?」
「そうそう。で、例えばさ、ハサミ探してるときにアーミーナイフどこだっけって探す?」
「探さねぇよ。普通にハサミ探すわ。何の話だよ?」
「そうだろ? それが普通。つまりさ、総合点で広く浅く目指すよりも、一点集中の方がアピールしやすいってこと」
「浅いようで浅いな」
「――からの~⤴」
「いやいやいや、何も持ち上がらんし」
「マジか」
「すこぶるマジ」
うっわぁぁあ!! ナニ、あれ!! 若いなぁ、可愛いなぁ。
おじさん、あまりの衝撃にトイレの個室から出れなくなっちゃったよ。
街コン中かぁ。俺らの若い頃は出会いの場といえば合コンだったなぁ~。今や、街コンとかマッチングアプリとかあるって聞いてたけど、友だちとの会話ってそんなに変わらんもんだな。
もしかして若かった俺たちの会話もこうして誰かに聞かれてたのかな? 過去の話だけどそれが誰かのためになってたら、ちょっといいよな。
ちょうど今の俺が癒されたみたいに。
テーマ; 誰かのためになるならば
→短編・少年と銀鼠の鳥
少年の父親は、銀鼠色の美しい鳥を飼っています。遠い国からやって来た商人から買い付けたものです。
ある日、少年は父親の書斎に忍び込んで、鳥を外へと逃がしました。狭い場所に閉じ込められて可哀想だと思ったからです。
「ホラ、これでどこにでも行けるよ」
鳥は近くの木に止まって少年を見ています。銀鼠色の羽が陽の光を受けて玉虫色に輝いています。キュイと感高い鳴き声を上げて、鳥は飛び立っていきました。ありがとうと言っているように少年には聞こえました。
少年は図書館にやってきました。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは。今日も来ちゃった」
毎日のように図書館を訪れる少年は、もうすっかり司書の男性とは顔なじみです。
少年は気になるタイトルの本を手に図書館の奥に向かいます。
少年はいつもの席に落ち着きます。建物から張り出した円形の小さな空間にある安楽椅子。椅子を取り囲む円形の壁にはステンドグラスがはめ込まれているのですが、どれも光を通さず本を読むにはあまり快適とは言えません。
少年が備え付けのスタンドライトを灯そうとしたとき、司書さんが少年のそばにやってきました。
「ちょっとこっちにおいでよ」
少年を引っ張って広くて明るい閲覧室に連れてゆきます。「あんな暗くて狭い場所よりこっちのほうが快適さ」
少年が何も言わないうちに背中をバンバンと叩いて司書さんはカウンターに戻っていきました。
その優しさを無下にできず、仕方なくその辺りで本を読み始めた少年ですが、集中できず10ページも読めませんでした。
「あれっ?」
図書館から家に帰った少年は、書斎の鳥かごに銀鼠色の鳥を見つけました。
少年はもう一度鳥を逃がそうとしました。少年が鳥かごに指を入れたとき、「止めて」と声がしました。
驚いた少年はキョロキョロと書斎を見回します。
「ここよ、ここ!!」
何と、話しているのは鳥ではありませんか!
「君、話せたの?!」
「私、ここが好きなの」
少年の言うことを無視して、鳥はさも迷惑そうな声を上げました。
「外は広いよ」と、おっかなびっくりの少年。
「だから何? ここは清潔で食事もついてて、イタチやテンに狙われることもない」
「僕、君は空を自由に飛び回りたいんじゃないかと思って……」
「そうね、空も素敵よ。でもね、私はここであなたのお父さんに大事にされて、彼のために歌いたいの」
「ごめんなさい」
自分のやったことが鳥のためにならなかったと知り、少年は肩を落としました。
少年のあまりのヘコみ具合に鳥が慌てて声をかけました。「そんなに落ち込まないでよ」
鳥は体をクルリを背に回すと尾羽根を抜き取りました。
「子どもにそんな顔させちゃ、後味が悪いったらありゃしない。これあげるから、もう余計なことはしないって約束して」
銀鼠色の尾羽根が微妙な色合いでひらひら揺れるさまを見ているうちに、少年の瞼が閉じてゆきました。
翌日、少年は書斎で寝ているところを家の人に発見されました。鳥と話したと言っても誰も信じません。寝とぼけたのだろうとからかわれる始末です。父親を引っ張って鳥と話させようとしましたが、鳥は美しい声でキュイと鳴くだけでした。
「こんにちは、司書さん」
「やぁ、こんにちは。昨日と同じ明るい席を空けてあるよ」
司書さんの朗らかな笑顔に少し怖気づきながらも、少年は言いました。
「僕、いつもの席に行きます」
「暗いし狭いだろうに」
「あの席が好きなんです。本に集中できるから」
司書さんは「なるほどなぁ」と頷きました。
少年は図書館の奥に向かいます。その胸元には、ピンバッチに仕立てた銀鼠色の尾羽根が付いていました。
少年は今日も図書館で本を読んでいます。彼のお気に入りの場所は、ステンドグラスに囲われた安楽椅子。
その外観は張り出した円形状で、ステンドグラスも相まって鳥かごのように見えることを少年は知りません。
テーマ; 鳥かご