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12/17/2024, 11:14:31 AM

「本当の自分って幻想だと思うんだよね」
「急にどうしたの」

「さっきもだけど、三木ちゃん本当の私ってフレーズすごく使うじゃん。」
「若いってこと?」

「違う違う。本当の自分が存在するって信じることで損することもあるんじゃないかって。」

「例えば?」

「三木ちゃんは自分のこと無能だって言うけどさ、今の仕事に向いてないってだけで色んなことが上手なワケ。
本当の自分を定義づけちゃうことで、自分を固定しちゃうっていうかさ。私たちの体って1つだけど精神は流動だと思うんだよね。」
「まぁ歳とったら趣味とか価値観も変わるしねぇ。」

「だから自分を型にはめたら、色んな可能性が消えちゃうんじゃないかなって、思った。」
「なるほどねぇ。真田さんはどう思う?」

私たちの前を偶然通りかかった真田さんが呆れたようにため息をついた。
「幻想に決まってるだろ。そもそも私たちは幽霊なんだから。」

12/16/2024, 11:47:33 AM

相澤はよく学校を休む。
体が弱いのなら、四六時中騒いだりせず大人しくしていればいいのに。

きのう相澤の家の近くへ行ったから、ついでに寄ってみるとゾンビみたいな顔色で笑って出迎えてくれた。
どうやら雪にダイブして遊んでいたら風邪をひいたらしい。馬鹿だ。

「なんにも上手くいかないなら、せめて笑ってた方がいいだろ?」
「お前の笑顔は投げやりなんだ。」
これが僕らのお決まりの会話だ。
そしてどうやら、きのうがお決まりの最後だったらしい。

相澤は学校に来なくなった。
先生は病気を拗らせたのだと言った。
相澤の家を訪ねても、誰も出てこなかった。

僕は唯一の友人を突然失い、怒り半分、心配半分で学生生活を送った。

ある日、配給をもらった帰りに公園を通りがかると浮浪者がゴミ箱を漁っていた。
最近ではよくあることだと無視して帰ろうとしたら、目が合った。
相澤だった。
相澤は笑った。別人みたいな笑い方だった。
僕は頭が真っ白になった。

それでもガリガリに痩せた相澤に配給で貰ったパンを差し出した。
相澤は傷ついたように顔を歪ませたが、やがて奪い取るようにして貪り食った。

それから僕も体調をよく崩すようになった。
だけど相澤のことは未だに何も理解できていないし、笑うこともできない。

12/15/2024, 1:45:26 PM

雪が降る日は天使の日。相澤くんと、天使の肉を食べることになっている。
私は安っぽくて硬い肉の方が好きだけど、相澤くんはそうでもないらしい。
いつも相澤くんは少食なのに、天使の肉がおかずだとご飯を3杯も食べる。
相澤くんは毎日が雪ならいいのに、と笑った。

人間は救われることを諦めた。
そして救うと言っておきながら、人間の苦しみの根源に為す術もなかった天使を私たちは呪った。
食糧不足を解決するために、国は天使を食品にしてしまった。
そして天使にとっては不幸なことに、思いのほか美味しかった。

天使を食べたあと、相澤くんは外に出て地面に敷き詰められた雪の上で仰向けになる。
彼は手足をばたつかせ、呻き声をあげる。何を言っているかは聞き取れない。
雪の上で腕を動かした跡が翼に見える。
スノーエンジェル。
ふと相澤くんが呟いた。
「オレ、天使になりたいんすよ。」

12/14/2024, 10:00:18 PM

イルミネーションで飾られた街並みを歩くとき、いま幸福でない人たちのことを考える。久世くんについて想いをめぐらせる。

この景色は僕が死にかけたときに見た光景と似ている。

高校生のとき車に轢かれた。そして目が覚めたら華やかな光に囲まれていた。
僕は死ぬのだ。
怖くはなかった。ただ綺麗だ、と思って辺りを歩いた。

そこに久世くんがいた。
久世くんは小学生のままの姿で、体育座りをしていた。
薄汚れた服を着て、いろんな色に濁った痣が光になり損ねたように肌にこびり付いていた。

「久世くんが迎えに来てくれたの?」

久世くんが光った。
僕が光の洪水を浴びて目を瞬いた隙に久世くんも光たちの一部になった。

僕は泣いた。気づいたからだ。
この光の群れは久世くんのように死んだ、踏みにじられた命たちなのだ。

嘘だ。それは僕がそう思いたいだけに過ぎない。
最期に彼が救われたなんて幻想を抱くことは、彼にとって最も残酷なことではないのか?
嘘つきめ!

僕は病室で目を覚ました。

以来、イルミネーションを見ると僕は複雑な気持ちになる。
それでも制限時間内で精一杯はたらくのだ。僕はみんなに希望を与えるサンタクロースなのだから。

12/13/2024, 9:51:46 PM

誰かを愛せる人になりたかった、とクリスマスやバレンタインが来る度に清水は思う。

思いやり、心からの気遣いで誰かを元気づけられたらいいのに。

清水が愛を語るとき、すべては仮定だ。
私が誰かを愛しているなら。

人間に不可欠な愛の穴を埋めるために、毎月清水は寄付をする。
お金だけでなく献血やヘアドネーションで誰かに幸せになってもらいたい、と思おうとする。
だが、清水が与えられるものは物理的なものだけだ。

実のところ清水は誰の幸せも祈っていないのだから。

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