NoName

Open App

潮騒が響いている。

年中夜の空間に今日も今日とて、
無表情を貫き通す傘の御人が海を眺めている。

かつて彼は、海に降り注ぐ言葉を愛でていた。
幼い彼女の先生代わりというのもあったが、
本質的に言葉というものに興味があったからだろう。
思考の海の管理に勤しんでいた。

海漁りする自分より熱心に、海からの拾い物をしたり、分類分けをしたり、検索しやすいよう工夫を加えたりと、実に働き者だった。
どちらが良い言葉を見つけられるか競っていたあの日々が、今となっては懐かしい。

本体の暴走が起きて暫くすると、彼は冷めた表情をすることが多くなった。
あれほど熱心に管理していた海も管理しなくなってしまったし、自分との拾い物競争もしてくれなくなった。

止むことなく届く言葉で荒れる海にも、彼は表情一つ変えず、ただ見つめるばかりだった。
そして、自分が気付いた時には──どこから作り上げたのか──傘を持ち、空からの言葉を嫌うまでになっていた。

彼は、この世界で最も本体に近いところに存在している。

一番の被害者は──彼だったのだと知ったのは随分後になってからだった。


「やあ、こんばんは」

傘の御人に声をかけると、凪いだ目に僅かに光が灯った。

「この時間にやって来るとは何事だ?ドリームメーカー」

「カードの御人に拾い物の一部を譲って欲しいと言われましてね。折角だから、拾いたてのものを差しあげたほうが良いかと思いまして。こうして、やって来た次第です」
海漁りさせてくださいね。

軽い口調でそう言うと、いつもならば「勝手にしろ」とか言ってくるのに返事がない。
不思議に思って彼の方を見ると、思い詰めた顔をしている。

「どうかしましたか?」

「…お前は、この海の底がどうなっているか知っているか?」

「知っている…としたら、どうします?」

敢えて遠回りの言葉を選ぶと、
彼は俯きボソリと呟くように言った。

「海の底は今、どうなっている?」

「それは、貴方自身が見なくてはいけないことです。ねぇ、思考の海の管理人さん」

名前を呼ぶと彼の肩が僅かに震えた。
口を開いたり閉じたりしている。
言うべき言葉を躊躇っているのか、
或いは沢山の思いが、言葉が、
彼の邪魔をしているのかもしれない。

「ねぇ、たまには自分と勝負しませんか?」

ドリームメーカーの言葉に思考の海の管理人は、
疑問符を浮かべた。

「拾い物競争しましょう、海の底で」
ドリームメーカーはそう言うと、
海を指差し、ニッと笑った。
────────────────────────
ドリームメーカーと思考の海の番人もとい管理人

1/20/2024, 12:26:55 PM