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2月14日。
バレンタイン当日。

通学で冷えた手を擦りながら教室の扉を開くと

「ウィーニードチョコレートォ」

下手くそな英語が教室中に響いた。

何事かと目を走らせると、クラスでもヤンチャな部類に入るクラスメイト複数が、女子のグループと駄弁っている。

どうやら先ほどのヘッタクソな英語は、女子グループにチョコレートを強請っていたものらしい。

そう理解した端から、テンションのあがった男子共によるウィーニードチョコレートの合唱が始まった。


多分俺は教室を間違えたのだ。そうだ、そうに違いない。

俺は教室に入らず、静かに扉をしめた。

廊下の教室プレートを見上げる。

1−8

残念ながら自分の教室だ。

おいおい、仮にも選抜クラスだぞ。
同級生がヘッタクソな英語で女子にチョコレートを強請っているとはどういう状況だ。

ズキズキと痛むこめかみを揉みつつ、いやいや扉を開ける。

騒いでいる男子達に近寄らないよう細心の注意を払い、気配を消しながら自分の席へと着く。鞄からスマホとワイヤレスイヤホンを取り出し、装着。

アプリをいじって爆音で音楽をかける。

面倒事には関わらない。
これが俺の処世術であり、この動物園のような状況を切り抜ける唯一の方法だ。

俺は爆音の音楽に身を委ねた。


放課後。

今日も今日とて、屋上で寛ぐ。
学校という場においてこの時間が一番気楽かもしれない。
今日は彼女も屋上にいる。
こうして会うのは久しぶりだ。

「そう言えば今日、あんたの教室からヘッタクソな英語もどきが聞こえてきたんだけど」
なにかあったの?
そう言って、彼女は冷ややかな目でコチラを見た。

冷めた目で俺を見ないで欲しい。
俺は無関係なのだから。

今朝の事を包み隠さず素直に話すと、彼女は苦笑を漏らした。

「まぁ、あの大合唱にあんたが交じってるとは思ってなかったけどね。バレンタインって、そんなに男子にとって意味あるものなの?」

「さあ?俺にはさっぱりわからん」

「あんたらしいわ」

「そうだろう」

「自慢気に言う意味がわからない」

彼女とのこういう気楽な会話は楽しい。
…ん?俺今なんて言った?

自分の言葉を思い出そうと頭をひねっていると、ラッピングされた箱が目の前に差し出された。
水色の包装紙に青のリボン。
手のひらより少し大きい箱。

ドキっと心臓が跳ねる。
コレは、もしかして…。

「あげないわよ」

彼女の素気ない言葉が俺を刺した。
グサリ。
刺された心が痛い。

「…じゃあ、何だよコレ」

「I love chocolate♪」

彼女は綺麗な発音で歌うように言うと、リボンをシュルリと解き、包装紙を取った。
パカリと箱を開くと美味しそうなチョコレートが並んでいる。

「一緒に食べましょ」

彼女は猫のような笑みを浮かべて、チョコレートを一粒口に頬張った。

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we need chocolate

「I love chocolate♪」

1/29/2024, 11:29:49 AM