NoName

Open App
1/13/2024, 10:50:37 AM

ずっとこのまま夢を見ていたい。

黒いコートに黒いズボン、頭の上に乗っけている山高帽までも黒い。
全身黒コーデの男は、今日も今日とて彼女を愛でるのに忙しい。

「最近は色々な本を読んでくれる」
そう言って喜ぶ男の方がよっぽど子供だ。

男が手塩にかけている彼女は、男の話をニコニコしながら聞いている。
そのそばに立ち、私はカードに文字を記入していく。

彼女が好んだ言葉、興味を持った言葉をカードに書きつけるのが私の仕事だ。
それ以外にも、私個人が気になった言葉も書きつけたりしているが、まぁ、悪いものではないので大丈夫だろう。

時折本体から「この言葉どこで知ったのだろう?」と呟く声も聞こえるが、私のやることなどその程度でしかない。無問題だ。

寧ろ作文の時などは私のカードが役立つ時もあるのだから感謝してほしい。

ふと、視界が揺らぐとゴツゴツとした手が見えた。
あぁ。本体と私の視界がリンクしたようだ。

この手を、本体は嫌っている。

ヤニの匂いがするこの手は、小学生である本体に金をせびっているのだ。

断りたくても断れない本体が苦しんでいる。
私はそっとカードを本体に差し出した。

「貸しても良いけど、トイチじゃなきゃ貸さない」

意味も分かっていないはずの本体は、私の差し出したカード通りに言い放った。

それでも無情かな。

本体はお金を貸すことになった。
そのお金は、お年玉であったのに。
貸し付けの間、本体は我慢をしなくてはいけない。
ただし、相手はトイチをのんだ。
暫し待てば、元金より増やすことは出来る。
約束を反故にされそうになったら、沢山の罵詈雑言のカードを貸し出してあげるから。

「役に立たなくてごめんね。暫しの我慢だよ」

私の呟く声に気づいたのか、山高帽の男がコチラを見た。

「またか」

男は溜息をつきながら、うんざりとした口調でそう言った。

「家庭環境が年々酷くなっている。父親は金をせびるのが当たり前になりつつあるし、両親の関係は冷めきっている。このままではこの世界を保つのも難しいかもしれない」

私の言葉に、男は顔を曇らせた。

「そうならないように、沢山の本を、言葉を彼女に与えた。今もこれからも。そうしていけば、本体も現実に押しつぶされることはないはずだ」

「本体も現実より本の世界に逃げることが増えている。これは、正しいことなのだろうか」

「現実を受け止められるまで。彼女が育つまで。俺は諦める気はない」

「私もだよ。彼女が育つまでは」

男から借りた本に夢中な彼女は、私達の会話を聞いていない。
それで良い。
彼女には、こんな現実を教えたくない。

いつまでも夢を見ること。
それが彼女という存在なのだから。

────────────────────────
初代カードの記憶

1/12/2024, 12:31:53 PM

ずっとこのまま続くと信じていたんだ。

新しい言葉を覚えて喜ぶ彼女のために
彼女好みの本を見つけること。
彼女を支えるための言葉を見つけること。
彼女に知識を授けること。
彼女を見守ること。

ずっと続くと信じていたんだ。

それなのに。

彼女の為に見つけた言葉が、知識が、
毒に変わるなんて知らなかったんだ。

他人と比較して苦しむためにある知識じゃない。
自分を否定するためにある言葉じゃない。

間違った使い方を諌めても、
自分の声は届かない。

何故ならば、今、本体を占めるのは
世間体。
常識。
見も知らぬ他人の声。
身近な他人の声。

一見無毒に見えて、
見えない劇薬を隠し持つ声たちにあてられて
自分の声は届かない。

あらゆる毒を食らった本体は
自己否定の末
彼女にまで手をかけようとしている。

彼女を逃さなければ。

彼女だけでも逃さなければ。

幸い今のヤツ(本体)は世間体や常識に弱い。
自分とともに彼女を見守っていたカードに
ある知恵を授けた。

これで上手くいくはずだ。

君を消させてなるものか。

どうか、遠く。
ヤツ(本体)の魔の手が伸びない場所へ。
ヤツ(本体)に見つからない場所へ。

逃げて。逃げて。逃げて。

君は消えちゃいけない。

自分の言葉に彼女は、
コクリと真面目な顔をして頷いた。

大切な彼女が遠ざかっていく。
彼女を守るためのカードを護衛にして。

遠くへ。もっと遠くへ。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。

君は、消えてはいけないのだから。

────────────────────────
ある人物の記憶

1/11/2024, 1:06:44 PM

夏の暑さが嘘のように最近は寒さが本格化している。 

二十四節気を調べると1月5日に小寒があり、寒の入りとなったようだ。

道理で寒さが骨身に沁みるわけだ。

特に朝方は布団から出るのも一苦労で、
アラームのスヌーズを繰り返して
ようやっと起きる決意がつく。

寒い時くらい人間も冬眠できれば良いのに。
人間は今日も文明社会を回すことに忙しい。

二十四節気上、大寒は1月20日から2月3日。
一年でもっとも寒い冬は、これからのようだ。

着るものを工夫したり、カイロを使用したり、文明の利器を頼るなどして、寒さ対策をし、乗りきるしかない。

このまま文明が進化し続けたら、
いつか人は気候すらも操るようになるのだろうか。

少し魅力的に感じるが、それでも、
二十四節気にみる自然に振り回されたほうが、人らしくあれるような気がして良い。
二十四節気全てを愛で生きられれば尚良い。

自然は、自然だから良い。
もし、全て支配してしまったら、
それはもう自然ではなくなってしまうのだから。

1/10/2024, 12:12:58 PM

二十歳という年齢はアンバランスだ。

周囲から大人として見られるこの年齢は
心の何処かで大人であるべきと叱咤しても、
心の未熟さが足を引っ張る。

大人と子供の間をふらふらと行き来して定まらず、
未熟なれど大人。大人なれど未熟。
そんなどっちつかずな状態をもて余す。

強制的な、子供から大人への入り口故
アンバランスやらアンビバレンスやらが起きても致し方ない。
こんな時こそ
焦らず自分らしさを大切に。
周囲ではなく自分の心が、未来を作っていくのだから。

もう随分前に入口を潜った大人から
新成人への餞とならんことを。

────────────────────────
真面目よりな文を書いたのでこちらでは気楽な感じにしましょうかね。

大人って一日にしてならず、なのですよ。
成人式迎えて、「ハイ。じゃあ今日から大人として振る舞いなさい」なんて大抵の人は無理なんです。
成人の日や成人式は、大人の入口に過ぎず、そこから時間や経験を得て大人らしくなっていくものだと自分は思っています。

そうそう、
未熟なれど大人。
大人なれど未熟。
言葉を逆にしただけと思われてしまうかもしれませんが、個人的にはそれぞれ違う意味を持たせています。
未熟なれど大人=未熟なのに大人として振る舞わなくてはいけない。しかし、まだ大人に成り立て(若い)なので、未熟なことをしてしまう。
大人なれど未熟=大人としてあるべきなのに未熟なことをしてしまう。大人(高齢も含む)なのだけれど、未熟さがある。
年齢的には大人でも未熟な人は案外います。
私もその一人。
もしかしたら、皆、未熟さを抱えながら大人への階段を登っている最中なのかも。
そう思うと、大人への道は存外長いのかもしれません。

1/9/2024, 11:40:00 AM

空にチェシャ猫のような月がかかっている。

「見てよ、水蓮。ニヤけた猫が僕たちを見ているよ」

僕の遊びに気付いた水蓮が空の月と同じような笑みを浮かべた。

「ヤツは誘惑が好きだからね」

知ったような口で水蓮が言う。

「誘惑?イタズラ好きじゃなくて?」

僕の言葉に水蓮は首を振った。

「誘惑だよ。月は何時だって人を魅了して止まないのだから」

「チェシャ猫は月の化身なわけ?」

「もしかしたら」

水蓮は意味深な笑みを浮かべて月を見上げた。

「月と言えば、彼らはどうなったのだろう」

僕の言いたいことを水蓮は直ぐに理解してくれた。

「三日月少年か…」

いちいち説明しなくても水蓮は理解してくれる。
これって凄いことだ。

「彼らは、この世界に紛れているよ。もしかしたら、あの月も。チェシャ猫のフリをした三日月少年かもしれない」

「あぁ、不遜な感じが似ているかもね」

僕の発言に水蓮は声を上げて笑った。

────────────────────────
「三日月少年漂流記」より水蓮と銅貨

Next