古びた手記の一部から抜粋。

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「たぶん、もう会うことはないんじゃないかな。」
彼との会話で覚えているのはこれだけだ。


ある夏の日。2人で居酒屋に行く事になった。
久々の再会に少しぎこちなさを感じつつもそれでも楽しく時間を過ごしていた。


「私、結婚するんだ。」


これを伝えたときの彼の顔を私は覚えていない。
なんだか少し寂しそうな、けど祝福の言葉をくれたような。お酒が入って曖昧な頭だった私にはそのときの彼の心情など尚のこと知るよしもない。

そこからきっといろんな話をしたのだと思う。
楽しい気分のまま駅の改札へ向かう道の夜風の気持ちよさをよく覚えている。
ケラケラしてる私はゆったりふわふわ縁石の上を歩く。


「また数年後くらいに会えたらいいね!そのとき私は赤ちゃん連れてたりして(笑)」


そうして彼はポツリとこう言った。


「たぶん、もう会うことはないんじゃないかな。」


そんなことあるかなぁ?結婚して友達に会えないなんてことあるのだろうか。
声に出した言葉もそうかなぁ?と上の空のような返事だった覚えがある。
それくらい私には今も未来も曖昧に揺らめいていた。





数年後、ふと風の便りで彼が結婚したことを知った。そのとき思い出したのは最後に会ったあの日。
あの日彼は私に別れを告げたのだろう。何も考えていない、何もわかっていない私を置いて。

今ならわかる。このまま時々会える関係が心地よかった私と、そうではなかった彼との歪み。


もう会うことの無い彼の姿は静止画のように動かない。
私のなかで人生の中の1枚となってしまったのだ。
きっと彼にとっての私もそうなってしまったことだろう。








「君と最後に会った日」

6/27/2024, 11:58:38 AM