分からない。分からない。分からない。
みんなの気持ちなんて、全然分からない。ひた長い歩道を突き進む。足がちぎれそうになる。怒りで握った拳が痛い。自分の機嫌を取るためのネイルに刺されて、血が滲むままに進む。
分からない。意味も意図も結果も何もかも。その全てをぶち壊しにしてしまいたくて、だけど拳を痛めたいとも思えなくて、全てを投げ出して来た。二駅分も衆目に晒されることが耐えられなくて、歩いて歩いて歩いてきた。
もうアパートは目の前である。
くしゃくしゃのシーツに散乱する服たちが、いかに杜撰な生き方かを証明してきて生意気だ。鍵を掛け忘れた。軽く扉をこじ開けて布団に倒れ込む。布団の柔らかさだけが私の味方だった。
今は、なんでこんな私なんかに優しくしてくるのだと、怒り心頭足まで怒りで満たされている。窓も開けっ放しだったらしく、白のレースカーテンが小癪に舞い踊っている。
「あああああああああああ!!!!」
気がつけば、血のにじむ爪で、痛む拳で、ちぎれそうな腕でそのカーテンを引きちぎっていた。ビルも窓もカーテンですら誰も遮れなかった夕日がこめかみを突き刺した。眩しくて、直視出来なかったから。びりりと言ったカーテンの断末魔は頭から離れず、助けてと心で泣いた私の声すらもかき消していくようだった。
地面に散乱する白い布切れは、私の最後の善性で、私に残った最後の、天使の羽。私が天使であったとは言わないが、天使であれる可能性が、今に完全に毟り切られたのだ。
『カーテン』
『小さな愛』⚠️自創作注意
少年は、いつもありがとうの一言が言えない。
『クソ、こんなに頑張っているのに』
この独り言ですら、仲間には伝わることがない。
なにせ、一人だけ言語の壁を隔てているから。
「あ!兄ちゃん! ユユの稽古つけてよ!」
「……?」
「あそっか、オルターが居ないんだ」
走り寄ってきた赤髪の少女に話しかけられても、元気であること以外が分からない。その事を思い出した少女は、剣を交えるように腕を交差させる動作をする。
「ea.mEs/a」
「えぶ……ご、だ…………いいってこと?」
「Vana」
頷きという肉体言語に改めて感謝する。普段オルターが居ればスムーズに会話が出来るのに、今に限って今日の獲物を狩りに行っている。ユユに全部任せれば良かったかもしれないが、三匹あっという間に捕まえて戻ってきてしまったからには仕方ない。
「今日はなんだか調子がいいんだ、負けないよ!」
そう言って、胸元にかけた2つのナイフを鞘から抜き取って構えた。
「ヨコット・セイリン、行きます!」
それに呼応するように少年は背に負った大剣を軽々引き抜く。よく研ぎ澄まされた、良い剣だ。
「cgoght doheidio.pby.」
ゴフトが名乗りを上げれば、瞬間に刃が打ち合う甲高い音が草原にこだました。
「お前らほんと懲りないよな」
オルターの帰還。これにより、堰を切ったようにゴフトの言葉が溢れ出す。
『今日もまあよく頑張っただろう』
「ほんとに?!」
このパーティーは圧倒的なまでにオルターの異能頼りで成り立っている。彼が居なければゴフトの言葉を共有することが出来ない。
「あっちまで聴こえてたぞ、カンカンキンキン」
「え! 兄ちゃん、あっちの森まで行ってたって」
『当たり前だろう。衝撃は音で逃がす。そうしなければ剣が割れてしまうからな』
「大きな音ほど剣が割れないってこと?」
『出せばいいという訳じゃないが、今お前が言ったことは正しい』
「へ〜」
隣国の王によるちょっとした戦闘教室は、これにておしまい。
ユユことヨコットは、身体のエンジンがかかってしまったのかもうひとっ走りして来るらしい。
『オルター、お前、本当に俺の言う事が分かっているのか?』
「うるせえな、俺じゃなくてユユに言ってくんないか? 異能は俺以外にしか使えないの!」
『分かってるだろう』
「わかってないって」
『わかってるじゃないか』
「俺がわかるのは俺とお前の名前、それと雰囲気。」
『? 俺はお前の言葉が分からない』
「じゃあ聞くなよ……」
『……オルター』
「あ? 俺の名前は分かるんだよなお前もな」
『……いつも、ありがとう』
「ゴフト、ん、まあ、そのなんだ」
『なんだ貴様』
「……何言ってるのかわかんねーわ」
『こちらこそありがとう? 当たり前だ』
「はいはい、バナバナ」
ゴフトにとって真偽は分からない。しかし、彼の中では感謝を伝えあったことになっているらしい。
『空はこんなにも』(自創作注意⚠️)
今日も今日とて、お日柄もよく。ギルドの仲間と仲良くやっている
『子供の頃の夢』(自創作です⚠️)
今日もオルター御一行は、元気に星空の下で野営をして夜を過ごす。星の光が降り注ぐ中に焚き火を燃やして肉を焼く、なんとも贅沢な日。
「俺の夢はずっとさ、」
剣士の兄妹はテントでいびきをかいている頃、落ち着きのある二人の語らいが始まる。
「通訳だったんだ。異能を貰ってからずっと」
「へえ。ずっと?」
「うん、絶対この力で成り上がってやる!って」
「野心家ですねえ」
オルターのレンズの奥の瞳は、焚き火を反射しながらたなびくデナーの灰色の髪を見つめている。
「お前は?」
「ぼく?」
オルターの読心する異能は、自身で使用出来ない。デナーが本心を出そうと殺そうと、二人きりのタイミングでは分かりえない。
「…………たくさんありましたね」
「世界一の忍者!とか?」
「それもありました」
「変身ヒーロー?」
「それもね」
だからこそ、オルターは嘘もホントも一緒くたに飲み込む。そこが、彼を愛す人が絶えない理由なのだろう。にしても所詮は男の子、語れば語るほどに、共通の夢が出てくる。ある時は国王、ある時は騎士団長を夢に見て、成長してくると共に定まってくるものだ。
「で、最後に見た夢を知りたい」
「踏み込みますよね、オルター」
「いいだろ、俺がリーダーなんだからさ」
「全く、敵わないな」
尊大そうな態度でふんぞり返る彼が、誰より仲間思いなことを、デナーは知っている。オルターはデナーの羨望と憧れを一身に受けているのだ。
「適わないのは俺だよ、片手で捻られちゃう」
一方そう言ってへにゃりと笑う彼は、そんな憧れの感情を抱かれていることを知らない。
そして、デナーの重たい心の扉は開く。
「……ぼくは、お母さんとずっと、忍者稼業をして……世界一のからくり大屋敷を作りたかった」
「え!良いじゃん」
重すぎも軽すぎもしないリアクションだった。
「お前の家の回転扉だいぶ使い込んでるもんな」
「帰る度回っておりますから」
「今度もっと改造しようぜ」
「いえ、シンプルイズベストですので」
オルターの異能は、自身を領域に含められない。それでも、心を開き合うことはできる。
星空では知らない星座がきらきら瞬いた。
赤い糸ってやつが、見えた。これは冗談や比喩なんかじゃない。クラスのマドンナ、ユリカちゃんの小指から、俺の大大大親友のシュージの小指にガッツリ結ばっている。信じられないが、本気で見える。なぜならそう、信じるに足る材料がある。俺の親指からシュージの親指には、金色の毛糸が繋がっていた。これは恐らく恋とか愛とか運命ではなく、友情の糸だ。だってこんなに太いんだから。毛糸だぜ、毛糸。
「お前、ユリカばっかり見てどうしたんだよ」
「……んや。お前と会えてよかったと思って」
「キンタお前……!」
小学校からの仲なだけあって、シュージも感動してわなわな震えてやがる。
「気色が、悪いな」
「そこは感動してるんじゃねーの?!」
ついかっと来て、シュージの方を向いて立ち上がると、周囲の目もこっちに向いてくる。そうだよ今は授業中だ。
「今日もお前の歯はでっかいなあ」
「マジでそこ見てるのお前だけだぜ」
でも俺の突飛な言動にツッコミを入れてくれるのも、シュージだけなんだな。
俺の自慢の糸切り歯、ユリカちゃんとシュージの間にある赤い糸なんて、直ぐに切れるってーのに。ガチガチと空に歯を鳴らす。
瞬間、風に吹かれた赤い糸は宙に舞う。
「あっ」
糸切れちゃった……。で、でもこれは偶然、偶然だからオレ悪くないよ、悪くない悪くないうん。だってシュージとユリカちゃんにはこれ見えてないもんな。
「どしたのキンタ」
「な、なんでもないぜ」
翌日。俺の小指から赤い糸が生えた。行き先はユリカちゃん。さすがはクラスのマドンナである。