白米おこめ

Open App
5/31/2025, 12:28:49 PM

一騎打ちだ、と思った。
一つ前のターンで、自分の手札を指定して見た彼女との。
自分の手元にある“犯人”のカードを、
彼女は表情を崩さずに見ていた。

今の俺に尽くす手はない。残り一枚となった手札では、ただ自分のターンが来るまで手をこまねいて待つしかなかった。ひとり、またひとりとカードを場に出していく。一人が探偵を出して、迷った末に俺ではない人を指差して犯人だと宣言する。違うと言われて盛り上がる人々の中、犯人を探すリアクションを適当にしながら彼女を盗み見る。
その時ばちりと彼女と目が合って、俺だけに見えるような目元だけの笑みを返された、気がした。

その間もターンは過ぎる。“アリバイ”のカード。運悪く誰もカードを交換する手札を出さない。また一人カードを出す。一人と指定してカードを交換する。俺は選ばれない。

心臓が鳴る。彼女の手番が近づく。
彼女は、決まっていたかのように
持ち札の左側のカードを場に出した。

「犯人が勝つに1票」

テーブルに置かれる、“たくらみ”のカード。
取り繕うのも忘れて彼女の目を見れば、
楽しそうな彼女と今度は確実に目が合う。

それから数ターン。
最後の探偵も回避した俺に、自分のターンが回る。

「__俺の勝ち」

緊張なんて無かったかのように、一応カッコつけて犯人のカードを場に出す。予想通り周りの人間がどよめいて、褒め言葉だのブーイングだのが飛び交いまくる。ハイハイと適当にいなして、彼女の顔を見る。しれっと一緒に勝利している彼女も、気づいた人間からワイワイと何かを言われている。

俺の視線に気づいた彼女が、ニヤっと口角をあげて
もう一つの、“出さなかった手札”をぺらりと返す。

そこにあったのは“いぬ”だった。
手札を全員へ見せる、公開処刑のようなカード。
つまり、彼女は勝てたのだ。
俺を犯人だと当てて、皆が勝つルートがあったはず。

俺が勝つ側にノったのではない。選んだのだ。
皆じゃなくて、俺と一緒に勝つルートを。

素知らぬ顔をしてカードをシャッフルする彼女を見つめる。
ゲームの勝ち負けなんて目じゃなかった。俺が犯人だったのに、俺の中じゃ彼女の勝ちでしかない。無謀に挑戦した一騎打ちで、まんまと踊らされたのだ。犯人は踊る。お手本のようなタイトル回収をする彼女の手によって、再び手札は配られる。次に踊るのは、彼女か、俺か。


『勝ち負けなんて』 白米おこめ

「犯人は踊る」というカードゲームを題材にしています。
分かりやすくて楽しいゲームです。

5/29/2025, 2:06:56 PM

ひらりひらりと飛ぶ姿が、どうにも眩しかった。
仲が良さそうに友人と話しては、
少しだけ伏せた睫毛の下の瞳に光が灯る。
ビールを飲む手が不自然に止まりそうになるのを、
無理矢理動かして冷えた炭酸で喉と脳を焼いた。
カードを捲る手が、山札をシャッフルするその指が、
どうにも誘うように滑らかに動いて見えて。
あちらこちらと、分け隔てなく微笑みかけるその顔が、
どうにも愛おしくて白旗をあげる。

彼女は渡り鳥だ。
春と秋だけ僕を通り過ぎる、旅鳥。
自分の選んだ場所で夏を過ごし、
自分の選んだ場所で冬を過ごす。
長期休みのその時に、僕の元ヘは降り立たない。
巣も作らず、僕は空を舞うその姿を下から眺めているだけ。

ふわりと抜け落ちた羽根が気まぐれに頬を撫でて、
これで満足しなさいと言わんばかりに手の中へ落ちる。
悔しくて握り潰しそうになるのをぐっと堪えて、
恋しさのままにその羽根で道具を作るのだ。
側にいるような錯覚を求めて、加工して、原型を無くして。
ハッと気づけば、笑うように彼女は
僕よりもずっと高く遠い場所を飛んでいるのだ。

渡り鳥よ、どうか僕に撃ち落とさせてくれ。
冷えた缶で濡れた指先で、君の羽根を撫でてしまいたい。
保護をして、餌を与えて、うんと可愛がれば、
君はもう飛ぶ必要がない。
ニワトリやエミューのように、飛べなくなれば。
僕の元からずっと離れず、君は留鳥と成り変わる。
君であればいい。渡り鳥のような君を好きになっても、
渡り鳥が好きな訳ではないのだから。

そう思いながら、焼いた肉を彼女の元へと持っていく。
不思議そうに、それでも嬉しそうにぱくりと食べるその顔に
求愛給餌という単語はないのだろう。
いつか刻印のついた輪で君を縛ることを夢見て、
今だけは、自由に飛ぶ姿をじっと見つめさせて。



「渡り鳥」 白米おこめ

5/28/2025, 4:37:30 PM

さらさらと言う単語は、色々なものに使える。
川の流れ、生地の触り心地、話すスピード。

それでも私は、君を表すような擬音語だと思うのだ。
君の少し長い髪の、艶やかな黒髪に似合う言葉。
流れは耐えず、絹のような触り心地で、透き通ったような。

直接言うのは憚られるから、そっと、文章でだけ伝える。

君のその、さらさらとした黒髪が、
目に焼き付いて離れない。

思わず目で追ってしまうほど、その毛先一つに、
心が惑わされる__

書き切って、頰の熱を冷ます。
少しひんやりとしているだろう君の手が、
額に当てられたらいいのに。

「さらさら」 白米おこめ

5/11/2025, 1:58:33 AM

ダンゴムシがアスファルトを進む姿を見つけて、ぼうっと、私は今までに幾つの命を散らしたのだろうと考えた。
彼の背中の光沢が、車のタイヤの影に入って鈍くなる。

再び太陽の下へ出れば、甲殻にきらきらと光が反射して、
生命の輝きを背負って歩くような、そんな風に見えた。

文字を打っている間に、彼は私の靴の影に入る。
安心しきって、とは違う。知らないのだ。気付けないのだ。

足を動かさないように気をつけながら、
彼が隠れているであろう靴先を見つめて、そっと考える。

誰かの生命が、誰かの行動によって散らされる限り、
この世は信頼で出来ている。

対向車への信頼。後続車への信頼。
運転手への、車の整備士への、製造者への信頼。

誰かの信頼によって私達は生き延びる。
でも、彼等は?

私達は必ず、生命に優先順位を付けてしまう。
運転する時は、地を這う小さな命は『見えないもの』で、
無情に、非情に、私達は彼等を切り捨てる。

ダンゴムシは安寧を求めて、光を影を、
ぐるり廻るように歩き続けている。
影を追って、私から離れていく彼を見て、
「私から離れる事」が彼にとって「危機から離れる事」で
あって、それが正しい生き方なのだと思った。

そのまま進んで、誰もいない場所へと
行ってしまったらいい。
車も自転車も人も来ない、静かな森の中へ。

『静かなる森へ』


そんな森も無くなっていきますね。
目の前のダンゴムシは、車の来ないところまで運びました。
人って、こういうものですよね。
それを愛せるか否かを考えていくのが哲学なんでしょうか。

4/25/2025, 9:33:51 PM

その昔、蛍は恋をした。

清らかで甘やかな、その川の流れに恋をした。


せせらぎの誘い声が聞こえる。
誰にも見つからないように、燈は灯さずに、
真っ暗な空を飛んでいる。
誘われるがままに、蛍はその川の流れへ口付けて、
ぽちゃんと水飛沫を一つ残して、沈んでいった。


「こっちに恋」「愛に来て」 白米おこめ

Next