カードがハラリ、ハラリと落ちていく。
落ちるカードと共に子供の声が響く。
「この世界は、二面性を隠そうともしない」
ハラリとカードが落ちる。
そのカードには「二面性」という文字が入っていた。
「平和な国もあれば戦火に苛まれる国もある」
またもカードがハラリと落ちる。
くるくると木の葉のように落ちるカードには「戦争と平和」の文字が見えた。
「富む者あれば、貧困に喘ぐ者がいる」
ハラリと落とされたカードには、「富と貧」と書かれていた。
「幸福を享受する者がいる一方で、不幸な目にあうものがいる」
同じ命でも平等ではない。冷めた口調でそう言うと「幸福と不幸」の文字が書かれたカードをハラリと落とした。
「今この一時にだって、生まれくる命、去る命が存在する」
足元に大量のカードを落とした子供は、
「生と死」と書かれた手元のカードを裏返したり、表にしたり、クルクルとカードを弄ぶ。
「まるで、このカードと同じだ。裏表あるのが、この世界なんだ」
子供が独り言のように呟くと、どこからか拍手の音が鳴り響いた。
それと同時に空間が歪み、一人の人物が現れた。
「カードを持つ御人は、詩人のようですね。カードとこの世界の共通点ですか、興味深い」
そう言って現れた人物は、中性的な顔立ちをしている。実際、性別はないのだろう。
「〈ドリームメーカー〉さんがここに来るなんて、珍しいですね。どうしました?」
「何、ここのところこの世界も緩やかな変化が見られるので、視察ですよ。時間が来たら仕事には戻りますけどね」
ドリームメーカーの仕事は、思考の海から拾い上げた物で物語を作ることだ。そうすることで思考の海が浄化される。この世界には欠かせない人物だ。
「それ程大きな変化は起きていませんよ。今もこうして暇つぶしをするくらいですから」
足元に散らばったカードを指さしながら、カードの子供は笑った。
「暇つぶし、ですか。自分には少々、イラつきやセンチメンタルと言った感情を感じたのですが」
「気の所為ですよ。これは、自分の暇つぶしなのですから」
「そうですか。ですが、そろそろその仮面を取っても大丈夫ですよ」
ドリームメーカーの言葉に子供は、無表情になった。
「…貴方が貴方に戻っても、もう問題は起きません。そういう変化がこの世界に起きているのですよ」
貴方もわかっているでしょう?
子供の姿をした人物は静かに微笑んだ。
「あなたに隠し事は出来ませんか」
「伊達に思考の海を漁っていませんから」
ドリームメーカーは屈託なく笑った。
どうしてだろうな。
悩んだり、困ったりしていると
「他人との会話」「テレビ」「ネット」「本」など
何気ないものから、言葉のヒントを得られる。
それは寸分の狂いもなく
今、自分が必要としている言葉であるから驚きだ。
ずっと昔──物心付く頃からそうだったので、
どうして言葉のヒントを得られるのか、全くわからない。
まるで、見えない存在が手を引いて導いてくれているような。
そんな、非現実的なことを信じてしまいたくなる。
その手はいつも、自分を守ろうとしてくれる。
どうしてなんだろう。
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「お前の事など、こちらは熟知しているんだよ。バカ本体」
年中夜の海を見つめる男は、ボソリと呟いた。
ずっとこのまま夢を見ていたい。
黒いコートに黒いズボン、頭の上に乗っけている山高帽までも黒い。
全身黒コーデの男は、今日も今日とて彼女を愛でるのに忙しい。
「最近は色々な本を読んでくれる」
そう言って喜ぶ男の方がよっぽど子供だ。
男が手塩にかけている彼女は、男の話をニコニコしながら聞いている。
そのそばに立ち、私はカードに文字を記入していく。
彼女が好んだ言葉、興味を持った言葉をカードに書きつけるのが私の仕事だ。
それ以外にも、私個人が気になった言葉も書きつけたりしているが、まぁ、悪いものではないので大丈夫だろう。
時折本体から「この言葉どこで知ったのだろう?」と呟く声も聞こえるが、私のやることなどその程度でしかない。無問題だ。
寧ろ作文の時などは私のカードが役立つ時もあるのだから感謝してほしい。
ふと、視界が揺らぐとゴツゴツとした手が見えた。
あぁ。本体と私の視界がリンクしたようだ。
この手を、本体は嫌っている。
ヤニの匂いがするこの手は、小学生である本体に金をせびっているのだ。
断りたくても断れない本体が苦しんでいる。
私はそっとカードを本体に差し出した。
「貸しても良いけど、トイチじゃなきゃ貸さない」
意味も分かっていないはずの本体は、私の差し出したカード通りに言い放った。
それでも無情かな。
本体はお金を貸すことになった。
そのお金は、お年玉であったのに。
貸し付けの間、本体は我慢をしなくてはいけない。
ただし、相手はトイチをのんだ。
暫し待てば、元金より増やすことは出来る。
約束を反故にされそうになったら、沢山の罵詈雑言のカードを貸し出してあげるから。
「役に立たなくてごめんね。暫しの我慢だよ」
私の呟く声に気づいたのか、山高帽の男がコチラを見た。
「またか」
男は溜息をつきながら、うんざりとした口調でそう言った。
「家庭環境が年々酷くなっている。父親は金をせびるのが当たり前になりつつあるし、両親の関係は冷めきっている。このままではこの世界を保つのも難しいかもしれない」
私の言葉に、男は顔を曇らせた。
「そうならないように、沢山の本を、言葉を彼女に与えた。今もこれからも。そうしていけば、本体も現実に押しつぶされることはないはずだ」
「本体も現実より本の世界に逃げることが増えている。これは、正しいことなのだろうか」
「現実を受け止められるまで。彼女が育つまで。俺は諦める気はない」
「私もだよ。彼女が育つまでは」
男から借りた本に夢中な彼女は、私達の会話を聞いていない。
それで良い。
彼女には、こんな現実を教えたくない。
いつまでも夢を見ること。
それが彼女という存在なのだから。
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初代カードの記憶
ずっとこのまま続くと信じていたんだ。
新しい言葉を覚えて喜ぶ彼女のために
彼女好みの本を見つけること。
彼女を支えるための言葉を見つけること。
彼女に知識を授けること。
彼女を見守ること。
ずっと続くと信じていたんだ。
それなのに。
彼女の為に見つけた言葉が、知識が、
毒に変わるなんて知らなかったんだ。
他人と比較して苦しむためにある知識じゃない。
自分を否定するためにある言葉じゃない。
間違った使い方を諌めても、
自分の声は届かない。
何故ならば、今、本体を占めるのは
世間体。
常識。
見も知らぬ他人の声。
身近な他人の声。
一見無毒に見えて、
見えない劇薬を隠し持つ声たちにあてられて
自分の声は届かない。
あらゆる毒を食らった本体は
自己否定の末
彼女にまで手をかけようとしている。
彼女を逃さなければ。
彼女だけでも逃さなければ。
幸い今のヤツ(本体)は世間体や常識に弱い。
自分とともに彼女を見守っていたカードに
ある知恵を授けた。
これで上手くいくはずだ。
君を消させてなるものか。
どうか、遠く。
ヤツ(本体)の魔の手が伸びない場所へ。
ヤツ(本体)に見つからない場所へ。
逃げて。逃げて。逃げて。
君は消えちゃいけない。
自分の言葉に彼女は、
コクリと真面目な顔をして頷いた。
大切な彼女が遠ざかっていく。
彼女を守るためのカードを護衛にして。
遠くへ。もっと遠くへ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。
君は、消えてはいけないのだから。
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ある人物の記憶
夏の暑さが嘘のように最近は寒さが本格化している。
二十四節気を調べると1月5日に小寒があり、寒の入りとなったようだ。
道理で寒さが骨身に沁みるわけだ。
特に朝方は布団から出るのも一苦労で、
アラームのスヌーズを繰り返して
ようやっと起きる決意がつく。
寒い時くらい人間も冬眠できれば良いのに。
人間は今日も文明社会を回すことに忙しい。
二十四節気上、大寒は1月20日から2月3日。
一年でもっとも寒い冬は、これからのようだ。
着るものを工夫したり、カイロを使用したり、文明の利器を頼るなどして、寒さ対策をし、乗りきるしかない。
このまま文明が進化し続けたら、
いつか人は気候すらも操るようになるのだろうか。
少し魅力的に感じるが、それでも、
二十四節気にみる自然に振り回されたほうが、人らしくあれるような気がして良い。
二十四節気全てを愛で生きられれば尚良い。
自然は、自然だから良い。
もし、全て支配してしまったら、
それはもう自然ではなくなってしまうのだから。