信号
青は進め、黄色は注意、なら赤色は───?
本当の事を言うと、女は道具でしかなかった。華々しく飾って、置いておいて、勝手に金を持った男がやってくる。そうやって金が寄ってくる仕組みを作るための、絶好の人形。
姉を除けば、そうだ。俺の愛せる世界は、姉が死んだ瞬間に無くなってしまった。世界は一気に色を失って、白か、黒かだけ。復讐を誓って算段を立てた。あの日の血飛沫だけは色が付いていた。
それが本当に最後になってしまったらしい。そこからはもう、増えた傘下の後始末、後始末、後始末、後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末後始末……。もう飽き飽きして、どうでも良くなってきて、仲間とつるんでドンパチやってたとき、アンタが現れた。
派手なジャケットを羽織った、絶妙にダサい立ち姿で、姉のいた家にズケズケ入り込んで行った。そいつ自身の意思って感じはどうもしなくて、話してみると下請け。
きっと、俺が世界で一番憎んでいるやつが上にいると悟ってから、俺はそいつを囲いこむようになった。そいつにしかできない事がどうやらあるっていうから囲いこんだ。そんなはずだった。
『なあ、辞めろよこんな事』
口から魂が、抜けると思った。ああ、お前までそんなことを言うのかという呆れが半分。もう半分はこの期に及んでまで俺に干渉してくることがうざったい。裏を返せば、嬉しかった。
今まで散々やってきたことを自首した。
これからは、信号も読めるようになるかな。
『赤は止まれ』
ページをめくる手に
現実をあげるから
脳みそと心だけは
物語に寝かせて
薄まった現実に夢が溶け出して
いつしかアルコールみたいに揮発する
シンデレラの時間はとうに過ぎている
天使は迎えにこないの
ひらり ひらりと進むときに
いつの日か焦りが滲んでくる
物語は終わるから
現実の返還
ページをめくる手に
現実をあげるから
脳みそと心だけは
物語に寝かせて
布団に潜る頃には
きっと心は沈んでしまう
だからきっと今だけは
今だけは
もう一歩だけ、(長いです)
長い長い4年間の大学生活を終え、無事に教育学部を卒業。実習も、なかなか手こずりながら要領を得ることができていた。しかし、これから三年間、俺は同じクラスを見ることになった。陽山准22歳、森月高校1年C組の担任生活が始まる。
「ごめんね、入ってきたばっかりなのに」
校長先生は俺達を呼び出して、一言目でそう言った。ここに呼ばれたのは俺と一緒に赴任してきた芦野先生と、田中先生。ふいに隣を向くと二人も同様に狼狽えていた。割と都会のこの高校は、恐ろしいマンモス校。入ってきて一年目の俺達。
「実は一人、親の介護のために先生が一人辞めてしまってね。初っ端で申し訳ないんだけど、誰か担任を持てる人は居ないかな、なんて……」
校長先生の言葉尻は、どんどん弱くなっていく。最後の方はゴニョゴニョ言って何も聞こえなかった。しかしまあ、謝っていることはわかる。
「俺はすみません。できないです。」
田中先生は手を上げて、恐る恐る口を開いた。田中先生は俺と芦野先生より1年先輩だ。
「実は前の学校でも担任やってたんですけど、生徒に暴行を受けて。そのトラウマがあって……」
「そ、んな……」
「ああああごめんねえ!やらなくていいから!」
田中先生のカミングアウトを受け、絶句する芦野先生、叫ぶ校長先生。二人とも優しい。きっと二人ともいい師を持っていたんだろう。
「……それはお辛いです。」
「お二人のサポートはいくらでもしますから。ここ一年はすみません、教科担任で行かせてください。」
「うんうんうん良いよ、うん、社会教科は資料づくりも大変だから。無理しないでね。」
「先輩、大変なことがたくさんあったろうに俺達の事気にかけてくれて、本当にありがとうございます。」
そして、身体というのは言うことを聞かないものである。勝手に手が、真上に上がっていた。
「俺が持ちます。初めてで何もかもうまくいかへんけど。先輩と、芦野先生と、協力して、いい教育をしたいです。」
そうして、涙をぼろぼろ流して叫ぶ校長と、申し訳なさそうに目を細めた田中先生はありがとうと言ってくれた。それから、芦野先生が私もやります!と対抗し、冗談めかして言ってくれた。校長の采配で、芦野先生は副担任になった。
「今日からみんなの担任になります、陽山准です。ハルヤマジュン、ハルジュンて呼んでな!」
ここから1歩踏み出して、ある意味地獄の日々が待っていることなんて、このとき、誰にもわからなかった。ただ一人、その地獄の萌芽を除いて。
見知らぬ街を歩くのが好きだ。地元と全く違う飲食店のラインナップ、今度は地元と似た雰囲気の道。駅構内に漂う暖かい空気。駅には営みが見えるから、好きだ。たとえ寂しい駅でも、そこには過去たくさん人が乗ってきた足跡、すり減った床が見える。 俺は幽霊だし足とか関係ないけど。
地縛霊ってわけではないので、北海道から沖縄までふわふわ浮いてゆく。浮遊霊の飛行速度は比較的イメージ力による。俺は生前飛行機とかにも乗ったことがないし、だいたい自転車と同じくらいのスピードで旅を続けている。南は沖縄、北は北海道まで。記憶は薄いにしろ、色んなところに行けて嬉しかった。
大体五歳くらいだろうか。小さいときに見た、何もかもが大きい街のほどの感動は、まだ味わえていない。俺は生まれてから死ぬまでずっと、病床で暮らしていたから。
なぜ泣くの?と聞かれたから