もしも未来を見れるなら
ある夜、路地裏で占い師に声をかけられた。
「自分の未来を知りたいとは思いませんか?」
普段なら無視するところだが、その夜に限って足を止めた。
「このVRゴーグルをつけると、あなたの未来をすべて見ることができます」
最近の占いはハイテクだな、と思いながら僕はそれを装着した。
そして、自分の未来をダイジェスト映像で見た。
まず、今から二年後に戦争が始まる。僕は強制収容所に送られ、過酷な環境で心身を破壊される。身近な人は皆戦争で死ぬ。
だが、最終的にこの国は勝ち、奇跡的に生き延びた僕は控えめで家庭的な女性と結婚し、子を儲け、穏やかで平凡な日常を手に入れる。そして、病院で家族に見守られながら息を引き取る。
画面が真っ暗になり、ピーーっという心電図の音。
——これでおしまいか、とため息をついてゴーグルを外そうとした。その瞬間、
『いや! 死なないで、お父さん!』
娘の悲痛な泣き声が、最後に耳元で響いた。
「いかがでしたか?」
「うん……なんていうか、僕らしくない人生だな。それに少し、後味が悪い」
「人生なんてそんなものですよ」
「かもね」
僕が指を鳴らすと、近くで待機していた部下たちが一斉に現れ、占い師を取り押さえた。
「実は、最近この地区で自殺者が増えていましてね。その原因が、生きる気力をなくさせる占いです。あなた、敵国の工作員ですね?」
「だとしたら何だ? その未来は本物だぞ! あんたの人生も、今見た通りの未来になる!」
「いやぁ、それはあり得ないな。だって戦争になったら、この国はさ……」
占い師を連行した後、部下が飲みに誘ってきた。
「今日は遠慮しておくよ」
「何かご用事でも?」
「うん、ちょっとロープを買いに行こうかなって。首をくくる用に」
風を感じて
ある涼しい夏の夜、友人に誘われて百物語に参加することになった。集まったのは計五名。場所はその友人宅だった。
「これより、百物語を始めます」
司会役が蝋燭に火を灯した。
「それでは、どなたから始めますか」
私たちは固唾を飲んで一人目の語りを待った。……待ったが、誰も名乗りを上げなかった。
もしかしたら全員シャイな性格なのかもしれない。トップバッターは気が進まないのだろう。
「じゃあ、そこのあなたから」
「えっ、私? すみません。今日は付き添いで来たつもりだったので、自分の話は特に用意してなくて」
「あ、あの、実は僕も……」
すぐに判明したことだが、なんと誰一人として百物語のネタを持ってきていなかった。だが、百物語を途中でやめると災いが起こるという。仕方がないので、私たちは昔見た心霊番組やネットで有名な都市伝説を思い出しながら話していき、なんとか九十九話まで繋いだ。しかし、その頃には深刻なネタ切れ地獄に陥っており、最後の百話目がどうしても浮かばなかった。
「……風を、感じませんか?」
皆がうんうん唸っている中、一人が急に言い出した。
「え? 別に感じないけど……あ! いや、本当だ風だおかしいな窓も開いていないのに!」
「ふーっ! ふーっ! 不思議だな蝋燭の火も揺れているぞ!」
「はい。では百話目語ります。百物語をしていたら風を感じて怖かった。以上です」
そして、最後の蝋燭が吹き消された。沸き起こる歓声。私はそのときになってふと、百物語は九十九話目で終わらせるルールだったことを思い出した。百話まで語ると本物の怪異が出るといわれているからだ。どうして忘れていたのだろう?
暗闇の中、微かな風が私の頬を撫でていった気がした。
青く深く
生まれ変わるならどんな生き物がいい?
ふらりと旅に訪れた九十九里の食堂で、ふとそんな話になった。
「私はチューブワームがいい」
海鮮丼の上に狂気じみた量のワサビを盛り付けながら妹が言った。
「何それ?」
「海底火山の噴き出し口に住んでるミミズ型の生き物」
……曰く、その生き物の体内にはバクテリアが棲んでいて、そのバクテリアが熱水中に含まれる毒ガスから栄養源を生成してくれるのだという。
「だから、チューブワームになったら口も胃もないの。食べなくても生きていけるの」
「それは生き物なの?」
「生き物だよ」
そう言って、妹は平然と海鮮丼を口に運ぶ。私には彼女のことがよく理解できない。こんなに美味いものが食えるなら、生まれ変わっても人間のほうがいいじゃないか。そんな私の感想を見透かしたのか、妹は少しこちらを睨んだ。
「何か文句があるなら、お姉ちゃんは一度でも働いてみてから言ってよね」
私は窓の外から見える海に遠い目を向けた。そういえば、全ての生命の起源は海だった。人間とて、あの青く深い海の底から這い出して進化した種の一つに過ぎないではないか。
君と歩いた道
ノブは組のなかでも有名な武闘派ヤクザだ。
彼は僕の幼馴染で、唯一無二の親友である。ガキのころは泣き虫でいじめられがちだった僕のことをいつも庇ってくれた。それはまあ、僕が組の跡取り息子だったからかもしれないけれど。
中学を卒業してすぐ、ノブは正式に極道の世界に入った。一方の僕は、暴力は苦手でも勉強だけはできたものだから、東京の大学に進学して法学部を出たあと、組の帳簿や契約関係を取り仕切っていた。
けれども、この道ではそれだけでは通用しないこともある。今日、僕は偶然裏切り者を見つけてしまって、成り行きで粛清を任されることになった。だが、チャカを構えた手が震えて仕方がなくて、何度も握り直すことしかできなかった。
「相変わらず情けねえなぁ。貸せよ坊ちゃん」
その有り様を横で見ていたノブが、僕の手からするりとチャカを奪い取る。そして、一切の躊躇なく引き金をひいた。弾丸は椅子に縛り付けられた裏切り者の脳天を貫いた。
「……ありがとう、いつもごめん」
「いいんだよ。お前は頭使う仕事だけしとけ」
こんなふうに、僕はノブに助けてもらいながら非道の道を歩いてきた。
*
「びっくりした……若頭ってあんな人だったんすね」
「なにお前、初めて見たの?」
「いや、だって、普段は堅気みてぇにおっとりしてんのに、殺しのときはまるで別人」
「ああ。忍さんは、一人でインテリヤクザと武闘派の二役をこなせる若頭なんだよ」
元気かな
俺の実家は江戸時代から続く老舗の温泉旅館なのだが、新館と旧館をつなぐ渡り廊下の途中に「呪いの市松人形」が飾ってある。
もともとは何の曰くもない代物だったのだが、小さいころの俺がその人形を不気味がって、窓から投げ捨ててしまったことが発端だった。
その人形は、何度捨てても何度捨てても戻ってきた。朝、穴を掘って埋めたとする。すると、夕方には元あった場所に土まみれで髪がボサボサの人形が置かれているというわけだ。
俺も家族もたいそう怯えたものだが、最終的にはすべて「あいつ」のいたずらだったということが判明し一件落着した。
さて、こうして実家に帰るのは十年ぶりで、「呪いの人形」は昔と同じ場所に健在だった。
ふと、懐かしく思う。「あいつ」は今もここにいるだろうか……いや、いたとしても、もう俺には……。
——元気かな?
人形から声が聞こえた。俺は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげて、人形がのっていた棚ごと横に蹴り倒した。すると、倒れた棚の扉が開き、中からおかっぱ頭の「あいつ」が昔と同じ姿でニヤニヤしながら現れた。
うるせぇ俺は元気だ、と答えると、当館名物「幸運の座敷童子」は、ケタケタと笑いながら駆けていき、廊下の突き当たりですぅっと姿を消した。