元気かな
俺の実家は江戸時代から続く老舗の温泉旅館なのだが、新館と旧館をつなぐ渡り廊下の途中に「呪いの市松人形」が飾ってある。
もともとは何の曰くもない代物だったのだが、小さいころの俺がその人形を不気味がって、窓から投げ捨ててしまったことが発端だった。
その人形は、何度捨てても何度捨てても戻ってきた。朝、穴を掘って埋めたとする。すると、夕方には元あった場所に土まみれで髪がボサボサの人形が置かれているというわけだ。
俺も家族もたいそう怯えたものだが、最終的にはすべて「あいつ」のいたずらだったということが判明し一件落着した。
さて、こうして実家に帰るのは十年ぶりで、「呪いの人形」は昔と同じ場所に健在だった。
ふと、懐かしく思う。「あいつ」は今もここにいるだろうか……いや、いたとしても、もう俺には……。
——元気かな?
人形から声が聞こえた。俺は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげて、人形がのっていた棚ごと横に蹴り倒した。すると、倒れた棚の扉が開き、中からおかっぱ頭の「あいつ」が昔と同じ姿でニヤニヤしながら現れた。
うるせぇ俺は元気だ、と答えると、当館名物「幸運の座敷童子」は、ケタケタと笑いながら駆けていき、廊下の突き当たりですぅっと姿を消した。
4/9/2025, 12:57:37 PM