田中 うろこ

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『隠された真実』

 冷たく湿った風が、後ろから吹き、そして去る。もう直に雨が降る。木々がざわめく音が、壮年の耳を占めた。寒いはずなのに熱はこもって気持ちの悪い夕時に、彼の友人は傘を差していた。 
「……お前、なんでここにいんの」
「聞き出した。お前の親友に」
「どして……わざわざさ」
彼はもう、ここにいてはいけないはずなのに。
 建物を出ると、駐車場までしばらく歩く。水溜まりのない道を、彼はここまで傘をさしてきたのか。それもどうして、わざわざ、今日に。
「昔だったら、そこで噛んでたよ」
「うるさいな。何年前の話だよ」
「俺がいたときの話って言えばわかるかな」
「…………古」
 キザな言動も何一つ変わらない。ただ一つ変わったとすれば、服装が大人しくなった。それは残酷なほどの時の流れ。
「だから、なんでここにいんのって」
「5年前の今日。雨が降りそうだったから。」
「……お前が辞めた日?」

 5年前も湿った風が吹きさらし、今より少し幼い木々の若い葉たちがざわめいていた。その日彼の友人は仕事をやめて去っていった。その日は彼が行って暫くしたあと、道路が冠水するほどの大雨が降った。壮年の追いかける気も失せていた。
「君に傘を渡したかった」
「……オレのセリフじゃないの、それ」
真っ赤な傘が強風に揺れる。冷たい風は火照りを扇がず、湿気が肌にゆるく張り付く夕時に。
「俺、二条のことが好きになった」

あまどいに大きな水滴がひとつ、落ちる音。
それを皮切りに、堰を切ったように溢れる。

「そんなつもりなくて。でも、そっけないお前がめっちゃ笑うとこ、いっぱい食べるとこ、指が細くて器用なとこ、でもリボンは結べないとこ」
  愛しそうな目で見つめて、苦し気な声で伝えて、その言葉一つ一つが降り注いでくるかのようで。二条の友人は、感情をもう隠せなくなったらしく、とめどなく溢れてくるようだった。
「待ってよ」
 言葉、言葉、言葉。言葉が壮年に、二条に降り注ぐ。三十七にもなるとこんなにストレートに言葉を浴びることはない。顔がみるみるうちに赤くなった。
「雨に濡れるから傘持ってけって、言おうとしてくれてたんでしょ」
「なんでそれ、知ってんの、待ってって!」
「……だって赤なんて、二条好きじゃないから」

「好きになったんだよ、篠田のせいで。…………そうだよ、あの傘は、お前の為に置いといた。けどお前逃げちゃうし、雨降るしさ、もう終わり」
「じゃあ、今日だけ一緒に帰ろ」
「バーカ野郎、マジで俺お前きらいだわ」
「……傘、入ってよ」「ん」

篠突く雨、酷く地面に打ち付けられる。その跳ね返りはグレースーツの足首に優しく滲みを作った。

7/14/2025, 3:14:59 AM