伸びた餅のちぎれた部分

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 この世のものとは思えない美しさに、思わず息をのんだ。
桜なんて産まれてこの方一度もきれいだと思ったことがなかったのだが。
「どう?すごいでしょ、ここの桜」
ここを教えてくれた彼の言葉にも返せない。
それほどまでに、目を奪われた。

 この小旅行は彼が3日前突然提案してきたものだ。
「桜咲いてるからさ、一緒に見に行こうよ」
そう言われても、この高校近辺にはなぜか桜が一本もない。
「ちょっと遠いけどいいとこ知ってるよ、電車一本で行けるし」
本当は桜に興味はなかったのだが、旅行通な親友の頼みだし仕方がない。ちょうど遠出もしたかったし。
「じゃあ決まりで。今度の土曜日、駅で会おう」

 土曜日になり、待ち合わせの時間が来る。
かなり早い時間だったのであくびしながら駅に向かうと、すでに彼がいた。
普段は遅刻しがちな彼が自分より早く、ましてやこんな早朝に来ているなんて信じられなかったのだが、その様子を見るに楽しみで眠れなかった、という所だろうか?
「切符持った?そんじゃあ、電車待ってる間目的地確認しよっか。」
これから自分たちが向かうのは穴場中の穴場、どの観光ブックにも乗っていない場所のようだ。
彼がどうやってこういう隠しスポットを見つけてくるのかは長年の疑問である。
話を戻すが、そこにはこの世のものとは思えないほどの『深い』桜があるそうだ。
『深い』という言葉が何を意味するかはわからないが、とにかくすごそうだというのがわかる。
「何が深いのか、俺達で確かめに行こう」
そのまましばらく話しているうちに電車が到着する。
二人で妙に空いている二号車に乗り、二時間かけて二つ目の駅で降りた。
そこからしばらく歩くと、彼が目を隠してきた。
「ふふ、このまままっすぐ歩いて」
言われるがままに歩いていくと、「目閉じててね」と言って手が離れる。

「目を開けていいよ」

 ゆっくりと目を開くと、その瞬間時が止まったように思えた。
すこし開けたこの場所を囲むように咲く桜は、まさに圧巻の光景だった。
真っ白な花びらがそよ風に揺れている。
そのうちの一枚が自分の頭に乗る。
「どう?すごいでしょ、ここの桜」
風にのせてふわりと香る、甘い香り。
瞬きをすると、自然と目から涙があふれ出してしまった。
「もっと近付いてみてみよ?」
心臓が鳴り止まない。
まるで桜に恋をしたかのように。
近付いてみてみるとより壮観だ。
見ているだけで吸い込まれそうな妖気。
その姿だけで何年もの歴史が伝わってくる。
彼に言われた『深い』という言葉の意味が少しわかった気がした。

 帰りの電車の中、自分は少し疑心暗鬼になっていた。
あれは現実だったのだろうか?
あんなに素晴らしい木々は、もしかしたら夢だったんじゃないか?
「ねえ、また来ようね」
そんな疑念も彼が吹き飛ばしてくれた。
「うん」
自分は小さく頷いた。
心臓はまだ鳴り止まなかった。

4/11/2024, 6:07:36 PM