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1/20/2024, 12:26:55 PM

潮騒が響いている。

年中夜の空間に今日も今日とて、
無表情を貫き通す傘の御人が海を眺めている。

かつて彼は、海に降り注ぐ言葉を愛でていた。
幼い彼女の先生代わりというのもあったが、
本質的に言葉というものに興味があったからだろう。
思考の海の管理に勤しんでいた。

海漁りする自分より熱心に、海からの拾い物をしたり、分類分けをしたり、検索しやすいよう工夫を加えたりと、実に働き者だった。
どちらが良い言葉を見つけられるか競っていたあの日々が、今となっては懐かしい。

本体の暴走が起きて暫くすると、彼は冷めた表情をすることが多くなった。
あれほど熱心に管理していた海も管理しなくなってしまったし、自分との拾い物競争もしてくれなくなった。

止むことなく届く言葉で荒れる海にも、彼は表情一つ変えず、ただ見つめるばかりだった。
そして、自分が気付いた時には──どこから作り上げたのか──傘を持ち、空からの言葉を嫌うまでになっていた。

彼は、この世界で最も本体に近いところに存在している。

一番の被害者は──彼だったのだと知ったのは随分後になってからだった。


「やあ、こんばんは」

傘の御人に声をかけると、凪いだ目に僅かに光が灯った。

「この時間にやって来るとは何事だ?ドリームメーカー」

「カードの御人に拾い物の一部を譲って欲しいと言われましてね。折角だから、拾いたてのものを差しあげたほうが良いかと思いまして。こうして、やって来た次第です」
海漁りさせてくださいね。

軽い口調でそう言うと、いつもならば「勝手にしろ」とか言ってくるのに返事がない。
不思議に思って彼の方を見ると、思い詰めた顔をしている。

「どうかしましたか?」

「…お前は、この海の底がどうなっているか知っているか?」

「知っている…としたら、どうします?」

敢えて遠回りの言葉を選ぶと、
彼は俯きボソリと呟くように言った。

「海の底は今、どうなっている?」

「それは、貴方自身が見なくてはいけないことです。ねぇ、思考の海の管理人さん」

名前を呼ぶと彼の肩が僅かに震えた。
口を開いたり閉じたりしている。
言うべき言葉を躊躇っているのか、
或いは沢山の思いが、言葉が、
彼の邪魔をしているのかもしれない。

「ねぇ、たまには自分と勝負しませんか?」

ドリームメーカーの言葉に思考の海の管理人は、
疑問符を浮かべた。

「拾い物競争しましょう、海の底で」
ドリームメーカーはそう言うと、
海を指差し、ニッと笑った。
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ドリームメーカーと思考の海の番人もとい管理人

1/19/2024, 2:20:15 PM

地獄のカラオケ大会を終えて
聡美くんとは、会わんようにした。 

岡 聡美くん。俺の歌の先生。

合唱部の部長さんをしている聡美くんなら
俺の歌のスキルいうやつも上がるやろ思て。
地獄のカラオケ大会が始まるまで
カラオケ屋で色々アドバイスもろてたんよ。

あんな、聡美くんに初めて俺の歌を聞いてもろた時、
彼なんて言うたと思う?

「終始裏声が気持ち悪い。以上です。」

凄ない?容赦無いやろ。

年上のブラック企業にお勤めの男にこの言いよう。
ホンマ、肝の座った子やで。

でも、聡美くんはそれだけじゃないねん。

その後にくれたアドバイスがめっちゃ的確やってん。
聡美くんに教えてもろたら次のカラオケ大会、
歌ヘタ王にならんで済むって心から信じられたんよ。

そうそう、カラオケ大会で歌ヘタ王になるとな、絵心死んどる組長直々の墨入れがプレゼントされる。
マジいらん。
せやから、歌ヘタ王だけは絶対避けたいねん。

俺の期待通り、聡美くんはなんのかんの俺にアドバイスをくれた。
俺に合う歌まで調べてきてくれはった。
ホンマ有り難かったわ。
俺のこと考えてくれてはるんや思たら、
嬉しくて堪らんかった。

聡美くんは、先生いうてもまだ中学生。
育ち盛りやったんやろな。
カラオケ屋行くといっつも炒飯頼みよんねん。

他も頼みいうても、結局炒飯ばっかなんよな。
なんか、いつも落ち着いてて、精神年齢大人な感じなのに、子供なんやなぁって妙にしっくりきたりな。
なんやろ、子供のようで大人。大人のようで子供。
不思議な子やねん。

聡美くん、自分の前ではあんま表情変わらんけど、
あ、でも、自分の仲間にギャーギャー言われてた時は、泣いてはったなぁ。
泣き虫なとこあんねん、あの子。

自分のことでは、二度だけ、激しい感情を表してくれたことあってな。

丁寧な口調がデフォなのに、口悪うなんねん。
そんなとこも、かわいいくてな。
口悪いのにかわいいってどゆこと?
もう、わからん。

なんやろ、聡美くんという存在をめっちゃ気に入っている自分がいつからか、いたんやろな。

でも、自分、ブラック企業にお勤めの身やから。
自分が聡美くんのそばにいることは、
聡美くんにとって良くない。

せやから、地獄のカラオケ大会後、
会うことをやめた。

これが、聡美くんのためになるんやから。
自分はそばにいたら迷惑になるから。
そう自分に言い聞かせて。

でもな。

偶に開きたくなんねん。聡美くんのLINE。
連絡取って、また「カラオケ行こ」言いたなんねん。

まぁ。聡美くんが青春謳歌している間は
会えへんけどな。

…会いたいなあ。

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「カラオケ行こ」より成田狂児

昔から関西の方と御縁があるので挑戦してみましたが、記憶違いの言葉があったらごめんなさい。

1/18/2024, 2:27:32 PM

天井高くまで届く書棚に書き物机が一つ。
こじんまりとした図書館といった風情の空間で、
中性的な顔立ちをした人物が書き物をしている。

興が乗らないのか、数行書いては、天井辺りを見つめ、また書き物に戻るといった事を繰り返している。

ふと、何かに気づいたのか、書く手を止め前方の空間へと目を向けた。



おや、貴方はどちら様です?

ふむ。よく覚えていないけれど気付いたら此処にいた、ですか。

おかしいですねぇ。此処は、本体でも簡単には来られないようになっているはずなんですが。

此処ですか。
大切な書物を保管する場所兼私の職場です。

後ろの書物たちは、端的に申し上げますと、日記に近いものたちです。

申し訳ありませんが、中身をお見せすることは出来ません。

ああ。怒らないでください。

貴方は、隠したい事や人に話したくない事などはありませんか?えっ、無い?本当ですか?

誰にも嘘を付かず、常に正しいことを心掛けてきたから、隠すべきものは無い。当たり前だろう、ですか。

成る程、貴方は公明正大な方であるようだ。

そうでしたら、尚の事この書物達をお見せすることは出来ません。

貴方は、ご自身の成されてきたことは全て正しく、一つの間違いもないと信じていますね?
そして、それは自分が出来るから他人が出来て当たり前とまで信じていらっしゃる。

ああ。成る程。
私、貴方の正体がわかってしまいました。

かつて本体が呼び寄せてしまったものが、まだ残像として残っていたなんて。

まったく──しつこいですね。

申し訳ありませんが、此処に貴方の居場所はありません。貴方は貴方の世界へお帰りください。

中性的な顔立ちをした人物が声を張ると、
空間がグニャリと歪み、公明正大な人物は姿を消した。

………。

…あぁ、良かった。以前よりだいぶ力が戻っているようです。

ふふふ。公明正大な事を言いつつ、他者への気遣いができない。実に、歪なものですね。

中性的な顔立ちをした人物は寂しげに呟くと、小さく溜息をついた。

常に正しくありなさい。
確かに立派な言葉だ。
では、人のためにつく嘘は悪なのだろうか。
正しくあろうとするならば、人を傷つけても良いのだろうか。

両刃の剣だ。

だからこそ、さっきのような歪なものが現れたりするのだ。

ふふふ。少し攻撃的過ぎますかね。
カードの御人のように詩的にいきたいんですけどね、私も。

中性的な顔立ちをした人物は、力無く笑った。

カタカタ。

不意に本棚の方から音が鳴り響いた。

本棚の一部がドアとなって、開いている。

おや、起きてしまいましたか。
まだ、朝ではありませんので寝ていてください。

後で楽しい話でも持っていきますから。

ええ、おやすみなさい。

ドリームメーカーはドアに向かって
やさしく声をかけた。

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「ドリームメーカー」と「???」

1/17/2024, 1:12:21 PM

木枯らし?

真冬の最中に…。えっ…。

秋のイメージなのですが…記憶違いしてる?

手元の辞書を引いてみたところ
木枯らし=晩秋から初冬にかけて吹く風
とのこと。

季節が戻るお題。面白いですね。

さて、どうしましょうか…。

…。
今日は、彼らのお話はお休みして、
雑談にしましょうかね。

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「木枯らし」という文字を見ると「冬の星座」という音楽が頭の中で再生される。

学生時代歌ったよ、という人もいるかも知れない。
私もその口だ。

知らない方のために歌詞を一部引用しておく。

木枯らしとだえて さゆる空より
地上に降りしく 奇しき光よ

数小節だけでも美しい情景が広がる歌詞だ。
詩を構成する言葉一つを取っても美しい。

さゆる空=空が冴え渡ってすっきり見えること
降りしく=敷き詰めたように一面に降る
奇しき=不思議な、神秘的な

歌詞全文を通して、言葉が美しいので
「冬の星座」を知らない方は
是非検索してみてほしい。

言葉の宝石箱のような歌詞が
美しい冬の夜空へ誘ってくれること請け合いである。

1/16/2024, 10:54:43 AM

この世界にある美しきもの。

それらを見つけ、「美しい、美しい」と愛でる。

そんな──貴方の心が、美しい。

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さて、夜も更けて来ましたし、自分の時間がやってまいりました。
どうも。私、ドリームメーカー(夢制作人)。
またの名を「記憶管理人」と申します。
お初の方はどうぞお見知りおきを。
初登場は昨年の8月28日、傘の御人にお茶を振る舞われる人物として登場しました。
まぁ、名前だけの登場だったんですけど…。
最近やっと、カードの御人ともお話しすることが出来ました。
初登場から、再登場までに何ヶ月もかかるって酷いと思いません?

まあ、自分の性質が原因ともわかっているので、仕方ないのですが。

私、思考の海から言葉を拾い集めて物語を作ったり、本体の記憶の管理をしております。

思考の海は面白い場所でして、傘の御人いわくゴミだらけなんて言われてしまいますが、ほらこれ。

幽き(かそけき)─意味は、今にも消えてしまいそうなほど、薄い、淡い、あるいは仄かな様子を表す語。美しい言葉でしょう?

さっき、思考の海から拾い上げた言葉なんです。拾い上げた瞬間、なんて美しい言葉だろうと、ほうっと思わず息が漏れてしまいました。

喜び勇んで傘の御人に見せつけましたら、
「何だその言葉の残滓は」と言われてしまいました。

どうやら彼には、この文字がちゃんと見えなかったようです。
彼にとって、海に落ちてしまったものはゴミなのかもしれません。
こんなに美しい言葉が見えないなんて悲しいですよね。

かつて、海に落ちたものは、この世界に吸収され、知識へと昇華されていくというサイクルでした。その為、たとえ海に落ちたものだとしても彼にも読めたんですけどね。

だけど、少し変化していることもコレで確信しました。

以前は拾い上げたものを見せても、彼は文字の形はおろか、何も見ることはできなかったのですから。

彼にとって私は奇人だったでしょうね。
海から、見えない何かを漁るヤバい人に映っていたに違いありません。
まぁ、彼は理性的な人物ですから、私に何かを言ってくることはありませんでしたが。
私は私のお仕事をしているという認識だったか、または、何にも興味を持たなくなってしまっていたか─。
何となくですが、後者な気がします。

理性的であり過ぎるが為に、感情を押し殺すことに長けてしまったのが、今までの彼ですから。

やはり、あのクリスマスプレゼントの存在は大きかったようです。

これからココはどの様に変化していくのでしょうか。

願わくば、美しいものへと変化していきますように。
そんなことを私は思っているのです。

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