風を感じて
ある涼しい夏の夜、友人に誘われて百物語に参加することになった。集まったのは計五名。場所はその友人宅だった。
「これより、百物語を始めます」
司会役が蝋燭に火を灯した。
「それでは、どなたから始めますか」
私たちは固唾を飲んで一人目の語りを待った。……待ったが、誰も名乗りを上げなかった。
もしかしたら全員シャイな性格なのかもしれない。トップバッターは気が進まないのだろう。
「じゃあ、そこのあなたから」
「えっ、私? すみません。今日は付き添いで来たつもりだったので、自分の話は特に用意してなくて」
「あ、あの、実は僕も……」
すぐに判明したことだが、なんと誰一人として百物語のネタを持ってきていなかった。だが、百物語を途中でやめると災いが起こるという。仕方がないので、私たちは昔見た心霊番組やネットで有名な都市伝説を思い出しながら話していき、なんとか九十九話まで繋いだ。しかし、その頃には深刻なネタ切れ地獄に陥っており、最後の百話目がどうしても浮かばなかった。
「……風を、感じませんか?」
皆がうんうん唸っている中、一人が急に言い出した。
「え? 別に感じないけど……あ! いや、本当だ風だおかしいな窓も開いていないのに!」
「ふーっ! ふーっ! 不思議だな蝋燭の火も揺れているぞ!」
「はい。では百話目語ります。百物語をしていたら風を感じて怖かった。以上です」
そして、最後の蝋燭が吹き消された。沸き起こる歓声。私はそのときになってふと、百物語は九十九話目で終わらせるルールだったことを思い出した。百話まで語ると本物の怪異が出るといわれているからだ。どうして忘れていたのだろう?
暗闇の中、微かな風が私の頬を撫でていった気がした。
8/9/2025, 3:25:45 PM