ひらりひらりと飛ぶ姿が、どうにも眩しかった。
仲が良さそうに友人と話しては、
少しだけ伏せた睫毛の下の瞳に光が灯る。
ビールを飲む手が不自然に止まりそうになるのを、
無理矢理動かして冷えた炭酸で喉と脳を焼いた。
カードを捲る手が、山札をシャッフルするその指が、
どうにも誘うように滑らかに動いて見えて。
あちらこちらと、分け隔てなく微笑みかけるその顔が、
どうにも愛おしくて白旗をあげる。
彼女は渡り鳥だ。
春と秋だけ僕を通り過ぎる、旅鳥。
自分の選んだ場所で夏を過ごし、
自分の選んだ場所で冬を過ごす。
長期休みのその時に、僕の元ヘは降り立たない。
巣も作らず、僕は空を舞うその姿を下から眺めているだけ。
ふわりと抜け落ちた羽根が気まぐれに頬を撫でて、
これで満足しなさいと言わんばかりに手の中へ落ちる。
悔しくて握り潰しそうになるのをぐっと堪えて、
恋しさのままにその羽根で道具を作るのだ。
側にいるような錯覚を求めて、加工して、原型を無くして。
ハッと気づけば、笑うように彼女は
僕よりもずっと高く遠い場所を飛んでいるのだ。
渡り鳥よ、どうか僕に撃ち落とさせてくれ。
冷えた缶で濡れた指先で、君の羽根を撫でてしまいたい。
保護をして、餌を与えて、うんと可愛がれば、
君はもう飛ぶ必要がない。
ニワトリやエミューのように、飛べなくなれば。
僕の元からずっと離れず、君は留鳥と成り変わる。
君であればいい。渡り鳥のような君を好きになっても、
渡り鳥が好きな訳ではないのだから。
そう思いながら、焼いた肉を彼女の元へと持っていく。
不思議そうに、それでも嬉しそうにぱくりと食べるその顔に
求愛給餌という単語はないのだろう。
いつか刻印のついた輪で君を縛ることを夢見て、
今だけは、自由に飛ぶ姿をじっと見つめさせて。
「渡り鳥」 白米おこめ
さらさらと言う単語は、色々なものに使える。
川の流れ、生地の触り心地、話すスピード。
それでも私は、君を表すような擬音語だと思うのだ。
君の少し長い髪の、艶やかな黒髪に似合う言葉。
流れは耐えず、絹のような触り心地で、透き通ったような。
直接言うのは憚られるから、そっと、文章でだけ伝える。
君のその、さらさらとした黒髪が、
目に焼き付いて離れない。
思わず目で追ってしまうほど、その毛先一つに、
心が惑わされる__
書き切って、頰の熱を冷ます。
少しひんやりとしているだろう君の手が、
額に当てられたらいいのに。
「さらさら」 白米おこめ
ダンゴムシがアスファルトを進む姿を見つけて、ぼうっと、私は今までに幾つの命を散らしたのだろうと考えた。
彼の背中の光沢が、車のタイヤの影に入って鈍くなる。
再び太陽の下へ出れば、甲殻にきらきらと光が反射して、
生命の輝きを背負って歩くような、そんな風に見えた。
文字を打っている間に、彼は私の靴の影に入る。
安心しきって、とは違う。知らないのだ。気付けないのだ。
足を動かさないように気をつけながら、
彼が隠れているであろう靴先を見つめて、そっと考える。
誰かの生命が、誰かの行動によって散らされる限り、
この世は信頼で出来ている。
対向車への信頼。後続車への信頼。
運転手への、車の整備士への、製造者への信頼。
誰かの信頼によって私達は生き延びる。
でも、彼等は?
私達は必ず、生命に優先順位を付けてしまう。
運転する時は、地を這う小さな命は『見えないもの』で、
無情に、非情に、私達は彼等を切り捨てる。
ダンゴムシは安寧を求めて、光を影を、
ぐるり廻るように歩き続けている。
影を追って、私から離れていく彼を見て、
「私から離れる事」が彼にとって「危機から離れる事」で
あって、それが正しい生き方なのだと思った。
そのまま進んで、誰もいない場所へと
行ってしまったらいい。
車も自転車も人も来ない、静かな森の中へ。
『静かなる森へ』
そんな森も無くなっていきますね。
目の前のダンゴムシは、車の来ないところまで運びました。
人って、こういうものですよね。
それを愛せるか否かを考えていくのが哲学なんでしょうか。
その昔、蛍は恋をした。
清らかで甘やかな、その川の流れに恋をした。
せせらぎの誘い声が聞こえる。
誰にも見つからないように、燈は灯さずに、
真っ暗な空を飛んでいる。
誘われるがままに、蛍はその川の流れへ口付けて、
ぽちゃんと水飛沫を一つ残して、沈んでいった。
「こっちに恋」「愛に来て」 白米おこめ
「どこかできっと逢えるから」と、
寂しそうに、それでもこちらの目を見据えて、
今から死んでしまうだろう先輩は泣きながら笑っていた。
それがどうしても心の中を巣食って、離れなくて、
苦しくて嫌になって、俺は怪具に手を出した。
マッチをひとつ擦る。
「どこかできっと逢えるから」と、先輩が
泣きながら笑っている。こちらを見つめる目は
ぼやけていて、あぁ俺も泣いているんだと思った。
思い出すと泣きそうになって、俺は怪具に手を出した。
マッチをひとつ擦る。
「きっと逢えるから」と、誰かが笑っている。
姿も何もかもぼんやりしているけれど、
なぜだか大切な人だということは覚えていた。
あと少しが思い出せないような状況が辛くて、俺は。
マッチを擦る。
誰かと会う約束をしていたのを覚えている。
でも、誰なのかが思い出せない。何をするのかさえ。
だったら、いっそのこと。きっと、忘れてしまった方が。
マッチを擦る。
誰かが笑っている。
ただそれだけの記憶。
そんなもの、いるか?
だから、マッチを…
からん、と空っぽになったマッチ箱を振った。
自分の周りには踏みにじって消されたマッチが数本
落ちている。記憶にはないが、使い切るまで何度も
何度も消したのだろう。
性質上、強い思い出ほど記憶は抜けにくくなる。
こんなに使うなんて、よっぽど忘れたかったんだなと、
俺はぼんやりとした誰かの笑顔を頭に浮かべる。
マッチを見つめていると、脳内でぱち、と何かが弾けた。
頭の中で、ぼんやりとした誰かの口が動く。そういえば、
先程の記憶の中でも、何か喋ってるような気がした。
その唇を脳内で追えば、言っている言葉はすぐに分かった。
これだ、と思った。これが忘れたかった理由なのだと。
「またね!」 白米おこめ