きれいな星空だな。
薄れゆく意識の中、そう思った。
今日、いじめてくる加害者共に、親が寝静まる深夜に屋上に呼び出された。いつもみたいに殴られ蹴られていた。ただ、いつもと違うのは、そいつらに突きとばされたとき、屋上のフェンスにぶつかった衝撃でフェンスが壊れて頭から転落したことだ。
ただ、幸いなことに、即死ではなかったことだ。あいつらが私が自殺したと言い訳できないように、俗にいうダイイングメッセージを書くことができた。ばれないように、私の体で隠すことも忘れはしなかった。
どんどん視界がぼやけてくる。
いじめられてばっかりのくだらない人生だったと、自笑する。高校生になったら青春出来ると言ってたのは、一部の人間だけだ。それ以外は、いじめや虐待などで苦しんでいる人達が山ほどいる。
あいつらの慌てる声と足音が聞こえてくる。ヤバい、これどうしよう、まじで私達逮捕されるじゃん!という焦っている声が聞こえてくる。いい気味だ。精々、地獄へ行くまで苦しめ。自殺なんてして、自分が犯した罪から逃げるなんて許さないからな。許すつもりはないけど。
もう死ぬな。そう確信したときには、もうほとんどがぼやけて何も見えなかった。
最後にただ一つ、心残りがあるとしたら。
お父さん、お母さん、先に死んじゃってごめんなさい。先立つ不孝をお許しください。
私は静かに目を閉じた。
さて、どうしようか。
今日、学校の宿題で、自分の大切なものについての作文を書くという内容が出た。しかも、明日みんなの前で発表するという。
別に僕に大切なものはない。親もいなければ友達もいない。
僕は生まれてすぐに両親を交通事故で亡くした。悲しいかと言われても悲しくはない。今は母方の叔母の家で暮らしている。
だけど、叔母達には嫌われている。理由は分からない。
叔母の子供とよく比べられ、笑いものにされる。お酒が進むって言いながら、お酒をたくさん叔母夫婦が飲んでいる。この二人はアルコール中毒でよくお酒を飲んでいる。そして、酔っているときは言動が悪くなるという最悪のオマケつきだ。その叔母の子供も、二人の影響でよく僕をからかってくるので、あの家は嫌いだ。
そんな家が嫌いだから、門限ギリギリまで、公園の裏山で過ごしている。あそこは誰もいないし、誰にも嫌なことを言われない。聞こえるとしても、鳥のさえずりと風で木と木が擦れ合う音だ。そんな静かな空間が僕は大好きだ。
今日もその裏山へ向かう。2、3分登ったところに、少し開けたところがある。そこで、移り変わっていく空を眺めながらぼぉーっと過ごすのが大好きだ。心が落ち着いてくる。
季節によって、空の色や夕方の空の色が違うって知ってる?
ずっと眺めていると分ってくる、僕だけの発見。
この発見をしたときは嬉しかったなぁ。
……これがいいかも。この空間での時間のことを作文にしよう。でも、このことを発表するとクラスの人達がここに来てしまうかもしれない。それどころか、叔母の子供も来てしまうかもしれない。
……この場所のことは書かないでおこう。僕の大切なものは、心を落ち着かせれる時間なのだ。
どんなに嫌なことがあっても、心を落ち着かせれば、楽になれる。
そう思うと、ランドセルを背負い直して、家に向かって歩き出した。
空は、秋特有の儚い夕焼けに覆われていた。
この出来事が嘘だったらどれほど良かったのだろう。
エイプリルフールなのにこの出来事は“本当”だなんてひどい話だ。
今日の午後、彼氏のヒロと一緒にデートしていた。ただただ楽しく二人っきりで過ごしたかっただけなのに、あの悲劇はおきた。ヒロが殺されたのだ。私の目の前で。
殺した奴は通りががった六十代の男だった。動機は、若い奴が幸せそうにしているのはいけないことだ。だから、殺したと言っていた。
こんな理由で。
こんな奴に。
ヒロは殺されたのだ。
犯人の男は全く反省していなかった。しかも、「わしがしたことは正しい。わしら年寄りが幸せにならないといけないんだ。そこの娘はわしが貰おうと思っていた。」と憎たらしい顔で正当化しようとしていた。これを聞いてはらわたが煮えくりかえるぐらいの怒りと憎悪を感じた。
ヒロのお父さんはその男に殴りかかっていたし、お母さんは泣きながら崩れ落ちていた。
なんでこんな身勝手な奴が生きていて、ヒロが死んだのだろう。
ヒロは優しい人だった。私のことを何よりも大切にしてくれて、悲しいときは隣に居てくれたし、誕生日には欲しい物を買ってくれた。ナンパされたときも、「俺の彼女に何してるんだ?」と普段穏やかなヒロがぶち切れるくらい怒って、ナンパしてきた男から守ってくれた。
そして、昨日プロポーズしてくれたばかりだった。「君を一生かけて幸せにするよ」と優しい笑顔で誓ってくれたのに、その一生は今日終わってしまった。
思い出すだけ、涙が溢れてくる。もうあんなにいい人には会えないというくらい、大好きな人だった。私も彼のことを同じくらい大切に想っていたし、大好きだった。
エイプリルフールは嘘の日なのに、嘘じゃないなんて神様は意地悪だ。
家に帰る途中、誰かに刺された。
後ろを振りかえると、六十代くらいのおばあさんが「あんたがいたせいで、あの人が逮捕されたのよ!」と怒ってていた。あの犯人の妻なんだろうとかくしんした。
意しきが遠のいていく。あぁ、死んじゃうな……。でも、ヒロに会えるからいいや。あったらなんて言おう?あいたかったていおうかな。
なみだがまたでてきた。えいぷりるふーるにこいびとふたりがしんじゃうなんてかみさまもおもっていなかっただろうな。
さいごにみたのは、あなたのかなしそうなかおだった。
嘘みたいに悲しい事件。幸せな二人の命日は4月1日であり、嘘の死ではなく、本当の死を遂げたのだった。
私は幸せを届けるお仕事をしている。
朝から晩まで、たくさんの人に幸せを届け、皆を幸せにすることが私の使命である。まだ、新人だが、早く一人前になれるように今日も頑張っている。
今日は明日転校する男の子の元へ行けばお仕事が終わる。明日の幸せを届ける準備もしなくてはならないので、本音を言うと、早く終わらせたい。私は姿を消して、男の子の部屋の中にそっと入った。中には、小学五年生ぐらいの男の子がいた。その男の子は友達らしき子供達が写った写真を眺めていた。
「シュウー?明日、早いんだから早く寝なさーい。」
「うん……。わかってるよ。」
シュウと呼ばれた男の子は部屋の中からお母さんらしき人に返事した。その顔はとても悲しそうだった。きっと転校するのがつらいのだろう。
「やだなぁ……。転校したくないな。」
シュウ君は写真をアルバムに挟むと、ベッドに仰向けに寝転び、天井を見つめていた。いつの間にか、目には涙が溜まっていた。
私は、どんな幸せをあげようか悩んでいた。一時的にこの辛い気持ちを幸せにするは違うと思うし、何より、今すぐに「何かで」幸せになるのかが検討がつかない。
幸せを届ける時に守らなければいけないルールがある。一つ目は、人間に姿を見せてはいけない。二つ目は、幸せを届ける対象の決まっている予定を勝手に変更してはいけない。そしてもう一つは、何かの出来事で幸せにすること。だから、転校がなかったことにはできないし、今何かで幸せにしようとしても、肝心な何かがない。
深夜0時、シュウ君が完全に眠りについて焦っていたとき、私はあることに気がついた。そして、眠っているシュウ君に幸せを届けた。
「シュウー!一緒にサッカーしよう!」
「待ってー、今行くー!」
あれから数日後、大人の女性に幸せを届けたあと、偶然にもシュウ君の声が聞こえてきたので様子を見に行くと、新しい学校の友達とサッカーをして遊んでいた。その表情は楽しそうだった。
あのとき、私が届けた幸せは「新しい学校でたくさんの友達と仲良くなれる幸せ」を届けたのだ。別に今すぐ幸せにしなくてもいい。後で、幸せにしてもいい。辛いことの後での幸せは、嬉しいときの幸せと同じくらい大切だ。幸せには、たくさんの種類がある。それに気づけただけでも、その人に適切な「幸せ」を届けられる数は違ってくると思う。
今日も私は幸せを届けに行く。
その場を立ち去る前に振り返って、小さな声でつぶやいた。
「お幸せに。」
ざあざあと止む気配がない鬱陶しい雨の中、私は傘を差して通学していた。
雨は嫌いだ。靴や服が濡れちゃうから。
嫌いな先生の授業があるのに、朝から憂鬱な気持ちで学校に登校しないと行けないなんて、今日はツイてない。親友に会えることが唯一の救いだ。
住宅街の十字路を曲がろうとしようしとたとき、前から走って来る“彼”の姿が見えた。
「咲月ー、傘入れてくれー」
「颯太……どうしたの、その格好。」
傘も差さずに、びしょ濡れ状態の颯太が私の傘の中に入って来た。思わず距離が近くなったけど、何気ないふりをして颯太を傘に入れた。
幼馴染である颯太は、私の片想いの人だ。野球が得意で勉強が苦手で、子供っぽくて天然だが、誰よりも友達を大切にしている。私はそんな彼に惹かれたのだ。
「いやー、昨日俊介と傘で戦っていたら傘が壊れて……。で、かーちゃんにブチギレされて、今日は傘なしで登校しろと……」
「完全に自業自得……。」
えー、と言っている彼を横目でちらっと見る。不満そうに唇をとがらせて、少し拗ねているみたい。そんなところも、愛おしく思えるのはだめなのだろうか。
「咲月、顔赤いぞ。熱あるのか?」
いつの間にか私を覗き込んでいた颯太が心配そうに話しかけた。顔が近い。
「だ、大丈夫。全然しんどくないから……!」
ばっと顔を背ける。顔に熱が集中しているのが分かる。心臓がさっきから、颯太に聞こえるのではないかというくらい音を立ててる。
「そう?しんどくなったら保健室行くんだぞ。」
「だから、しんどくないってば。」
もう、駄目だ。颯太に合うたびに好きになる。何気ないふりなんてもうできない。
でも、彼は私のこと何にも想ってないんだろうな。
それでも、彼と一緒に居ることが出来るのがとても嬉しい。
嫌いな雨。でも、ちょっぴり好きになれそう。
隣にいる彼が私に微笑みかけてきた。