変わらないものはないというけれど、
本当にそうだろうか?
変わらないものとして良い例は何かないだろうか。
暫し足りない頭を捻っていると、
学生時代の化学の教科書が脳裏に浮かんできた。
懐かしさに惹かれて教科書を手に取り開いてみる。
パラパラと捲れば懐かしい知識が──
全く出てこない。
パラパラと捲っていた手を止め、
じっくりと教科書を眺める。
あぁ、なんということでしょう。
写真はおろか、文字なんて一度も存在したことがないとでも言うのでしょうか、この脳内の教科書は。
──なんて、驚きの白さ。
こりゃ漂白剤も裸足で逃げ出すな。
そんな、くだらない事を思っていると
「原子」という文字の跡が微かに見えた。
「原子」
確か、ずっと変わらない性質があったような。
早速ググってみると、
──化学変化によって、新しくできたり、別の原子に変わったり、なくなったりしない。──と出てきた。
変わりゆくのが当たり前のこの世界でも
この世界を作る元は
変わることはないようだ。
また一つ賢くなった気がする。
…。
まぁ、何れはこの知識も
あの教科書の二の舞いになるのだろうな…。
いやいや、今度こそは覚えておこう。
ギリ筆跡が見えるだけとなっていた「原子」の文字を黒字でなぞり、ググった知識をそっと添えておく。
次開いた時は、少しだけ役に立つ教科書になるはずだ。
変わらないものがこの世界にある。
それだけで心強いではないか。
昼休み。
いつもの定食屋へ向かう途中、
街頭インタビューを見かけた。
照れた様子で応じる一般人と
インタビュアーの間には
「クリスマスの過ごし方は?」
なんて書かれたフリップがある。
世間一般様のお答えは
「恋人とデート」であったり、
「家族と過ごす」なんてのが大半だろう。
自分は
─仕事。年末進行。以上。
恋人もいねぇし、子供も居ない。
キラキラしたもんと程遠い
ヨレヨレスーツに身を包む
つまんねぇ大人だ。悪かったな。
そんなにクリスマスってぇのが大切なら
休日にでもしやがれってんだ。
こちとらしゃかりきに働く
社会の歯車の部品でしかねぇんだよ。
…言わせんなよな。
俺だって子どもの時は、
枕元に届くプレゼントを楽しみにしていた。
サンタの正体を知っても、
枕元にプレゼントが届いていると、
「この世界は、本当に不思議なことが起きるのでは?」なんて真剣に思っていた。
子どもの時に信じていた不思議な事は
大人になればなるほど夢物語に過ぎないと知る。
子供だから見られた美しい夢だ。
大人になったら現実を見なきゃいけない。
──今の自分のように。
あぁ、夢もねえ。
深い溜息をつき空を仰ぐ。
曇天だ。
この曇天を超えた遥か彼方に、
かつて自分が信じていた夢物語はあるのだろうか。
大人になって見えなくなってしまっただけで
ずっと存在しているのだろうか。
「もし、そうなら…雪の一つでも降ってみせてくれよ」
ポツリと言葉が漏れる。
─ああ。何、言ってるんだか。クリスマスの奇跡なんてファンタジーでしかないのに。
クサクサとした思いが足取りを重くしていたのだろうか、腕時計を見ると正午も半ばを過ぎている。
定食屋へはまだ少し距離がある。
今から行っても満席だろうし、昼休みが終わってしまう。
…仕方がない。
今日は定食屋は諦めて、コンビニの弁当でも買うとしよう。
会社近くのコンビニへ向かおうと踵を返したその時、空からハラリと落ちてくるものがあった。
白い。天使の羽のような───雪だ。
音もなく優雅に空から舞い降りてくる。
突然の雪で閑散となった通りには、
草臥れたスーツを着た男が一人、
雪の降る空を見上げている。
雪のイタズラだろうか、
男の頬には水滴の流れた跡が残っていた。
────────────────────────
ここで書き始めた時から
コッソリと目標にしていた
♡の数があったのですが、
本日達成しました。
目標を達成できたのはひとえに
これまで♡を下さった皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
「どうも今晩は。お荷物のお届けにあがりました」
最近は、変な輩を招き入れるのが流行りなのだろうか。
先日は本体、今日に至っては荷物を持った配達員風の男ときた。
ここのセキュリティーはカスか。
文字の残滓だけでもうんざりなのだぞこっちは。
溜息をつき、思考の海へ視線をやると海は──荒れていない。
──おかしい。
闖入者とあれば思考の海は荒れるのが常だというのに。何故、荒れない?この男を受け入れているとでも言うのか?この配達員の身なりをした男を?
「あの、お荷物のご確認とサインをお願いしたいのですが」
配達員風の男が困り顔でこちらを見てくる。
男の言う荷物とやらは、片手サイズの小さな箱だ。
贈り物をやり取りするような関係はもう過去のことだ。今更自分にあるはずがない。
「人違いだろう。悪いが、受け取る気はない」
「そうですか。残念です。ちなみにこの荷物の送り主のお名前ですが…」
男の口から出てきた言葉に息が止まった。
「今、なんと言った?」
みっともなく震える自分の言葉に配達員は首を傾げながら、再び同じ言葉を口にした。
あり得ない。あるわけがない。
だって彼女はもう…消えてしまったはずだ!
初代のカードと共に!
「お荷物の宛名等のご確認をしていただけますか?」
穏やかな男の声にほだされた訳では無いが、気が付いたら荷物を受け取っていた。
「あざましたー」
配達員風の男はやる気のない礼をすると姿を消した。
やはり、アレは人ではない何かなのだろう。
でなければ、ここに来られるはずがないのだから。
男から受け取った片手サイズの箱には、懐かしい彼女の名前が書いてある。
「いないと思っていたんだぞ。ずっと…」
誰に言うでもなくそんな言葉がポツリと漏れた。
箱を止めているテープは、緻密なボタニカルアートのテープだ。実に彼女らしい。
「コレは罠なのか?罠にはめて自分をどうしたい?…」
久しぶりに彼女の名前を口にする。
胸に広がるこの感情は何と言うのだったか。
懐かしい。愛おしい。寂しい。切ない。
あぁ、どれも相応しくどれも適切でない。
かつては君の先生をしていたというのに。
もう、君に教えることは出来ないな。
「罠であっても受け入れよう。開けるよ…」
思考の海の番人は、小さな箱を開けた。
────────────────────────
「お疲れ様。配達ご苦労さまでした」
依頼主からメールが入っていた。
報告を事務的に入れてスマホを胸ポケットに仕舞う。
「お仕事完了」
配達員の男はポツリと呟き、夜空を見上げた。
今夜はクリスマスイブ。
奇跡の一つ起きてもおかしくはない──そんな夜。
配達員の男は穏やかに微笑んだ。
「お届け物でーす」
…ここ、学校の屋上なんだけど。
今日も今日とて、放課後の屋上で駄弁る俺達の前にそいつは突然現れた。
配送会社の制服に身を包み、至って普通の配達員と言った感じだが、状況が普通じゃない。
屋上のドアはいつも通り鍵をしていたはずだ。それなのに何故、この配達員風な男はいるのだろう。
俺達のように鍵開けでもしたというのか?一介の配達員が?
警戒する俺と彼女に対し、配達員風な男は「お名前の確認とサインをお願いします」なんて言って辞書2冊分位のサイズの小包を差出してくる。
「荷物なんて頼んでいない。人違いだ」
俺の言葉に配達員は不思議そうな顔をして、
「…そうですか。念の為、お名前の確認だけでもしていただいてよろしいですか?」
──引き下がらない。
怪しい配達員の荷物なんて見たくもない。何が起きるかわからないじゃないか。
近づいた途端爆発するとか──ありそうだ。絶対近づきたくない。
一歩も動かない俺に配達員は不思議そうな顔をして首を傾げている。
すると今まで静観していた彼女が、何を思ったのか配達員に近づいていく。俺は必死になって、彼女の腕を掴もうと手を伸ばした。しかし、伸ばした手は彼女の腕を捉えること無く空を切った。
焦る俺に対し、落ち着いた様子の彼女は、躊躇することなく荷物を覗き込み──何事もなく箱をしげしげと見て言った。
「これ、お届け先、あんたの名前よ」
淡々とした彼女の声につられて荷物を覗き込むと
確かに俺の名前がある。
「サインが必要なんですよね?」
ペン貸してくれますか?
彼女の言葉に配達員は頷くと、慣れた手つきでペンを胸ポケットから取り出し彼女に差し出した。
「おい!何勝手なことしてんだ!」
俺の至極真っ当な意見は、彼女と配達員の男には届かないのか、ペンを受け取った彼女はサラサラとサインをし、配達員の男は伝票を切り取ると、荷物を彼女に手渡した。
「あざましたー」
やる気のない礼を述べると、配達員の男は屋上のドアを開けて出ていった。
突然現れたくせに帰りは普通なのか。ますます意味がわかんねぇ。
配達員の男が消えたドアを呆然と見ていると、荷物を受け取った彼女が小包を矯めつ眇めつしているのが目端に写った。
「これ、開けてみましょうよ」
「お前…」
「良いじゃない。あんた宛なのは間違いないし、受け取らなければあの男ずっと突っ立ってたわよ。或いはずっと付き纏ってくるかのどちらかね」
「受け取り拒否しようと思ったんだけど」
「もう受け取ってしまったわ。大丈夫よ。中身は紙だそうよ。軽いし。爆弾とかじゃないわよ」
彼女から小包を受け取る。
確かに拍子抜けするくらいに軽い。
送り状の荷物を書き込む欄には彼女の言う通り、「紙」とだけ書いてある。
紙を贈るのなら、小包じゃなくて封筒じゃないのだろうか。
送り主の欄にはNONAMEと書いてある。
名無し。…人を食ったような名前だ。
住所の欄には、それらしい住所が書かれているが実在する住所なのかはわからない。
怪しい、怪しすぎる。
躊躇う俺に彼女は、無表情でじっと見つめてくる。
その黒目がちな目が、臆病者と罵っている。
あぁ、もう!どうにでもなれだ!
小包のガムテープを力任せに剥ぎ、箱を開く。
「えっ、なんだコレ」
箱の中には──某有名遊園地の名物キャラクター(男女)のキーホルダーが一つずつと、その遊園地のチケットが2枚入っていた。
彼女も箱の中を覗き込んで「なにこれ」と言っている。
他に何かないのかと箱をひっくり返してみたが、中身はこれだけらしい。
…。
某有名キャラクターの男女キーホルダーとチケット2枚。
ここから導き出される答えは、つまり…。
「お前、遊園地好き?」
「あんまり」
即答だ。だろうな。そうだと思ってた。
こういうのは陽キャやリア充が喜ぶもんであって俺達みたいなのには…。
「俺と…行くのは?」
「それは…」
彼女が言い淀む。
いつも歯切れが良いのに珍しい。
そう思って彼女を見ると、こころなしか彼女の頬が赤いような…。
「あのさ、行ってみねえ?」
俺は彼女にチケットとキーホルダーを差し出した。
───────────────────
「さて、次の配達先は…。あぁ。遠距離を終えゴールインしたカップル。その次は、雨の中突っ走った女性。その次は、傘の御人とカードの子。さてさて。これは急いで配らなくては」
配達員風な男はそうゴチると姿を消した。
ゆずの香り?
あぁ、今日は冬至か。
年末進行に追われてすっかり忘れていた。
クリスマスやら正月やらを忘れることはないけれど
夏至や冬至等の日にちが固定されていない上に
祝日にもなっていないものはつい忘れがちだ。
とはいえ、
こうして思い出したのも何かの御縁。
一年で最も夜の長い今夜は
ゆず湯(バスボム)にでも浸かって
年末進行でガタガタの体を癒やそうか。