手が透ける。私の願いと同じように。
君が透けていく。僕の願いとは裏腹に。
僕らはすれ違う。それこそ、透明だから。
助け合おうとして、透けあって、重なって、離れる。
「透明」 白米おこめ
[こちらA-0027、応答せよ、こちらA-0027_]
意味のない問いかけだ。
「通信」と書かれた小さなボタンを押しながら、
ざらついた皿のようなマイクに向かって声を出す。
初めの方こそ背筋を伸ばし、それはそれは堅っ苦しい
雰囲気を醸し出しながら話していたが。
今となっては、朝ご飯のスペースフード片手に
済ます程度の事になっている。どうでもいいのだ。
これは、別に母星に向けたものではなく、
だだっ広い宇宙に向けての通信なのだから。
どうせ、自分の声なんて誰にも聞かれずにブラックホールの中へ、何でもない周波数として吸い込まれていくのだ。ゴミ箱へ語りかけているのと同じだ、といつしか悟ったのを覚えている。あれは航海して何日目だったか。
ゼリー状のスペースフードを飲み込む。今日はハンバーガー味だ。いかにも栄養補助食品ですという真面目そうな顔をしたパックから飛び出すジャンクな味は悪くなかった。悪くないだけで、本当のハンバーガーが食べたいところだけれど。
[あー、あー、ハンバーガーが食べたいです]
どうせ塵になる物なので、適当なストレス発散として通信ボタンを押しながら愚痴る。もしかしたら、どこかの星に届いて、隕石代わりにハンバーガーが降ってくるかも…なんて馬鹿みたいなことを考えて、空っぽになったパックを宙に放り投げた。
「…ん」
ぼおっとその軌道を目で追っていると、カツンと当たった通信ボタンの隣が青色に点滅していることに気づいた。
「こんなとこ光ってたっけ」
緊急脱出装置、ではないだろう。そういう危ないものは一枚カバーが付いているのがお決まりだ。自分みたいにテキトーな人間が操作室で寝こけて、うっかりボタンを押して射出!なんてシャレにならないだろうから。ということは、特に自分の身に危険が及ばない類のボタンだろう。
「どれどれ」
少し床を蹴って、天井付近の棚を開けて取り扱い説明書を引っ張り出そうと思ったが。扉の奥に見える取り扱い説明書は、自分がいつか見た時の記憶の2倍は分厚かった。この中からあのちっこいボタンの説明書きを探すのかと思ったら、途端に面倒くさくなって、えいっと天井を蹴ってまた床に舞い戻った。さながらプールのターンのようだ。航海してすぐの頃に、クロールだとか背泳ぎだとかは一通りもうやったからもうやらないけれど。
「うーん…いいや、押しちゃえ」
ポチッと。ボタンを押すと、大きすぎる操作室のスクリーンにウィンドウが大量に並んだ。なんだこれ。三角マークが見える辺り、全て動画らしい。どれもこれも0:02だとか短いものばっかりで、サムネイルは真っ暗だ。
一番古いのは、僕が宇宙に出て一日目の日付だった。
ちょっとの好奇心で、再生ボタンにカーソルを合わせる。
[あー…んんっ、…えー、こちらA-0027…]
ザザ、とノイズ混じりで聞こえてきたのは、思いっきり緊張している自分の声。時折カサ、という音が響いて、カンペを読み上げている事が丸わかりな音声だった。どこのカメラか、自分の姿もバッチリ映っている。背筋を伸ばして、堅っ苦しい雰囲気を醸し出しながら、カチコチと話している。
「…これって全部…」
適当な日付の動画を再生してみる。A-0027。僕の宇宙船の名前。僕の旅の名前。最新の日付は、もちろん今日だった。なんだか泣きそうになりながら、再生ボタンを押す。
[あー、あー、ハンバーガーが食べたいです]
ぶは、っと吹き出す。少し遅れて、涙が滲み出た。下になんて落ちてはくれない涙が、隠せもせずに宙に浮かぶ。
僕一人の船。誰も会えない船。
塵になったはずの周波数は、A-0027の、
僕の記録の中にずっと残っていた。
宙に浮いたままの空っぽのスペースフードの数ですら、
ここで過ごした僕の記録になっていたんだ。
「記録」 白米おこめ
ああ、溢れてしまう。零してしまう。
私のような星屑には多すぎたのです。
持ちきれなかったのです。地上の人々の願いは。
私の小さな身体では、到底支えきれませんでした。
ああそれでも、手いっぱい持ちましょう。
知らない誰かの願いを叶えるために、
拾える限りの全てを持って。
ああ、熱い、熱い、耐えきれない、耐えきれない。
私にはやはり無理だったのです。
知らない誰かよ、ごめんなさい。
私には無理だったのです。
ああ、溶ける、とける__
「星に願って」 白米おこめ
行きつけの、小さな花屋がある。
帰り道からはちょっと外れた、隠れた場所に。
いつも同じ人が甲斐甲斐しく水やりをしているので、
きっと一人で切り盛りしているんだろうな、と思う。
俺は、無理に話しかけてくる訳でもなく、ゆっくりと
考える時間をくれるこの人の雰囲気が好ましかった。
趣味の生け花のために、
季節の花をいくつか買って帰るのが月末のルーティーンで。
もう一つこの花屋の良いところを挙げるとするならば、
花束を一つ買うと、おまけとしてそれとは別に
新しい花を彼女が一輪選んで、包んでくれることだろう。
最初に買った時は、ネリネ。
ある日は、「似合うと思いまして、」なんて月下美人を。
誕生月には、調べたであろう誕生花を渡してくれて。
今日の俺の手元には、「新入りです」なんて言われた
ミモザが揺れている。
家に帰った後も、ルーティーンは続いている。
貰った一輪を丁寧に取り出して、麻紐で縛って吊るす。
彼女が選んだ花が枯れてしまうのがどうにも惜しくて、
なんとか調べて辿り着いた、ドライフラワーのやり方。
初めて会った時の花からずっと貯めていて、
きゅっとリボンで縛れば、彼女が創る花束のようで。
ミモザが枯れない花になったら、
いつか、ドライフラワーの花束を、彼女に。
「永遠の花束」 白米おこめ
教えてって、言えたらいいのに。
食べ物とか飲み物とか動物とか…君の好きなもの、何でも。
色々知っているような、知らないような気がするから。
俺の知ってる君は、いつだって予測の範疇で。
少し離れたところで、時々隣で、
ちょっと見えただけの好みのかけら。
自販機で買ってるのは、あまい炭酸が多くて。
コンビニだと、ツナマヨのおにぎりをよく選ぶ。
猫が好きだけど猫アレルギーなんだと、しょんぼりして。
やっぱり、知っているようで知らないと思う。
だから俺に教えて。
『まだ知らない君』 白米おこめ