その音はいつも突然にやってくる。
笑顔と羞恥を引き連れて。
「新しい魔法史の問題、勉強したところ全然でなかったぁぁぁぁ!ヤマ張ったのに!」
「半分くらい新しい問題だったね」
「ねぇ、守仁の杖の材質なんて聞いたことあった???イチョウの木とか初めてしったよ」
同じ寮の3人で受けた授業は思いの外難しく、ああでもないこうでもないと次の魔法史への対策や答えを共有しあう。
「次の寮対抗って魔法史もあるんだよね?それまでに全部覚えられるかなぁ…」
「ちょっと頑張りたいよね!寮対抗舞踏会もスリザリン抜かして2位だったし!俄然燃えてきた!」
「もう何回か授業受けといて、答えが予測できるようにしときたいね」
次の行事に向けて結束を高めあっているとふいに地響きのような、岩が転がってくるような音がすぐそばで聞こえた。
「………でもとりあえずはご飯食べてこようか(笑)」
「そうだね…そこで問題出しあったりする?(笑)」
「…お腹空いたああああ!急げ!!」
羞恥を隠すように先に廊下を走り出す。ああ私ってやつは。やれやれと二人がクスクス笑っているのを背中で感じる。
でも、私は知ってるよ。
二人だって、授業中に(私より控えめだったけども)同じ音を出していたんだから。
真ん中にいた私はどっちのお腹の音だったのかも知っているんだからね。
羞恥に負けず今もぐるぐる鳴るお腹を押さえながら大広間の入り口を目指す。
さて、今日のお腹の音楽を満たしてくれるのはどんなご飯だろうか
「君の奏でる音楽」 HPMA
小さな頃からよく見る夢がある。
古い大きな城の回りを箒で飛んで城の1番高い屋根に上に降り立ち、大きな真ん丸の月を眺めたり。
薄暗い森の中へ薬草や花を集めに行き、時々何かに追いかけられ逃げていたり。
赤や黄色だったり、青や緑の制服を着た自分と同じくらいの友だちと教室で勉強する夢。
この夢を見るときはいつもどこか懐かしい、帰りたくなるような気持ちになる。
いつも一緒の男の子や妹や弟のように可愛がってる顔を会わせば遊んだり踊ったりする友だちもいて。
目覚めたときには思い出せないその顔たちはそれでもみんなよく笑っていて、そのなかで私も笑っていたのだけはわかる。夢の中の私はいつも楽しげだ。
ベッドの脇に置かれたスマホとメガネを持ち、名残惜しくふわふわのお布団とさよならをする。
大きく伸びをしてテレビを付けると一面に大きな月が写し出されていた。
そういえば今日は数年に一度の月が大きくみえる日だったような。しかもニュースによると満月だとか。
今日は空がよくみえるあの丘に行ってみようか。
私がこっそり「月見丘」と呼んでいるお気に入りの場所に。
夢で見る場所にそっくりなあの丘へ。
「なんちゃって一人ピクニックでもしようかな~」
チューハイ一缶におつまみひとつ。
良い夜になりそうな予感。
「遠い日の記憶」HPMA side T
「ねぇ、この新しいリップ夏っぽくて素敵じゃない?」
「おねえさまの肌によく似合っててとても素敵です!」
「ふふ、ありがとう」
ふと近づいた私の大好きなおねえさまの顔にきゅっと目を閉じると唇に柔らかいものが触れた
「お裾分け。あなたにもよく似合ってるわよ」
あぁ、悪戯っぽく笑うその顔が大好き。
さらりと嬉しいことをしてくれるおねえさまが大好き。
「………私もそのリップ買っておねえさまにちゅーしてお裾分けしたいです」
「んー。でももう私が持ってるしいらないと思うけど。」
ひとつあればいつでもお裾分けできるじゃない。
弧を描くその唇がずるくてかわいくて大好きで。
「むぅ………じゃあおねえさま、」
ひとつあればいいのならと、もう一回のおねだりをした。
HPMA side.C
「たぶん、もう会うことはないんじゃないかな。」
彼との会話で覚えているのはこれだけだ。
ある夏の日。2人で居酒屋に行く事になった。
久々の再会に少しぎこちなさを感じつつもそれでも楽しく時間を過ごしていた。
「私、結婚するんだ。」
これを伝えたときの彼の顔を私は覚えていない。
なんだか少し寂しそうな、けど祝福の言葉をくれたような。お酒が入って曖昧な頭だった私にはそのときの彼の心情など尚のこと知るよしもない。
そこからきっといろんな話をしたのだと思う。
楽しい気分のまま駅の改札へ向かう道の夜風の気持ちよさをよく覚えている。
ケラケラしてる私はゆったりふわふわ縁石の上を歩く。
「また数年後くらいに会えたらいいね!そのとき私は赤ちゃん連れてたりして(笑)」
そうして彼はポツリとこう言った。
「たぶん、もう会うことはないんじゃないかな。」
そんなことあるかなぁ?結婚して友達に会えないなんてことあるのだろうか。
声に出した言葉もそうかなぁ?と上の空のような返事だった覚えがある。
それくらい私には今も未来も曖昧に揺らめいていた。
数年後、ふと風の便りで彼が結婚したことを知った。そのとき思い出したのは最後に会ったあの日。
あの日彼は私に別れを告げたのだろう。何も考えていない、何もわかっていない私を置いて。
今ならわかる。このまま時々会える関係が心地よかった私と、そうではなかった彼との歪み。
もう会うことの無い彼の姿は静止画のように動かない。
私のなかで人生の中の1枚となってしまったのだ。
きっと彼にとっての私もそうなってしまったことだろう。
「君と最後に会った日」
遠い昔、深緑の板面に相合傘を描いた。
今でも思い出せる書き慣れた自分の名前と跡を残したくなくて薄く弱々しく書かれた相手の名前。
大好きです。叶いますように。と願ったあの日の傘は急いで消したのと同じようにあっという間に叶うことのなかった思い出になった。
今、また描くなら。
私は誰の名前を書くのだろう。
「相合傘」