田中 うろこ

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『もしも過去へと行けるなら』

突風が、心ごと、身体ごと、持っていかれるくらいくらい強い突風が吹いた。
「……ユキ?」
後ろから、呼びかけられる声が。振り返ると、春の嵐が吹き抜けて、桜の吹雪が二人の間を彩った。ハッキリと映る景色の中に、数年前の、髪を染める前の君がいた。
「いろは」
「あれ、いろちゃんって呼ばないんだ」
「あ、ああ」
ここは、学校だ。俺と彩が通っていた学校。桜の並木が立派に構えていて、春になると吹き抜ける風が目の中に花びらを運んでくる。懐かしい。
「ユキ、疲れてない?」
「疲れたんだ、俺もう」
あどけない顔をした彩は、ひょこひょこやってきて俺の顔を覗き込む。夢みたいだ。というかきっと、これは俺が見たい夢なんだ。いろはとは、もう数年会っていない。俺はもう、サラリーマンになった。
「……そっかあ」
「お前と会えて、俺すげー嬉しかった」
「自分も、そう思うよ」
いろはにはもう会えなくなった。だから、
「ここが今になったらいいのに」
そうしたら、いろはは俺を見上げて、ピシャリと頬を叩いてきた。青い雷みたいに、鋭く。
「お前も前向け!」

そうだ。いろははいつも、前を向けと言ってた。
もしも過去へと行けるなら、俺はいろはに会いに行く。だけどいろははそれを許さない。

「……おはよう」
朝日が差し込む。夜から付けっぱなしのエアコンが、冷たい風を吹き付けていた。

7/25/2025, 12:57:38 AM