「今から行くよ。」
真夜中の1時。電車は動いていないが、バイクで行けば30分だ。
電話の向こうの彼女が心配だった。きっと、酷く傷付いたはずだ。
「いい…。これは、みんな私のせいなんだよ。誰かに慰めてもらって、どうにかなるもんじゃない。だから、一人でいたい。」
絞りだすような声で、しかしきっぱりと君は言った。
「そっか…。」
俺は迷ったけど、彼女の言い分に従うことにした。気持ちがザワザワする。
【だから、一人でいたい】
僕は、君の澄んだ瞳を改めてまっすぐに見つめた。君もまた、僕の瞳をまっすぐに見つめている。
茶色い瞳の中の瞳孔まで遠慮なく見つめていると、魂まで同化したような、不思議な一体感を感じる。
僕は君の柔らかい頬にキスをして、それから僕たちはひとつになった。
【澄んだ瞳】
船の上には、ほとんど何も残されていない。波がすべてをさらってしまった。
見渡すばかりの海原で、私は思った。私が、あなたを守る。たとえ嵐が来ようとも。
だが、そんな思いはこの大自然の中では無為に等しい。そのこともよく分かっていた。
とりあえず私は、厄介な日差しを避けるために、彼を船倉に引きずりこむことにした。
マストがなくても、漂流していたらほかの船が見つけてくれるかもしれない。
それまでは、何としても生き延びるのだ。
水平線の向こうには、噴煙が立ち昇っている。おそらくこの地殻変動は、世界で同時に起きているのだろう。
【嵐が来ようとも】
「ねえ、お祭り一緒に行こうよ。」
君の誘いに喜んだ俺はバカだった。まさか、学童の子どもたちがこんなに来るなんて、思わないじゃないか。
「遠くにいっちゃダメだぞ!」
一生懸命に声を振り絞るが、10人からの小学生が、大人しく従うわけがない。
やれ金魚すくいだ、やれ型抜きだとあっという間にバラバラになってしまう。
俺は金魚すくいをしている子どもたちを横目に見ながら、綿菓子を買おうとしている女の子の側についていた。
その時だ。花火のドーンという地の底から響くような音が、俺たちを覆った。
「花火だ!!」
子どもたちも、屋台から離れて花火に魅入っている。
「花火見るんなら、あっちの土手のほうがいいよ。」
俺が言うと、子どもたちは騒ぎながら土手のほうに走っていく。
しばらくは、その場を離れないだろう。ホッとして彼女を探すと、ニコニコしながら花火を眺めている横顔が見えた。
「ごめんね、手伝わせちゃって。ありがとう。」
「うん、いや。」
俺は口ごもりながら、彼女の横に立った。花火は続いている。
「東京には明日帰るんだよね?」
「うん。」
寂しそうな横顔を見て、俺は思わず彼女の手を握った。
「!」
しかし彼女は、驚いたように、俺の手を振り払ってしまった。
「ご、ごめん…。」
性急すかざたか。しょんぼりしている俺に、彼女は言った。
「子どもが見てるから…。」
「え?」
それはつまり、子どもが見てなきゃOKってこと?俺は俄然やる気が出た。
【お祭り】
「あ、すいません…。」
俺は通行人を避けながら、交差点に落ちていたゴミを拾った。
誰かのためになるならば、と思って続けてきた習慣だが、中には不審者でも見るような、うろんな目で俺を眺める奴もいる。
近所のじいさんは、よく声をかけてくれるが、区の吸い殻パトロールの親父は、ライバルが出現したとでも思うのか、完全無視だ。
小学校の旗振りのオヤジも、俺を見て見ぬふりをする。
「何でそんなことしてるの?」と、明らかに不審の目を向けてくるやつもいる。
だが、俺の毎朝の働きのおかげで、カヤが生え放題だった都会の交差点は、すっかり綺麗になった。
いいことをして何が悪い!と俺は言いたい。善きことに不審な目を向ける奴は、魂レベルが低いんだと思っている。
【誰かのためになるならば】