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2/2/2024, 1:01:55 PM

勿忘草が道に落ちている。

勿忘草色と言われる薄い水色の花弁が美しい。

手に取ってみると

すっきりと伸びた茎の瑞々しさが伝わった。

葉に虫食いの跡もなく、病気の跡もない。

丹精込めて作られた花だ。 

その証拠に茎の先は、人工的な断面をしている。

きっと誰ぞの花束から落ちたものだろう。


勿忘草の花言葉は

「真実の愛」

「私を忘れないで」

この花はどちらの意味を持っていたのだろうか。

愛とお別れ。

相反する意味を持つ花が儚げにほころんだ。

2/1/2024, 12:08:36 PM

私はブランコ。

公園遊具の人気もの。

日差しも麗らかな午前中。

今日も私のもとへ子供がやってきた。

小さな子ね。
幼稚園生くらいかしら。
貴方、私には乗ったことある?

まず、座板に腰をかけて。
そう。上手。
チェーンはしっかり握って頂戴。
でも、繋ぎ目には気を付けて。
貴方の指細いから挟まっちゃいそう。
怪我をされたら私、困ってしまうの。
繋ぎ目じゃないところを持つとよろしくてよ。

ここから先は、貴方の親がいればいいのだけど。

あら、走ってきたわ。
ふふふ、大人を振り切ってやってきてくれたのね。

お母さん、お疲れ様。
この子準備万端よ。
だから、やさしく押してあげてね。

ぶーらん。ぶーらん。
小さな子を乗せて私は揺れる。

小さな子はキャーキャー、
可愛い声を上げて楽しそう。
お空の散歩をしているようでしょう?

後ろに行く時、足を後ろに下げて、前に行く時、足を伸ばすともっと、勢いをつけることができるけど、
それはもっと大きくなってから試してちょうだいね。

たっぷりと楽しんだ子供は上機嫌。
ずっと押し続けていたお母さん、お疲れ様。
また、遊びに来てちょうだいね。

小さな子がお母さんと手を取り合って帰ってしまうと
今度はランドセルを背負った子供がやってきた。

このくらいの年齢の子たちはハラハラしちゃうのよね。

ガッタン漕ぎやら、高いところから飛び降りるとか、思ってもみない遊びをするの。
スリルを求めるお年頃なのかしら。

怪我しないでちょうだいね。

でも、今日の子は何だかいつもの子たちと違う。
俯いて元気がなさそう。

どうしたの?何かあったの?

あぁ。ため息なんてついちゃって。

ちょっと私を漕いでご覧なさいよ。
貴方の抱える問題を解決する事はできないけれど、
もしかしたら少しは気が晴れるかもしれないわよ。

あら?私の思い、伝わったのかしら。

勢いをつけると、グンッと力を込めて漕ぎ始めてくれた。
お上手、お上手。
もっと力を入れて漕いでごらんなさい。
貴方のモヤモヤを晴らしちゃいましょう。
ほら上を見て、今日は青空よ。
清々しい青が貴方を見守っているわ。

大丈夫。貴方は一人じゃない。
一人じゃないのよ。

ランドセルを背負った子は、来たときよりも軽い足取りで私の元を去った。

また、いらっしゃい。
私はここで待っているから。

日が傾き夜がやってきた。

コンビニの袋を片手に
スーツ姿の大人がやってきた。

座板に着くなり、コンビニの袋から缶ビールを取り出す。プシュリと音が鳴った。

ビールを一口飲むなり深いため息。

お仕事お疲れ様。
お疲れのようね。

お酒、零さないようにしてちょうだいね。
私、小さい子も乗せるから。

貴方もお悩みがありそうね。
人って不思議。
小さい時は無邪気なのに、年を取れば取るほど何事かに悩まされて、深いため息ばかりついている。

人生ってそんなに大変なの?

私にはわからないわ。

わからないけれど、
わからないものをわからないなりに受け入れれば
見えてくるものがある。
それこそが大切じゃない。
初めから拒否してしまっては何もわからないまま。
だから、私はどんな人も受け入れたい。
知りたがりなのかしら?
でも、それが私なの。

ねぇ、腰をおろしてばかりでなく
少しは私を漕いでみない?

懐かしい記憶を思い出させてあげる。
それは、小さくとも愛おしい記憶。
今の貴方が忘れてしまった大切な記憶。
貴方が貴方らしくあれるように
貴方に還る手助けをしてあげる。

さあ、私を漕いで?

────────────────────────

私はブランコ。

沢山の時を知る

公園遊具の人気もの。

どんな人も受け入れ、見守るわ。

だって、それが私なのだから。

1/31/2024, 1:35:48 PM

言葉を旅する。

こう書くとワールドワイドな世界観を思い浮かべる人が多いだろうが、何ということはない。

自分の中で生まれる言葉を今一度見つめ直す事を指している。

毎夜毎夜、言葉と向き合う習慣は
初めは一人で行っていた。

一人真面目にお題に向き合い言葉を選び、文章を作る。
一見シンプルで簡単に見えることだが、
これがなかなか難しい。
言葉が出てこないということがしばしばあった。

言葉が出てきてもしっくりとこない。
言葉のボキャブラリーが昔より明らかに足りないのだ。
一体、どこに落としてきてしまったのだろうか。
それすらもわからない。
忘却の彼方に葬り去られてしまったのかもしれない。
かつては選び放題だった言葉が選べないというのはもどかしく苦しい。昔のようにはいかないのだと悄気げる日々が続いた。
それでも、昔は昔、今は今でしかない。
取り敢えず言葉と向き合う。
それだけを考えて、毎夜毎夜書いていた。

習慣化すれば言葉が出てくる。なーんて、うまい話はなく、言葉が出てこないのは相変わらずだ。
それでも、お題に向き合うことが習慣化してくると、不思議なキャラクター達が頭の中で見え隠れし始めた。

気になりつつも言葉と向き合っていると、
彼らは私の手助けをしてくれているようだった。

大抵はヒントのような単語をフラッシュ暗算のようにパッと見せるだけだが、四角いカードのように見えるその光景に書かれた文字は、お題と良くリンクしている。

ヒントを元にお題に取り組む事が増えると、手助けしてくれているのは一人ではなく複数人であることがわかった。

私は、ヒントをくれる事のお返しとして、彼らの物語を紡ぐようになった。

彼らと、頭の中で又は文字を通して、語り合うことが多くなると、彼らの姿も見えてきた。

個性的な彼らを言葉で捉えていくのは、楽しい。

いつからか私は一人ではなく、彼らと共に言葉と向き合うようになっていた。

初めは一人ではじめた言葉の旅だったが
彼らという仲間を得て、賑やかな旅路へと変化した。

彼らとの旅路の果てに
何も得られなくても、
言葉の旅が無意味だったとしても
彼らと共に賑やかに、時に真面目に
言葉を旅したことはきっと忘れない。

1/30/2024, 11:40:48 AM

ピロン♪

ソファーに放置していたスマホが陽気な音を立てる。

メッセージが届いたようだ。
読みさしの本を置き、スマホを手に取る。
アプリを開くと、ズラリと並ぶアイコンの一つに通知バッジが付いている。

通知バッジの付いたアイコンをタップし
文面に軽く目を通す。

配送のご依頼だ。

物は小サイズの荷物。
中身は…秘密?
受取人は…あぁ、またあの人か。
文面の脇にあるアイコンを見て納得する。

お得意様だ。

荷物は、いつもの場所。
はいはい、回収します。
配達先…も、いつも通り。
はいはい、道のりは心得ておりますとも。
時間指定は…今夜中?

…。

まったく無茶ぶりをするのがお好きなご依頼主様だ。

もう少し猶予とか、余裕のある日程でお仕事をよこして欲しい。

ぶつぶつと文句を言いながら、クローゼットから制服を取り出し、身支度を整える。
次いで、重力を無視する寝癖にクシを通す。梳かしても梳かしても、ツンツンとハネていうことをきかない。
今日はオフだと思って完全に油断していた。

帽子被るからいっか。

そうは思いつつも気になってしまうのは、最早、性だ。
ワックスで無理やり髪を後ろに流し、鍔付き帽を被る。

流石は帽子。寝癖がわからなくなった。
鏡前でのチェックは合格ラインだ。
体裁は一応保たれるだろう。

ホッとしつつ。スマホを作業ポケットに突っ込み、クローゼットに保管していた安全靴に足を突っ込む。

さて、出勤だ。

クローゼット脇の黒い扉を開き、俺はいつもの場所へと向かった。


潮騒が響いている。

ここはいつも夜だ。
しかし、今日は空にかかる月が朧げで足元が見辛い。

砂に足を取られないよう慎重に進む。

手紙の主は、来ようと思えばここに来れる人だ。

それなのに、偶に横着して今日のように自分を使う。
お得意様とは言え、今度は仕事拒否しようか。
暫し真剣に悩み、フッと息を吐く。

断らない。いや、断れないな。

自分の仕事はただ荷物を運んでいるわけでない。
人と物、或いは、誰かと誰かの絆を繋げる仲介者として、沢山の思いを運んでいるのだから。

そんな仕事を自分は気に入っている。

だから、今日も真面目に

「お届けにあがりました。サインをいただけますか?」

────────────────────────
「あなたに届けたい」

1/29/2024, 11:29:49 AM

2月14日。
バレンタイン当日。

通学で冷えた手を擦りながら教室の扉を開くと

「ウィーニードチョコレートォ」

下手くそな英語が教室中に響いた。

何事かと目を走らせると、クラスでもヤンチャな部類に入るクラスメイト複数が、女子のグループと駄弁っている。

どうやら先ほどのヘッタクソな英語は、女子グループにチョコレートを強請っていたものらしい。

そう理解した端から、テンションのあがった男子共によるウィーニードチョコレートの合唱が始まった。


多分俺は教室を間違えたのだ。そうだ、そうに違いない。

俺は教室に入らず、静かに扉をしめた。

廊下の教室プレートを見上げる。

1−8

残念ながら自分の教室だ。

おいおい、仮にも選抜クラスだぞ。
同級生がヘッタクソな英語で女子にチョコレートを強請っているとはどういう状況だ。

ズキズキと痛むこめかみを揉みつつ、いやいや扉を開ける。

騒いでいる男子達に近寄らないよう細心の注意を払い、気配を消しながら自分の席へと着く。鞄からスマホとワイヤレスイヤホンを取り出し、装着。

アプリをいじって爆音で音楽をかける。

面倒事には関わらない。
これが俺の処世術であり、この動物園のような状況を切り抜ける唯一の方法だ。

俺は爆音の音楽に身を委ねた。


放課後。

今日も今日とて、屋上で寛ぐ。
学校という場においてこの時間が一番気楽かもしれない。
今日は彼女も屋上にいる。
こうして会うのは久しぶりだ。

「そう言えば今日、あんたの教室からヘッタクソな英語もどきが聞こえてきたんだけど」
なにかあったの?
そう言って、彼女は冷ややかな目でコチラを見た。

冷めた目で俺を見ないで欲しい。
俺は無関係なのだから。

今朝の事を包み隠さず素直に話すと、彼女は苦笑を漏らした。

「まぁ、あの大合唱にあんたが交じってるとは思ってなかったけどね。バレンタインって、そんなに男子にとって意味あるものなの?」

「さあ?俺にはさっぱりわからん」

「あんたらしいわ」

「そうだろう」

「自慢気に言う意味がわからない」

彼女とのこういう気楽な会話は楽しい。
…ん?俺今なんて言った?

自分の言葉を思い出そうと頭をひねっていると、ラッピングされた箱が目の前に差し出された。
水色の包装紙に青のリボン。
手のひらより少し大きい箱。

ドキっと心臓が跳ねる。
コレは、もしかして…。

「あげないわよ」

彼女の素気ない言葉が俺を刺した。
グサリ。
刺された心が痛い。

「…じゃあ、何だよコレ」

「I love chocolate♪」

彼女は綺麗な発音で歌うように言うと、リボンをシュルリと解き、包装紙を取った。
パカリと箱を開くと美味しそうなチョコレートが並んでいる。

「一緒に食べましょ」

彼女は猫のような笑みを浮かべて、チョコレートを一粒口に頬張った。

────────────────────────
we need chocolate

「I love chocolate♪」

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