ずっとこのまま夢を見ていたい。
黒いコートに黒いズボン、頭の上に乗っけている山高帽までも黒い。
全身黒コーデの男は、今日も今日とて彼女を愛でるのに忙しい。
「最近は色々な本を読んでくれる」
そう言って喜ぶ男の方がよっぽど子供だ。
男が手塩にかけている彼女は、男の話をニコニコしながら聞いている。
そのそばに立ち、私はカードに文字を記入していく。
彼女が好んだ言葉、興味を持った言葉をカードに書きつけるのが私の仕事だ。
それ以外にも、私個人が気になった言葉も書きつけたりしているが、まぁ、悪いものではないので大丈夫だろう。
時折本体から「この言葉どこで知ったのだろう?」と呟く声も聞こえるが、私のやることなどその程度でしかない。無問題だ。
寧ろ作文の時などは私のカードが役立つ時もあるのだから感謝してほしい。
ふと、視界が揺らぐとゴツゴツとした手が見えた。
あぁ。本体と私の視界がリンクしたようだ。
この手を、本体は嫌っている。
ヤニの匂いがするこの手は、小学生である本体に金をせびっているのだ。
断りたくても断れない本体が苦しんでいる。
私はそっとカードを本体に差し出した。
「貸しても良いけど、トイチじゃなきゃ貸さない」
意味も分かっていないはずの本体は、私の差し出したカード通りに言い放った。
それでも無情かな。
本体はお金を貸すことになった。
そのお金は、お年玉であったのに。
貸し付けの間、本体は我慢をしなくてはいけない。
ただし、相手はトイチをのんだ。
暫し待てば、元金より増やすことは出来る。
約束を反故にされそうになったら、沢山の罵詈雑言のカードを貸し出してあげるから。
「役に立たなくてごめんね。暫しの我慢だよ」
私の呟く声に気づいたのか、山高帽の男がコチラを見た。
「またか」
男は溜息をつきながら、うんざりとした口調でそう言った。
「家庭環境が年々酷くなっている。父親は金をせびるのが当たり前になりつつあるし、両親の関係は冷めきっている。このままではこの世界を保つのも難しいかもしれない」
私の言葉に、男は顔を曇らせた。
「そうならないように、沢山の本を、言葉を彼女に与えた。今もこれからも。そうしていけば、本体も現実に押しつぶされることはないはずだ」
「本体も現実より本の世界に逃げることが増えている。これは、正しいことなのだろうか」
「現実を受け止められるまで。彼女が育つまで。俺は諦める気はない」
「私もだよ。彼女が育つまでは」
男から借りた本に夢中な彼女は、私達の会話を聞いていない。
それで良い。
彼女には、こんな現実を教えたくない。
いつまでも夢を見ること。
それが彼女という存在なのだから。
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初代カードの記憶
1/13/2024, 10:50:37 AM