カサって音。
持ってるだけで崩してしまいそうな音。
君の綺麗な箸遣いが見たい。
焼けた私の匂いを、
変な香りだと思いながら
その手でそっと掴んで
崩してしまえ。
「そっと」 白米おこめ
星のかけらを食べてみたい。
眠れない夜に、紅茶を飲みながらこっそりと食べたい。
口の中がちくっとして、痛くて。
それでも根気よく舌の上でころころと転がして、
ほんのりと溶け出す星の蜜を味わいたい。
息をするために少し口を開けば、
唇の隙間から淡い光が漏れて、慌てて手で押さえるような。
いつか、星のかけらを取りに出かけられるなら、
小さなビンにその光を閉じ込めて、綺麗なまま保存したい。
空気を抜いて真空にして、真っ暗なところに置いて。
マイナス270℃の世界で輝くその光が消え去る前に、
37度の熱でじんわりと溶かしたい。
「星のかけら」 白米おこめ
公衆電話の受話器が、するりと手から抜け落ちた。
くるくると巻かれたコードが伸びて、
壁にカツンとぶつかっては上へ横へと飛び跳ねる。
その動く緑を見つめながら、俺は後退りをする。
受話器を拾えない。拾いたくない。もし、拾ったら。
背中が固く冷たい壁に当たる。
狭い狭い、公衆電話のボックス。
手で押せば外へ出られるのに、俺はひっくり返った受話器のその粒々とした穴から目が離せず、ただただ壁に背中を押し付ける。
自分が押す前に、ボタンがひとりでに凹んだ。
かち、かち、と確かめるように押されていった。
先に入れておいた10円が落ちる音がして、無機質なオレンジの画面に⑩が表示される。ああ、ああ、何処につながったというのだ?
誰かが呼んでいる。呼び鈴がなっている。
電話の向こうから。遠くで鳴る掠れた音質。
いや、違う。もっと近くから、まるでそう、
自分の携帯から鳴っている、ような。
はは、と笑ってスマホを耳に当てれば、そう、
自分とそっくりの声が、俺に誰だと聞いてきたんだ。
「Ring Ring…」 白米おこめ
びゅおう、と脇の下を潜り抜けるようにして、
不躾な風が通り過ぎていく。
私の髪を散らかして、整えもしないただの暴走族。
マフラーの隙間を縫うようにして、
わざわざ首に触れてきては「俺は冬だぞ!」と叫び
ブルンブルンと勢いよく吹かせている。
腹が立ったので、家に着いたなり要らないチラシを
新聞の間からひったくって紙飛行機を折る。
空き地めがけてベランダから飛ばせば、
暴走族の肩に乗って紙飛行機はぐんぐんと前に進んだ。
お前のバイクと私の紙飛行機は同じスピードなんだ。
ざまーみろ!と呟けば、風は不服そうに
私の髪をぐちゃまぜにした。
「追い風」 白米おこめ
授業が楽しかったと思う。
ほんの、一日前まで。
何も変わらないはずなのに、途端につまらなくなって、
こっそりと忍び寄る眠気から目を逸らすように
シャープペンシルをくるくると回す。
板書を見ようとして、
数席前の少しだけ猫背の背中に自然と目が向いた。
1時間目であるものの既に舟を漕いでいる人が多い中で、
しっかりと起きている彼女の頭はひとつ目立って見える。
ノートを取る彼女の小さな背中をぼおっと見つめていると、肩につくかつかないかぐらいの微妙な髪が前へ垂れて、
うなじが少しだけ見えた。
そのことに謎の罪悪感が湧き上がって、誰にも気づかれないようにそっと視線を黒板へとずらす。誰も見ていないだろうが、煩悩を消し去るように無心に板書を移せば、幾分か授業に集中できるような気がしてほっとした。
ぽき、とシャーペンの芯が折れる。カチカチと数回押して芯を出そうとして、全く出てこないことで短さを悟った。ボタンを押したまま芯を引き抜いて、とりあえず机の上に置く。授業が終わる頃には机の下かどっかに落ちているだろうけれど、そこは教室の掃除係の仕事だ。
替えのシャー芯を出そうとして、径が合わないことに気づいた。俺がいつも持ってるのは0.3mmの芯で、今使っているシャーペンの芯は0.5mmだった。
あ、と気づいて、俺はまた数席前の彼女を見る。
授業が途端につまらなくなった理由。教科書も先生も話の内容も全く変わっていないのにつまらなくなったということは、単純な話、それ以外が原因のはずで。
隣で、折らないよう慎重に取り出そうとするあまりシャーペンのケースと睨めっこする彼女の姿を思い出した。俺が0.3mmの芯をあげる代わりに0.5mmの芯は彼女がくれる。そういう約束事でもない、いつの間にか“そう”なっていた、ただの数回のやりとり。多分、俺はこういうやりとりが楽しかったんだろうな、と空っぽになったシャーペンのボタンを押しながら考える。授業が楽しかったわけではないのだ。勉強が好きとは言い切れないんだから、よく考えてみれば分かることだったけれど。
席替えをしたのは昨日だ。俺が後ろの席に、彼女は前の席に。うちは学期テストの度に席替えをするようになっているから、チャンスが来るまではまだ日にちがある。…例えチャンスが来たとて、もう一度隣になる可能性なんてずっと低いけれど。俺は空っぽのシャーペンを筆箱にしまって、代わりに0.3mmを取り出す。ただの意地だけど、新しいシャー芯は買わないことにした。あわよくば、また君と一緒に授業を受けて、ケースを睨む君の顔を横から見ていたいから。
「君と一緒に」 白米おこめ