伸びた餅のちぎれた部分

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8/28/2024, 5:39:03 PM

 コンコンコン、と玄関の扉が鳴った。
私は思わず硬直する。

というのも、
今は深夜2時ぴったり、
ちょうどお手洗いから帰る途中、
玄関の前を通りかかった、
その瞬間にノックが鳴ったためだ。

あまりにも完璧なタイミング。恐怖を感じるなという方が無理な話だ。
私は恐る恐る、ドアスコープを覗く。
誰かいるようだが、暗すぎて視認できない。

開けるべきだろうか?開けないべきだろうか?
身の安全を考えるとどう考えても開けるべきではないのだが、だけれども、こんな深夜の訪問者だ。

さっきの完璧なタイミングのノックといい、
正直かなり奇妙に感じたが、不思議なことに、
私の心には恐いもの見たさ的な好奇心が芽生えていた。
『もし幽霊だったらどうしよう?』

そんな不安とも期待とも判断がつかない感情を抱えてしまった私は、
勇敢に勇気を出し、思い切って果敢に思いきり声をかけてみた!

「ど…………どちら様……ですか?」

蚊の鳴くような声しか出なかった。
それでもドアの向こうには届いたようで、こちらとは対照的にはつらつとした声で返事が返ってくる。

「佐々木だよ〜。久しぶり、元気してた?」

脳裏にはっきり姿が浮かぶ。
そこにいたのは佐々木だった。
幼稚園からの幼馴染で、大人になってからも仲がよかった、佐々木がいた。

「さっちゃん!?」

私はすぐにドアを開ける。
本当に佐々木がいる。夢かと疑ってしまった。

「久しぶり〜、1年ぶり?2年ぶり?まあとにかく久しぶりだね〜!」
「本当にね!私ずっとさっちゃんと話したかったんだよ!?」

今が深夜であることも忘れて談笑する。
小さい頃の話だとか、同窓会の話だとか、
そんな他愛のない昔話で盛り上がって。
「せっかくだから、少し上がっていい?」と佐々木が言ったため、二人並んでリビングのソファに座る。

お茶を出そうとしたけど、「話だけしたらすぐ帰るし」と佐々木が言ったので、そのまま話す。
リビングに来てから話はより一層盛り上がった。
でもやっぱり話題は昔話である。

そういえば、会えなくなってから佐々木が何をしているのか、私は知らないな。
人は合わない人に対して無関心になるものだな。
そう思い、私は佐々木の方に振り返る。

「ねぇ、さっちゃんは――――」


 そこに佐々木はいなかった。


と、同時に違和感の感覚を思い出してくる。

 “あれ、こんな深夜に訪問されて、なんで何も気にせず話してたの?”

 “佐々木と話してる途中、なんか私言いなりになってなかった?”

 “私と佐々木、なんで会えなくなったのかを思い出せない”


  “そもそも、佐々木は一年前死んだはずじゃ?”


私はその場に崩れ落ちた。
動揺で体の震えが止まらない。
喜びではなく、恐怖によって。

佐々木に会えたのが嬉しくないわけじゃない。
しかし、こういう出来事があった以上、記憶の信用は失われてしまうのだ。

本当に佐々木は私友達だったのか?
幼馴染と言うのも本当なのか?
そもそも佐々木は本当に実在したのか?

その夜はどう足掻いても眠れなかった。

私には卒業アルバムを開く勇気も、
知り合いに聞く思いきりも無かった。



テーマ:突然の君の訪問。

4/11/2024, 6:07:36 PM

 この世のものとは思えない美しさに、思わず息をのんだ。
桜なんて産まれてこの方一度もきれいだと思ったことがなかったのだが。
「どう?すごいでしょ、ここの桜」
ここを教えてくれた彼の言葉にも返せない。
それほどまでに、目を奪われた。

 この小旅行は彼が3日前突然提案してきたものだ。
「桜咲いてるからさ、一緒に見に行こうよ」
そう言われても、この高校近辺にはなぜか桜が一本もない。
「ちょっと遠いけどいいとこ知ってるよ、電車一本で行けるし」
本当は桜に興味はなかったのだが、旅行通な親友の頼みだし仕方がない。ちょうど遠出もしたかったし。
「じゃあ決まりで。今度の土曜日、駅で会おう」

 土曜日になり、待ち合わせの時間が来る。
かなり早い時間だったのであくびしながら駅に向かうと、すでに彼がいた。
普段は遅刻しがちな彼が自分より早く、ましてやこんな早朝に来ているなんて信じられなかったのだが、その様子を見るに楽しみで眠れなかった、という所だろうか?
「切符持った?そんじゃあ、電車待ってる間目的地確認しよっか。」
これから自分たちが向かうのは穴場中の穴場、どの観光ブックにも乗っていない場所のようだ。
彼がどうやってこういう隠しスポットを見つけてくるのかは長年の疑問である。
話を戻すが、そこにはこの世のものとは思えないほどの『深い』桜があるそうだ。
『深い』という言葉が何を意味するかはわからないが、とにかくすごそうだというのがわかる。
「何が深いのか、俺達で確かめに行こう」
そのまましばらく話しているうちに電車が到着する。
二人で妙に空いている二号車に乗り、二時間かけて二つ目の駅で降りた。
そこからしばらく歩くと、彼が目を隠してきた。
「ふふ、このまままっすぐ歩いて」
言われるがままに歩いていくと、「目閉じててね」と言って手が離れる。

「目を開けていいよ」

 ゆっくりと目を開くと、その瞬間時が止まったように思えた。
すこし開けたこの場所を囲むように咲く桜は、まさに圧巻の光景だった。
真っ白な花びらがそよ風に揺れている。
そのうちの一枚が自分の頭に乗る。
「どう?すごいでしょ、ここの桜」
風にのせてふわりと香る、甘い香り。
瞬きをすると、自然と目から涙があふれ出してしまった。
「もっと近付いてみてみよ?」
心臓が鳴り止まない。
まるで桜に恋をしたかのように。
近付いてみてみるとより壮観だ。
見ているだけで吸い込まれそうな妖気。
その姿だけで何年もの歴史が伝わってくる。
彼に言われた『深い』という言葉の意味が少しわかった気がした。

 帰りの電車の中、自分は少し疑心暗鬼になっていた。
あれは現実だったのだろうか?
あんなに素晴らしい木々は、もしかしたら夢だったんじゃないか?
「ねえ、また来ようね」
そんな疑念も彼が吹き飛ばしてくれた。
「うん」
自分は小さく頷いた。
心臓はまだ鳴り止まなかった。

3/23/2023, 7:16:32 AM

 桜が満開の春、春休みの終わり。
花びらが一枚窓から落ちる。
自室には一人、部屋の主がいた。
あたりには中途半端に黒く塗りつぶされたキャンバスの山。
パレットから色をとる。
イーゼルに乗っている描きかけの絵に、
黒い絵の具を上塗りした。
(あーあ、またやっちゃった。)
頭の中で何回も、おととい言われた言葉を反芻する。
『下手くそだね。』
ただその一言だけで、すっかり描けなくなってしまった。
何を描いても、失敗作に見えてしまって。
「はぁ……はは、やめりゃいいのにね、馬鹿みたい。」
私はため息混じりに自嘲した。

3/17/2023, 11:52:25 PM

 事あるごとに泣いていたあの子。
ちょっと不器用だったから、こけたり、つまづいたりがいつまあった。
彼女が泣くたびに私は慰めていた。
「大丈夫、大丈夫、泣かないで」と。
理由を聞いて、行動をほめて、改善案を示して……。
私だけが彼女を慰められた。
彼女を泣き止ませられるのは私だけだったから。
私だけが、彼女をわかってあげられるのだ。

 そんなある日のこと、彼女がまじめな顔で言ってきた。
「もう、泣かないよ。」
もう、泣かない。
その言葉を頭の中で何度も反芻する。
今、彼女はもう泣かないと言ったのか?
その言葉を聞いて最初に出てきたのが寂しさだった。
そんな自分に怒りを覚えた。

3/17/2023, 7:08:38 AM

 怖くない、怖くないと言い聞かせてもやっぱり幽霊は怖い。
友達、家族、誰もが私を笑った。
しかし怖いものは怖いのだ。
今も私の首筋には誰のものかわからない冷たい手が、
視界の端には常に人間のように見える黒いモヤが浮かんでいるのだから。

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