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私はブランコ。

公園遊具の人気もの。

日差しも麗らかな午前中。

今日も私のもとへ子供がやってきた。

小さな子ね。
幼稚園生くらいかしら。
貴方、私には乗ったことある?

まず、座板に腰をかけて。
そう。上手。
チェーンはしっかり握って頂戴。
でも、繋ぎ目には気を付けて。
貴方の指細いから挟まっちゃいそう。
怪我をされたら私、困ってしまうの。
繋ぎ目じゃないところを持つとよろしくてよ。

ここから先は、貴方の親がいればいいのだけど。

あら、走ってきたわ。
ふふふ、大人を振り切ってやってきてくれたのね。

お母さん、お疲れ様。
この子準備万端よ。
だから、やさしく押してあげてね。

ぶーらん。ぶーらん。
小さな子を乗せて私は揺れる。

小さな子はキャーキャー、
可愛い声を上げて楽しそう。
お空の散歩をしているようでしょう?

後ろに行く時、足を後ろに下げて、前に行く時、足を伸ばすともっと、勢いをつけることができるけど、
それはもっと大きくなってから試してちょうだいね。

たっぷりと楽しんだ子供は上機嫌。
ずっと押し続けていたお母さん、お疲れ様。
また、遊びに来てちょうだいね。

小さな子がお母さんと手を取り合って帰ってしまうと
今度はランドセルを背負った子供がやってきた。

このくらいの年齢の子たちはハラハラしちゃうのよね。

ガッタン漕ぎやら、高いところから飛び降りるとか、思ってもみない遊びをするの。
スリルを求めるお年頃なのかしら。

怪我しないでちょうだいね。

でも、今日の子は何だかいつもの子たちと違う。
俯いて元気がなさそう。

どうしたの?何かあったの?

あぁ。ため息なんてついちゃって。

ちょっと私を漕いでご覧なさいよ。
貴方の抱える問題を解決する事はできないけれど、
もしかしたら少しは気が晴れるかもしれないわよ。

あら?私の思い、伝わったのかしら。

勢いをつけると、グンッと力を込めて漕ぎ始めてくれた。
お上手、お上手。
もっと力を入れて漕いでごらんなさい。
貴方のモヤモヤを晴らしちゃいましょう。
ほら上を見て、今日は青空よ。
清々しい青が貴方を見守っているわ。

大丈夫。貴方は一人じゃない。
一人じゃないのよ。

ランドセルを背負った子は、来たときよりも軽い足取りで私の元を去った。

また、いらっしゃい。
私はここで待っているから。

日が傾き夜がやってきた。

コンビニの袋を片手に
スーツ姿の大人がやってきた。

座板に着くなり、コンビニの袋から缶ビールを取り出す。プシュリと音が鳴った。

ビールを一口飲むなり深いため息。

お仕事お疲れ様。
お疲れのようね。

お酒、零さないようにしてちょうだいね。
私、小さい子も乗せるから。

貴方もお悩みがありそうね。
人って不思議。
小さい時は無邪気なのに、年を取れば取るほど何事かに悩まされて、深いため息ばかりついている。

人生ってそんなに大変なの?

私にはわからないわ。

わからないけれど、
わからないものをわからないなりに受け入れれば
見えてくるものがある。
それこそが大切じゃない。
初めから拒否してしまっては何もわからないまま。
だから、私はどんな人も受け入れたい。
知りたがりなのかしら?
でも、それが私なの。

ねぇ、腰をおろしてばかりでなく
少しは私を漕いでみない?

懐かしい記憶を思い出させてあげる。
それは、小さくとも愛おしい記憶。
今の貴方が忘れてしまった大切な記憶。
貴方が貴方らしくあれるように
貴方に還る手助けをしてあげる。

さあ、私を漕いで?

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私はブランコ。

沢山の時を知る

公園遊具の人気もの。

どんな人も受け入れ、見守るわ。

だって、それが私なのだから。

2/1/2024, 12:08:36 PM