行かないでって言えてしまったから
言えてしまったから、今こんなことになっているのだろうか。
引き止めたこの手はもう下ろすことが出来ない。
私を見つめる視線を感じる
私はそれを見つめ返すことが出来ない
ああ、なにか言わなければ、言わなければ
引き止めた言葉の続きを
カラカラに張り付いた喉をなんとか震わした
「 」
魔法界ではマグルの電子機器はすべて異常を起こして使えなくなってしまう。
そんなことはみんな周知であるのに、私の友達であるマグル出身の彼女だけはスマホという遠く離れた相手と会話や手紙のやり取りが出来るという機器をじっと睨み付けていた。
「真っ暗に見えるけど、それって今使ってるの?」
「ううん、使えないよ。使えないけど、気になって仕方ないの」
「どうして?」
「LINE…えーと、手紙の内容が気になって…」
聞くところによると、ホグワーツに向かう道中のギリギリまでやりとりをしていた会話の返事が気になって仕方ないらしい。
これはもしかして………
「もしかして、前に教えてくれたマグルの彼氏~??」
ニヤニヤと口元が弛むのを隠しきれなかったわたしの問いに彼女はボッ!!と火を吹いたように顔を赤くした
「うはは(笑)どんないかがわしい内容の手紙だったのやらっ」
「ちがうちがう!全然そんな話ししてない!!」
ちゃかすたびに全力で否定してくる友達が面白くてかわいくて仕方ない。
恋をしてる女の子はどうしてこんなにもかわいいのだろう。
前に見せてくれた静止画の写真には幸せそうな彼女の横にこれまた優しそうな、でも少し好きな子にはいじわるしてそうな男の子が写っていたっけ。
「冬休みになったら帰ってくるから、どこにデート行こうかって相談をしてただけ!!」
「へぇ~?そうなんだぁ~?ラブラブだねぇ~~??」
「そういうわけじゃないけどっ…あーーーもうほっといてぇぇ!!」
ホグワーツの今期は始まったばかり。
彼女の熱い視線はまだまだその機器に注がれるのだろうな。
「開けないLINE」
HPMA side.T
その音はいつも突然にやってくる。
笑顔と羞恥を引き連れて。
「新しい魔法史の問題、勉強したところ全然でなかったぁぁぁぁ!ヤマ張ったのに!」
「半分くらい新しい問題だったね」
「ねぇ、守仁の杖の材質なんて聞いたことあった???イチョウの木とか初めてしったよ」
同じ寮の3人で受けた授業は思いの外難しく、ああでもないこうでもないと次の魔法史への対策や答えを共有しあう。
「次の寮対抗って魔法史もあるんだよね?それまでに全部覚えられるかなぁ…」
「ちょっと頑張りたいよね!寮対抗舞踏会もスリザリン抜かして2位だったし!俄然燃えてきた!」
「もう何回か授業受けといて、答えが予測できるようにしときたいね」
次の行事に向けて結束を高めあっているとふいに地響きのような、岩が転がってくるような音がすぐそばで聞こえた。
「………でもとりあえずはご飯食べてこようか(笑)」
「そうだね…そこで問題出しあったりする?(笑)」
「…お腹空いたああああ!急げ!!」
羞恥を隠すように先に廊下を走り出す。ああ私ってやつは。やれやれと二人がクスクス笑っているのを背中で感じる。
でも、私は知ってるよ。
二人だって、授業中に(私より控えめだったけども)同じ音を出していたんだから。
真ん中にいた私はどっちのお腹の音だったのかも知っているんだからね。
羞恥に負けず今もぐるぐる鳴るお腹を押さえながら大広間の入り口を目指す。
さて、今日のお腹の音楽を満たしてくれるのはどんなご飯だろうか
「君の奏でる音楽」 HPMA
小さな頃からよく見る夢がある。
古い大きな城の回りを箒で飛んで城の1番高い屋根に上に降り立ち、大きな真ん丸の月を眺めたり。
薄暗い森の中へ薬草や花を集めに行き、時々何かに追いかけられ逃げていたり。
赤や黄色だったり、青や緑の制服を着た自分と同じくらいの友だちと教室で勉強する夢。
この夢を見るときはいつもどこか懐かしい、帰りたくなるような気持ちになる。
いつも一緒の男の子や妹や弟のように可愛がってる顔を会わせば遊んだり踊ったりする友だちもいて。
目覚めたときには思い出せないその顔たちはそれでもみんなよく笑っていて、そのなかで私も笑っていたのだけはわかる。夢の中の私はいつも楽しげだ。
ベッドの脇に置かれたスマホとメガネを持ち、名残惜しくふわふわのお布団とさよならをする。
大きく伸びをしてテレビを付けると一面に大きな月が写し出されていた。
そういえば今日は数年に一度の月が大きくみえる日だったような。しかもニュースによると満月だとか。
今日は空がよくみえるあの丘に行ってみようか。
私がこっそり「月見丘」と呼んでいるお気に入りの場所に。
夢で見る場所にそっくりなあの丘へ。
「なんちゃって一人ピクニックでもしようかな~」
チューハイ一缶におつまみひとつ。
良い夜になりそうな予感。
「遠い日の記憶」HPMA side T
「ねぇ、この新しいリップ夏っぽくて素敵じゃない?」
「おねえさまの肌によく似合っててとても素敵です!」
「ふふ、ありがとう」
ふと近づいた私の大好きなおねえさまの顔にきゅっと目を閉じると唇に柔らかいものが触れた
「お裾分け。あなたにもよく似合ってるわよ」
あぁ、悪戯っぽく笑うその顔が大好き。
さらりと嬉しいことをしてくれるおねえさまが大好き。
「………私もそのリップ買っておねえさまにちゅーしてお裾分けしたいです」
「んー。でももう私が持ってるしいらないと思うけど。」
ひとつあればいつでもお裾分けできるじゃない。
弧を描くその唇がずるくてかわいくて大好きで。
「むぅ………じゃあおねえさま、」
ひとつあればいいのならと、もう一回のおねだりをした。
HPMA side.C