NoName

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ずっとこのまま続くと信じていたんだ。

新しい言葉を覚えて喜ぶ彼女のために
彼女好みの本を見つけること。
彼女を支えるための言葉を見つけること。
彼女に知識を授けること。
彼女を見守ること。

ずっと続くと信じていたんだ。

それなのに。

彼女の為に見つけた言葉が、知識が、
毒に変わるなんて知らなかったんだ。

他人と比較して苦しむためにある知識じゃない。
自分を否定するためにある言葉じゃない。

間違った使い方を諌めても、
自分の声は届かない。

何故ならば、今、本体を占めるのは
世間体。
常識。
見も知らぬ他人の声。
身近な他人の声。

一見無毒に見えて、
見えない劇薬を隠し持つ声たちにあてられて
自分の声は届かない。

あらゆる毒を食らった本体は
自己否定の末
彼女にまで手をかけようとしている。

彼女を逃さなければ。

彼女だけでも逃さなければ。

幸い今のヤツ(本体)は世間体や常識に弱い。
自分とともに彼女を見守っていたカードに
ある知恵を授けた。

これで上手くいくはずだ。

君を消させてなるものか。

どうか、遠く。
ヤツ(本体)の魔の手が伸びない場所へ。
ヤツ(本体)に見つからない場所へ。

逃げて。逃げて。逃げて。

君は消えちゃいけない。

自分の言葉に彼女は、
コクリと真面目な顔をして頷いた。

大切な彼女が遠ざかっていく。
彼女を守るためのカードを護衛にして。

遠くへ。もっと遠くへ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。

君は、消えてはいけないのだから。

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ある人物の記憶

1/12/2024, 12:31:53 PM