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7/26/2024, 2:47:40 PM

博士はお人好しだ。

本社から無理難題を押し付けられても、誰かのためになるならばと引き受けてしまう。

「一度くらい断っては?」と私が進言した時も

「研究が還元されていくのは、僕の喜びでもあるから」

書き殴られたレポート用紙に膨大な資料、培地の山を築いた主は、寝不足で真っ黒なクマを目の下に作りながら、柔らかな笑みを浮かべていた。

目の下にクマを作った聖人など聞いたことないが、その笑みはまるで聖人のようで──空気に溶けて消えてしまいそうな儚さがあった。

その姿に、昔読んだ絵本を思い出した。
人の幸せのためならば自己犠牲をも厭わない──

「博士は──幸福な王子みたいですね」

ポツリと呟いた私の言葉に、博士はますます笑みを深め、目尻に細かい皺を作りながら、こう言った。

「幸福な王子ほど立派なことを、僕はしていないよ」

でも、幸福な王子みたいに誰かを救えたなら────僕は、幸せ者だろうね。

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テーマ「誰かのためになるならば」

7/25/2024, 2:35:15 PM

囀る鳥が姿を消して1年になる。

囀る鳥の住処であった鳥かごは、去った鳥の影を思い錆ついた音を立てて泣いている。

鳥が住むべき場所に、独立変数という鳥でもないものが住み着いてしまったのだから、嘆きたくなる気持ちは痛いほどにわかる。

それだけだけならまだしも、元の持ち主から、現在の持ち主に替わる時、本来鳥かごが持っていた持ち味まで改悪されてしまったのだから──最早、かけるべき言葉も浮かばない。

囀る鳥が姿を消して1年。

それでも、元の鳥かごの姿を知る人々の中で囀る鳥は生きている。

囀る鳥がいつか、鳥かごの元に舞い戻ることを切に願っている。

7/24/2024, 11:52:07 AM

「何を話そう」
「何を言ってはいけないのだろう?」
「この返事は正解?」

などと、思い煩う事はなく。
互いの間に流れる沈黙すらも心地好い。

好きなものが以前と変わっていたとしても、
君が君でいてくれるだけで十二分。

恋や家族愛、ファン心理とも違う
自分とどこか似ていてどこか違う
──そんな特別な人へ向ける愛情。

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テーマ「友情」

7/23/2024, 2:27:34 PM

近頃、頭の中で物語の断片が映像として見える時がある。

どうやら頭の中で、創造の花が蕾をつけ始めたらしい。

断片的なそれらを物語として繋げるならば、ここに上げるには厳しい量の長さになると予想される。

何せ断片の想像だけで、1時間以上使っている。
断片の映像は早送りの様に早く、細部も不鮮明なところがある。
それらを丁寧に書き出すとなると、想像にかけた時間の何倍もの時間と文章量が必要となる。
蛇足だが、「街」の物語を想像した時間は30分程だ。想像時間30分で頭の中ではエンディングまで持っていけたが、文章化はまだ終わっていない。
頭の想像と現実の文章に落とし込む時間は、それだけラグがある。
自分が遅いだけという可能性は否めないが。

さて、断片的な物語が見え始めたということは、本格的にキャラクターが動き始めたのだろう。これはとても喜ばしいことだ。種から育てた花が、蕾をつけた時の様な喜びに似ている。

だが、蕾だけでは、花が咲いたとは言えないだろう。
蕾から先、花びらが綻び、花開いて、初めて花が咲いたと人は言う。

創造の花が蕾のまま枯れることがないように、また、花が咲いた際は仕立てにも工夫が必要となるだろう。

いつか、育てた物語の花をお披露目出来たならば幸いである。

7/22/2024, 2:20:51 PM

もしもタイムマシーンがあったなら。

1年前に自分のことは書いたから、今回はラボ組に聞いてみることにしよう。

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「もしも、タイムマシーンがあったなら、どうするか?」

私の質問を博士は、素っ頓狂な声で繰り返した。
次いで、目をまん丸にし、数回パチパチと瞬きをする。
暫し空中に視線を漂わせると、顎にそっと手を添えた。博士が熟考を始めた証拠だ。
左下を見つめるその瞳は、真剣な色を帯びている。

科学者に非現実的な事を言うと怒る人もいるが、博士は非現実を楽しむタイプである。
そんな博士は、過去に行きたいのだろうか、或いは未来に行きたいのだろうか。その時代に行きたい理由は何だろうか。

私の中で、好奇心がどんどん膨らんでいくのを感じる。
ワクワクと返事を待っていると、熟考を終えた博士が口を開いた。

「牧野富太郎博士とお話ししてみたいな」

牧野富太郎博士とは、日本植物分類学の基礎を築いた一人。約1500種類以上の植物を命名し、現在でも研究者が必携の書とする「牧野日本植物図鑑」を刊行した人物だ。

私達が普段目にする金木犀やクチナシなども、牧野博士によって名付けられた花だ。

「お話しが出来なくても、遠くから眺める事が出来れば十分かも。実際にお会いしたら、きっと緊張して話せないから」
そう言って博士は、はにかんだ笑みを浮かべた。

「あぁ、でも…。星の瞳と早乙女花を名付ける時は、プラカードに【別名希望!再考求む!】って書いて、遠くから振りたいな」

星の瞳は、オオイヌノフグリの別名だ。名前の由来は…ここではやめておこう。
早乙女花の本名は、…うん。こちらも、ここではやめておこう。
どちらも、【かわいそうな名前ランキング】にあがる植物たちと言えるのは確かだ。

私は博士の言葉に、激しく首を縦に振って同意した。

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