一尾(いっぽ)

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→短編・少年と銀鼠の鳥

 少年の父親は、銀鼠色の美しい鳥を飼っています。遠い国からやって来た商人から買い付けたものです。
 ある日、少年は父親の書斎に忍び込んで、鳥を外へと逃がしました。狭い場所に閉じ込められて可哀想だと思ったからです。
「ホラ、これでどこにでも行けるよ」
 鳥は近くの木に止まって少年を見ています。銀鼠色の羽が陽の光を受けて玉虫色に輝いています。キュイと感高い鳴き声を上げて、鳥は飛び立っていきました。ありがとうと言っているように少年には聞こえました。

 少年は図書館にやってきました。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは。今日も来ちゃった」
 毎日のように図書館を訪れる少年は、もうすっかり司書の男性とは顔なじみです。
 少年は気になるタイトルの本を手に図書館の奥に向かいます。
 少年はいつもの席に落ち着きます。建物から張り出した円形の小さな空間にある安楽椅子。椅子を取り囲む円形の壁にはステンドグラスがはめ込まれているのですが、どれも光を通さず本を読むにはあまり快適とは言えません。
 少年が備え付けのスタンドライトを灯そうとしたとき、司書さんが少年のそばにやってきました。
「ちょっとこっちにおいでよ」
 少年を引っ張って広くて明るい閲覧室に連れてゆきます。「あんな暗くて狭い場所よりこっちのほうが快適さ」
 少年が何も言わないうちに背中をバンバンと叩いて司書さんはカウンターに戻っていきました。
 その優しさを無下にできず、仕方なくその辺りで本を読み始めた少年ですが、集中できず10ページも読めませんでした。

「あれっ?」
 図書館から家に帰った少年は、書斎の鳥かごに銀鼠色の鳥を見つけました。
 少年はもう一度鳥を逃がそうとしました。少年が鳥かごに指を入れたとき、「止めて」と声がしました。
 驚いた少年はキョロキョロと書斎を見回します。
「ここよ、ここ!!」
 何と、話しているのは鳥ではありませんか! 
「君、話せたの?!」
「私、ここが好きなの」
 少年の言うことを無視して、鳥はさも迷惑そうな声を上げました。
「外は広いよ」と、おっかなびっくりの少年。
「だから何? ここは清潔で食事もついてて、イタチやテンに狙われることもない」
「僕、君は空を自由に飛び回りたいんじゃないかと思って……」
「そうね、空も素敵よ。でもね、私はここであなたのお父さんに大事にされて、彼のために歌いたいの」
「ごめんなさい」
 自分のやったことが鳥のためにならなかったと知り、少年は肩を落としました。
 少年のあまりのヘコみ具合に鳥が慌てて声をかけました。「そんなに落ち込まないでよ」
 鳥は体をクルリを背に回すと尾羽根を抜き取りました。
「子どもにそんな顔させちゃ、後味が悪いったらありゃしない。これあげるから、もう余計なことはしないって約束して」
 銀鼠色の尾羽根が微妙な色合いでひらひら揺れるさまを見ているうちに、少年の瞼が閉じてゆきました。
 翌日、少年は書斎で寝ているところを家の人に発見されました。鳥と話したと言っても誰も信じません。寝とぼけたのだろうとからかわれる始末です。父親を引っ張って鳥と話させようとしましたが、鳥は美しい声でキュイと鳴くだけでした。

「こんにちは、司書さん」
「やぁ、こんにちは。昨日と同じ明るい席を空けてあるよ」
 司書さんの朗らかな笑顔に少し怖気づきながらも、少年は言いました。
「僕、いつもの席に行きます」
「暗いし狭いだろうに」
「あの席が好きなんです。本に集中できるから」
 司書さんは「なるほどなぁ」と頷きました。
 少年は図書館の奥に向かいます。その胸元には、ピンバッチに仕立てた銀鼠色の尾羽根が付いていました。

 少年は今日も図書館で本を読んでいます。彼のお気に入りの場所は、ステンドグラスに囲われた安楽椅子。
 その外観は張り出した円形状で、ステンドグラスも相まって鳥かごのように見えることを少年は知りません。

テーマ; 鳥かご

7/25/2024, 4:30:34 PM