なぜ泣くの?と聞かれたから
眩しくて
眩しくて
眩しくて
辛いよ〜
虹のはじまりを探して
「おい、にじのはじまりを探すぞ」
コタロー、小学二年生。雨上がりの田舎にて、虫取り網を片手に宣言した。
「今日の冒険は虹でやんすね!かしこまり!」
沢の流れる豊かな自然で育ったコタローは、常識というものを知らない。彼が持つただ一つの真実は、常識は自分で見つけるものだということ。
「コダマ、お前はにじってしってるか」
「しらね~でやんす!教えて教えて!」
数ヶ月前に山中を散策して、偶然友達になったコダマとかいう不思議なチビと、夏休みを毎日冒険して過ごしていた。
「にじってなあ、」
「はいな……!」
「すげーきれーで、でかい!」
鼻息を一つ。虫取り網を大仰に掲げる。肩にかけた虫かごが揺れる。中身は雑草でいっぱいだ。
「サイコー!でやんす、コタロー!」
「あいつはかくじつに、地にあしがある」
手に持った網で弧を描いて説明をするコタロー。その世界にはまだ間違いが存在していない。
「虹って、でっかいでやんすからね」
そうやって上を見上げるコダマは、雨上がりできらきら光る空を、神妙に見つめた。
「……コダマ?」
「おお、コタロー!おひさおひさでやんすね!」
ある日の雨上がり、帰省したコタローはまたあの河原に現れた。実に20年ぶりだ。
「コダマ、お前変わらないなあ」
「そうでやんすね、ソレガシ河童でやんすから」
どこからどう見ても普通の小さな子供。男か女かもまだわからない程度の可愛らしい子だ。雨上がりにしか現れず、日照りの日には山の洞窟にいるコダマ。
「いたんだ、河童って」
「いるっすよ、以外と近くに」
風が吹いて、コダマの髪が揺れると、ちらっと頭の皿が、虹のプリズムに反射した。
「虹のはじまり、見つかったっすか?」
「いいや、まだ、見つからないよ」
コタローは拳を握りしめ、まだ湿った河原に突き当てた。小さく丸まって涙を流す。懐かしさか、悲しさか。小さなときより小さくなった、自分の心への悔しさか。
「……だから、今から見つけにいくんだ」
「コタローも、全然かわらねーでやんす!」
虫取り網も虫かごもない、明らかに大きな麦わら帽子もない。それでも、大きな体一つで、山の向こうへ歩き出す。間違いなくこの目で確かめるのだ、虹のはじまりを探して。
『オアシス』
砂漠ほど、喉の乾く場所はない。水が飲めないのはもちろん、気を紛らわすために水のことを思えば思うほど、喉は加速度的に乾いていく。
舌の上にも砂が乗っているかのような、圧倒的な渇きが、青年の精神を蝕む。
少年は病気だった。
「おれ、もう、だめなのか」
世界有数の奇病。『雛鳥病』にかかってしまったのだ。その病気は、おぞましいとしか言いようのない症例をいくつも有している。
その一つ。病気に伏した後に起床した時、初めに思い出した人のことを『親鳥』とする。そして、その親鳥の体液が混じったもの以外を口に入れると、身体が勝手に拒絶する。
「お前。もういないじゃん。」
しかし青年は、朝起きて偲ぶ故人が『親鳥』になってしまった。それはつまり、何も食すことができないということ。
「……今から、そっち行くよ。」
目を瞑ると、そこには酷く青い空と、遠く広がる地平線。それから、オアシスで遊ぶ、青年の思い人が、水辺に佇んでいた。
『もしも過去へと行けるなら』
突風が、心ごと、身体ごと、持っていかれるくらいくらい強い突風が吹いた。
「……ユキ?」
後ろから、呼びかけられる声が。振り返ると、春の嵐が吹き抜けて、桜の吹雪が二人の間を彩った。ハッキリと映る景色の中に、数年前の、髪を染める前の君がいた。
「いろは」
「あれ、いろちゃんって呼ばないんだ」
「あ、ああ」
ここは、学校だ。俺と彩が通っていた学校。桜の並木が立派に構えていて、春になると吹き抜ける風が目の中に花びらを運んでくる。懐かしい。
「ユキ、疲れてない?」
「疲れたんだ、俺もう」
あどけない顔をした彩は、ひょこひょこやってきて俺の顔を覗き込む。夢みたいだ。というかきっと、これは俺が見たい夢なんだ。いろはとは、もう数年会っていない。俺はもう、サラリーマンになった。
「……そっかあ」
「お前と会えて、俺すげー嬉しかった」
「自分も、そう思うよ」
いろはにはもう会えなくなった。だから、
「ここが今になったらいいのに」
そうしたら、いろはは俺を見上げて、ピシャリと頬を叩いてきた。青い雷みたいに、鋭く。
「お前も前向け!」
そうだ。いろははいつも、前を向けと言ってた。
もしも過去へと行けるなら、俺はいろはに会いに行く。だけどいろははそれを許さない。
「……おはよう」
朝日が差し込む。夜から付けっぱなしのエアコンが、冷たい風を吹き付けていた。