何しても消えることのない孤独感が心に巣食っている。言葉に出来ない感情をいつも心の中にある。
いつからか、感情を押し殺すようになっていたため、嬉しいや悲しいという感情がなくなっていた。唯一ある感情はきっと、虚しいだと思う。
窓から月明かりが差し込んできた。月を隠していた雲が横に移動したみたい。今日は、満月だった。
……あぁ、まただ。何も思わない。何も感じない。また、虚しいが心を埋めつくす。
月は美しく輝いているはずなのに、月は美しく佇んでいるのに。
今日の夜も、言葉に出来ない感情が私の心に巣食っている。いつか、他の人が感じている感情を感じれるようになりたい。
私は、月に感情を取り戻すことを諦めないと誓った。
桜が辺り一面に咲き誇っている。
地面はピンク色の絨毯に覆われ、私はその上を歩いていく。花びらの雨は止むことを知らない。春が完全にこの地へ到来したことを物語っているかのように。
今日は、高校の入学式。今日から私は、高校生。キラキラした青春を夢見てこの高校に入学しようとしているどこにでもいる女子高生だ。
親と別れ、自分のクラスに行って席についたとき、隣の席の人が、話しかけてきた。
「名前、なんていうの?」
「え、えっと……」
「あ、オレ木下風也。カレーが大好きだけど、辛いやつは苦手なんだ。」
「……私は、遠藤陽菜。私も辛口は苦手だけど、カレーは好き、です。」
突然、話しかけられたからびっくりしてしどろもどろしたけど、なんとか答えられた。「今日からよろしくな!陽菜。」
「は、はぃ……。」
いきなり名前呼びされて、ドキッとしてしまう。初対面で名前呼びされたのは小学生以来だ。そのせいで、少し彼のことを意識するようになってしまった。
春がやってきた。その春は、私にも訪れたのかもしれない。
桜の花びらが一回転して、私の机を彩った。
夕日が地平線に沈んでいく。僕はあることをしていた。
夜になると、姿を現す化け物「影」を狩るために、大鎌をばれないようにマントの下に隠す。
影は、公に発表されていない。政府も知らないため、僕らみたいな者は一般人にばれないように狩らないといけない。
影は人を襲う。そして、襲われた人は殺される。影の遊び道具として。影は人を食べない。ただ、殺して遊ぶためだけに人を殺す。殺された人達は原因不明の死だと片付けられる。
影は対して強くない。鞄で叩くと一瞬で消える。だから、死ぬ人は少ない。道端で酔っ払って寝ている人が、対象になりやすい。また、光に弱いから、ライトの光を当てればすぐ消える。影は暗いところで発生するため、繁華街やホテル街、なぜか家の中では発生しない。
こんなに弱いのに、なぜ僕らが動くのか。なぜなら、発生した影は自然消滅することがないからだ。また、トンネルとか昼間でも暗い場所は常に影が発生し、増えていく。増えないように、対策はしてるけど。
ふと、窓の外を見てみると、夕日がもう少しで沈みきる。僕は家をでた。潮風が影みたいにまとわりついてくる。
夕日が完全に沈んだ。
さぁ、ここからは僕たちの時間だ。思う存分、倒しまくろうではないか。
僕は、地面を蹴り上げ、空へ飛び立った。
「うぅ……」
「どうしたの?」
公園の花壇のそばでうずくまって泣いていたら、同じ年くらいの男の子が話しかけてきた。
「くまちゃんのキーホルダー失くしちゃったぁ……」
「ぼくも探すよ!どんなやつ?」
「ええっと……、茶色の、赤いリボンを結んでいるの!おかあさんとおとうさんに誕生日プレゼントでもらったの!」
「わかった!」
それから日が暮れるまでいっしょに探した。
「……あっ、あった!!」
全身土で汚れた男の子が、満面の笑顔でキーホルダーを掲げていた。わたしは駆け寄ってキーホルダーを受け取った。
「ありがとう!わたしの大切な宝物なの!」
「いいよ。どういたしまして。」
その時、あたりは真っ暗になっていて、たくさんの星がきらきら輝いていた。今日は七夕なので、天の川が見えた。
「わぁー、きれいだね!」
「あっ、流れ星!」
「どこ!?」
二人でわちゃわちゃしながら、家に帰って言った。
この男の子が、私の初恋相手との出会いだった。
「……そんな時もあったなぁ。」
あのときの公園で星空を見上げて思い出に更けていた。十年前のあの日と変わらないたくさんの星たちが瞬いていた。今日は七夕だ。織姫と彦星が一年に一度会える日。同時に彼こと、流星のことを想うと胸がきゅう、と苦しくなる。
流星は文字通り流れ星が流れた日に生まれた。星のことが好きで、そのことを嬉しそうに話してくれる。その影響で、私も星が好きになった。
流星は、私の片想いの相手。ただ、高校は別だ。だけど、近いうち、告白しようと思っている。
「あっ、まだ帰ってなかったの?」
後ろから声が聞こえてきた。思わず顔に出そうになるのを抑えて振り向くと、流星がいた。部活帰りらしく、遅い時間帯になってしまったみたい。今は八時。お母さんには遅くなると連絡しているから大丈夫だ。
「大丈夫。連絡しているから。」
ブランコから立ち上がる。流星は星空を見上げていた。私もつられて見上げた。星が数え切れないくらい、たくさん輝いている。
「きれいだね……。」
流星が呟いた。
つうっ、と流れ星が流れた。あの日と同じように流れた。
……もしかしたら、私の初恋も叶うかもしれない。流れ星はもう流れたけど、この想いは叶うかもしれない。なぜかそう確信できた。
意を決して、流星の方を向いた。
「流星。あの、言いたいことがあるの。」
流星が驚いてこっちを向く。自然と目が合うので、うまく話せなくなる。
「どうしたの?」
流星が心配そうに私を見てくる。そんな表情も大好きだ。
深呼吸して、自分を落ち着かせて、渾身の告白をした。
「私、りゅ、流星のことが、好きです。」
「…………えっ。」
流星がこっちを向いて固まっている。恥ずかしくて目を合わせられない。伝えれた。精一杯がんばって伝えることができたから悔いはない。あとは、流星の返事だ。身構えていたら。
「あ~あ。先、越されちゃった。」
えっ、と思い流星を見ると、口元を押さえて顔が真っ赤になっていた。
「ぼくも、夏海のことが、好きです。」
その言葉を聞いたとき、胸が張り裂けるぐらい嬉しくなった。
二人の頭上に広がる天の川の上では、織姫と彦星が会えるように、たくさんの星が輝いて二人を導く道しるべとなっていた。
昔っから言われるこの言葉。
「なんか変。」
私のどこが変なのだろう。大人も口を揃えてこう言う。
「なんか変。」
「普通じゃない。変な人。」
たったそれだけ。それ以外は何にも言わない。どこが変なのか聞くと、「夏月ちゃんの個性があるから、私達に解決法は言えないよ。」という。
何が言えないだ。変だ変だと言い続けてからかいたいだけではないのだろうか。そう思えてくるぐらい言われてきた。
見た目は、茶髪のポニーテールで、今年から履いていいことになったズボンを履いている。それ以外はみんなと同じ制服だ。着崩したりはしていない。ちなみに私は女子である。
今日から、学年が上がって高三になる。また、変って言われそうだな。
教室に入ったら、チャラそうな男子達が「確かに変だ!」と言って笑っていた。周りを見ると、猿みたいにいつもキーキー騒ぐウザい女子達がピースしていた。私に向かって。
流石にイラッと来たので、言い返した。
「変だと言うなら、お前らも変だな。普通は人それぞれだから違ってて当たり前だろ。」
これに腹を立てたピースしてきた女子達とチャラそうな男子達がこっちに来た。単純な奴ら。こんなことに腹立つなんて。
その女子達のリーダー格みたいな人が胸ぐらを掴もうとしたけど、サッと避けた。今度は男子達が捕まえようとしたけど、それも軽々とかわす。
実は、自慢じゃないけど力と運動神経が周りよりズバ抜けている。だから、昔から喧嘩は強かった。
「この変人!なんで動くのよ!」
「動かないと殴られるし。そっちの人数が多いから余裕だろ。」
この言葉で、更に怒り出した女子達がヒステリーを起こす。同じ女だけど、これはないわ。男子達も暴言をたくさん吐き出した。
「女なのによぉ、喧嘩してるとか意味わかんねー」
「それな!口調も男っぽいし、それで女子とかありえねーわ」
「自分は女子ですぅ〜って言いたい系?もしかしてオカマ?」
「それは傑作だわ!お前天才か?」
男子達がケラケラ笑っている。今まで変だ言われてきた理由が分かった。女なのに、男みたいだから。だが、それはどうでもいい。頭に血が登って、今にも怒りが爆発しそうだ。周りの奴らのクスクスと笑っている声が聞こえてくる。
……今すぐ、全員殴ってやりたい。チャラい男子達に殴ろうとして拳を振りかざした。
「変じゃないよ。」
突然、聞いたことのない凛とした男子の声が後ろから聞こえてきた。びっくりして殴る寸前で拳を止めた。後ろを振りかえると、芸能人にいそうな顔立ちのいい男子が立っていた。嫌な笑い声に包まれていた教室に静寂が訪れた。そして、その静寂を男子達が破った。
「はぁ?こんな男っぽいやつのどこが変じゃないんだ?」
「そ、それな!水原君もこんな変なやつのどこが変じゃないの!?」
「みんながよく言う、秋村さんの個性だし、今どき男らしい女らしいなんて関係ないでしょ?それに、ズボンは今年から女子も履いていいことになったの知らない?あと、今のは完全にいじめだから、ちゃんと心から秋村さんに謝れよ。」
水原というやつが少し睨むと、みんな謝り出した。謝られても、やったことは変わらないし許すつもりもない。チャラい女子達と男子達は渋々誤っていたけど、どうでもいい。
ふと、時計を見るともうすぐチャイムが鳴る時間になっていたので、席についた。しばらくしたら、チャイムがなったので、チャラい女子達と男子達は慌てて座っていた。
昼休み、校庭の隅にある木陰で弁当を食べ終わってゆっくりしていると、水原が来た。
「いたいた。秋村さん昼休みになるとすぐいなくなって見つけるのに時間がかかったよ。」
「何のよう?」
「秋村さんと話がしたくて。隣座っていい?」
「構わない。」
水原が隣に座ると、購買で買ったらしきメロンパンを食べ始めた。少ししてから水原は質問しだした。
「秋村さんって……名前なんていうの?」
「夏月。秋村夏月。」
「へえ。名前は秋と夏が入っているんだ。」
「まぁ、その影響で夏と秋は好きだけど。」
なんだか、答えっぱなしなのは嫌だ。腹が立つ。私も質問仕返した。
「じゃあ、お前の名前は?」
「水原瑛人。」
瑛人って言うのか、こいつ。ふと、気になったことを質問した。
「何で私のことかばったんだ?そしたら、お前にも被害が及ぶかもしれないだろ?」
瑛人は何言ってるの、と言いたげな顔をしたあと、こう話出した。
「男、女……関係ないでしょ?自分の好きなこと。あと、いじめられているのに見捨てられなかったし。」
「いじめられているつもりはないけど。」
「でも、あそこで止めておかなかったら夏月さん殴ってたでしょ。」
図星をつかれてぐうの音も出ない。
「夏月でいい。さん付けだと方苦しいし……。」
「じゃあ、これから夏月って呼ぶね。あと、俺のことも瑛人って呼んで。」
「お……え、瑛人」
満足そうに頷くと、満面の笑みで、
「それでいいよ。その方がいい。これからよろしくね!」
と瑛人が言った。
……こんなこと初めてだ。今までは、変だ変だ言われてきたのに。とても、嬉しかった。顔が熱い。風邪でも引いたのだろうか。
今年はいい一年間になりそう。
春の日差しが私達を見守るように包みこんでいた。