田中 うろこ

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7/23/2025, 3:58:26 AM

『またいつか』


「ま~た~いつかっ♪ あ~い~ま~しょっ♪」
「ーーーーそれ、逆じゃない?」

「え?」
「いつかまた会いましょう、でしょその歌詞」
「………………おー、そういえば、そうかも」
「でしょ?」
「誰ですか?知り合い?」
「……あー、うん。赤の他人」
「赤の他人の鼻歌に指摘入れられるって、かなりの肝っ玉だよね」
「うん、けっこう評判いいよ」
「えと、これは普通に、人違いとかでなく?」
「気になったから声かけただけ……ってことにしたかったけど、人違い。知り合いに似てたんだ」
「そうなんだ」
「またいつかすれちがいますか、ほいじゃ!」


「……お店入っちゃった……あの子、知ってる気がするけど、思い出せないな」

「……はあ、記憶喪失って、お医者さんに聞いたのに。僕のこと覚えてるじゃん。だって、あの間違いは、僕が最初にしたんだもん。」

7/22/2025, 5:24:47 AM

きらきら、揺れる星々。その中でひときわ輝いた星を追い駆けていく。 僕もそうなりたくて、その光を振りまく笑顔が、心に焼き付いて離れない。追いかけても遠い。遠すぎる。
「クソが」
「何がクソだよバーカ!」
「は?バカっていうほうがバカなの!」
 せっかく、追いついたと思ったら。
「バカっていうほうがバカっていうほうがバカ」
こんな、バカのアホまぬけだったなんて。

「……オメー、顔はかっこいいんだから少しはかっこつけたりとかしないの?」
「俺普段めっちゃ頑張ってるの知ってる?」
知ってるも何も、それを見てお前の隣までこぎつけたんだから、当たり前じゃんか。それを間近で見たくて、それで。
「……アンタみたいなバカ相手じゃないと、こんなバカな俺、やれてないし」
「…………は?」
始めてみた、こんな、ほにゃほにゃの顔。こんな顔他の人に、見せてないのか。可愛いのに。いや、見られたら困るのか。思考が絡まって、言葉に詰まってきた。
「は?って、お前、本当に、バカだね」
「……バカでけっこー。」
俺はもう、未練無いわ。

7/18/2025, 3:09:18 AM

『揺れる木陰』

 騒がしい街の音が、心の微細な声を掻き消す。 雑踏に紛れながらに煩い煩いとぼやく僕もまた、そのノイズの内訳に入る事実が、じんわりと苦しい。長く伸びるビル影を持ってしても、吹きつける熱風にはなんの歯もたたずにいる。
 映画館に行こう。そう思い立ったのは、さっき同僚との話に出てきた、懐かしいアニメ映画の再上映があったから。熱くもなく、うるさくもなく、あの頃のノスタルジーに浸れるのなら、千円も二千円も、安いもんだ。
 『お味はどちらになさいますか?』
 塩味のポップコーン。フカフカの床、楽しげな声。そして、シアターに向かうにつれて増す静けさ。映画館の味がする。この不思議な匂い。他のどこでも得ることのできない感覚だ。そしてそれらを味わいながら、E‑32と書かれた席に座る。
 広告の時間が、昔嫌いだった。SNSなんかをだらだら周遊すれば得られる情報だらけだからだ。だけれど社会人になった今、そんな時間もなく、他の映画に触れる機会が得られるのは大きい。
 「……はじまる」
大きなスクリーンに映る、大きな大きな木。風に揺れる葉の音、ここまで風が吹いてくる気がした。ここは大きな木陰だ、大きな木を見ながら、薄暗い場所にいて、揺れる光を浴びているなら。ここは揺れる木陰の中。子供に戻るのだ。




7/17/2025, 2:43:59 AM

『真昼の夢』

カンカン照りの太陽が照りつける8月、僕らは暗いところに閉じ込められる。何千何万という人並みが、一斉に同じ場所で息をする。それは、夢のように輪郭がぼやけていて、ここを出るときには何も覚えていない。ここにいる間は、こんなにも鮮明なのに。
カカカカカカカカカンと、勢い良く光がついて行く。端から端まで勢い良く照らされ、僕らも光を手に携える。そろそろ始まるのだ。

「みんな!会いたかったよ!」

今だけは、僕ら同じ夢を見るのだ。マイクを握った推しは、何より輝く真昼の夢だから。

「大好きだよー!!!」

7/14/2025, 3:14:59 AM

『隠された真実』

 冷たく湿った風が、後ろから吹き、そして去る。もう直に雨が降る。木々がざわめく音が、壮年の耳を占めた。寒いはずなのに熱はこもって気持ちの悪い夕時に、彼の友人は傘を差していた。 
「……お前、なんでここにいんの」
「聞き出した。お前の親友に」
「どして……わざわざさ」
彼はもう、ここにいてはいけないはずなのに。
 建物を出ると、駐車場までしばらく歩く。水溜まりのない道を、彼はここまで傘をさしてきたのか。それもどうして、わざわざ、今日に。
「昔だったら、そこで噛んでたよ」
「うるさいな。何年前の話だよ」
「俺がいたときの話って言えばわかるかな」
「…………古」
 キザな言動も何一つ変わらない。ただ一つ変わったとすれば、服装が大人しくなった。それは残酷なほどの時の流れ。
「だから、なんでここにいんのって」
「5年前の今日。雨が降りそうだったから。」
「……お前が辞めた日?」

 5年前も湿った風が吹きさらし、今より少し幼い木々の若い葉たちがざわめいていた。その日彼の友人は仕事をやめて去っていった。その日は彼が行って暫くしたあと、道路が冠水するほどの大雨が降った。壮年の追いかける気も失せていた。
「君に傘を渡したかった」
「……オレのセリフじゃないの、それ」
真っ赤な傘が強風に揺れる。冷たい風は火照りを扇がず、湿気が肌にゆるく張り付く夕時に。
「俺、二条のことが好きになった」

あまどいに大きな水滴がひとつ、落ちる音。
それを皮切りに、堰を切ったように溢れる。

「そんなつもりなくて。でも、そっけないお前がめっちゃ笑うとこ、いっぱい食べるとこ、指が細くて器用なとこ、でもリボンは結べないとこ」
  愛しそうな目で見つめて、苦し気な声で伝えて、その言葉一つ一つが降り注いでくるかのようで。二条の友人は、感情をもう隠せなくなったらしく、とめどなく溢れてくるようだった。
「待ってよ」
 言葉、言葉、言葉。言葉が壮年に、二条に降り注ぐ。三十七にもなるとこんなにストレートに言葉を浴びることはない。顔がみるみるうちに赤くなった。
「雨に濡れるから傘持ってけって、言おうとしてくれてたんでしょ」
「なんでそれ、知ってんの、待ってって!」
「……だって赤なんて、二条好きじゃないから」

「好きになったんだよ、篠田のせいで。…………そうだよ、あの傘は、お前の為に置いといた。けどお前逃げちゃうし、雨降るしさ、もう終わり」
「じゃあ、今日だけ一緒に帰ろ」
「バーカ野郎、マジで俺お前きらいだわ」
「……傘、入ってよ」「ん」

篠突く雨、酷く地面に打ち付けられる。その跳ね返りはグレースーツの足首に優しく滲みを作った。

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