一輪のコスモス。
やさしいひと。
あなたみたいだと思ったことはなくても、
あなたを象徴する花であると思う。
花瓶にいれるのは似合わなくて、
そっと、ひろい平原のどこかに、
真ん中ではなくて、端っこすぎるところではない、
陽の光のよくあたる風通しの良い場所へ、
そっと咲いていて欲しい。
写真にとるのも烏滸がましく、
そっとただ見つめて、スケッチをするくらいの距離感で。
風に揺れるその姿を見ているだけで、
私は小さく、息ができる。
「一輪のコスモス」
ぱちぱちと、火花が散っている。
爆ぜる木の葉の、その燃えた香りが懐かしくて。
あなたの持つ線香花火の行く先を見るふりをして、
指先を辿り、その奥のあなたの顔をそっと眺めている。
夜に溶けこむように花火の茜色が頰に反射して、
まるで恋しているようにあたたかく染めあげる。
あなたの隣に誰もいなければよかったのに。
そうしたら、わたしが隣にいたって、
あなたはわたしをただ優しいだけだと思ってくれたのに。
私の火種は、ただ火種のまま燻って、はたと落ちた。
あなたは、ぱちぱちと華を咲かせてゆく。
知らない誰かに笑いかけるように、
悲しいほど美しく、鮮やかに火の粉が舞う。
いっそのこと、あなたの花火で火傷させて欲しかった。
近づきすぎた自分に、戒めが欲しかった。
あなたの線香花火の火種が、ぽとりと落ちた。
もう終わったのに、その火種は
枯れ落ちた葉を柔らかく燻らせていく。
じわりと燃え広がって、ゆっくりと、冷めないままで。
溶けた蝋は戻らず、使い終わった花火は棄てるだけ。
はじけるような恋は、あなたの手の中にだけ。
燃やし尽くせなかった灰のような想いが、
私の中にただ、残っている。
「燃える葉」 白米おこめ
私はいつか、ウユニ塩湖に誰かと2人きりで行きたい。
あの壮大で、人がちっぽけに感じられるような所に、
「世界にこの人さえ居れば良い」と思えるような人と
一緒に行きたい。
感嘆の息を漏らすだけで、何も言えない私の隣を、
同じように何も言えないまま立ちすくむようなひと。
そっと、指先を握っても許してくれるひと。
私が一緒にいきたいの、あなただったかも。
そっと微笑んで、言えてしまったらどんなに楽か。
2人きりじゃなくたって、いつか行けたのならば。
一瞬だけでも話せるその空間だけを切り取って、
私ずっとあなたを好きでいられる気がする。
素足のままで浸っていたいだけ。
あなたへの愛に。
「素足のままで」 白米おこめ
もう一歩だけなら、踏み越えてもいいかな。
線は見えてるの。ちくちくした有刺鉄線の線が。
“越えてはいけないよ”と、誰かの声がするの。
ずっと憧れている、大好きな誰かの声がするの。
でも、あとちょっとだけ進んでもいいかな。
もう一歩だけなら。
私、分かってるつもりなの。
白線から外に出てしまったら、
アスファルトには人喰いザメが泳いでいるの。
線は目の前にあるの。
触ったら焼けるような熱いレーザーの線が。
信号機はずっとひまわりのように光っている。
止まるべきで、でも、止まらなくたって咎められない色。
だから迷ってしまう。基礎的な性善説に
当てはまってしまう前に、動いてしまいたい。
ちかちかと点滅する黄色を進んだところで、その先に
何もないことも、それが危ないこともしってるけど。
私が後悔するのも、彼を傷つけるのも分かっているけど。
だから私、ここで止まっているの。
変わらない信号機の点滅を体育座りでずっと数えているの。
だから、暇だから考えてしまうだけなんだって。
熱いレーザーを帽子で避けて、
海へ落ちないように白線の上を進んで、
ずっと大好きなあの人に会って、
有刺鉄線さえ抜けられるのならばどんなに良いかって。
赤になりきれず青にもなれない、優柔不断な向日葵の黄色。
“貴方だけを見つめる”なんて、そんなの馬鹿みたいだよね。
でも、ここはやっぱり暗いから。
もう一歩だけなら、許される気がするの。
貴方に近づきたい、私を許して。
「もう一歩だけ、」 白米おこめ
見知らぬ街に行ったって構わない。
私が知っている人がいなくたって、
私を知っている人もいなくなって、
誰も彼も分からなくたって構わない。
その時にただ一つ未練があるとすれば、
貴方の家の郵便番号を知らないことだけ。
私が引っ越した先で、貴方に手紙を送れないことだけ。
私は見知らぬ街に行ったって構わない。
貴方が、私を忘れない限り。
それ以外は、全部変わったって生きていけるから。
「見知らぬ街」 白米おこめ