暗くなってきたな…人が多い駅通りを歩きながら空を周りに聳え立つオフィスビルが一斉と言っていい程、各部屋の電気が点き始めた。
夏は暗くなるのが遅いから気づかなかったけどもう20時近くなっている。急いで外回りから戻れば他の人は退社したのか部署内はほぼ居なくなっていた。
片付けをして退勤をする。こんな事なら直帰にすれば良かったと後悔しながらエレベーターを待っていると後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「よっ!お疲れさん」
「クロもお疲れ様」
「今日珍しく遅いじゃん。忙しかった?」
「いや、外回りから帰ってくるの遅くなっちゃって…」
「あー、夏って夜になる感覚分からなくなるよな」
「クロも遅かったね」
「俺は会議の資料纏めるの時間かかってな、外回りのが性に合ってるんだけどなぁ」
会社から出れば辺りは真っ暗。
ビルの明かりはまだ沢山ついている。
「夜景って綺麗だと思うけど半分は残業の人達で成り立ってるのかなって時々考えちゃうよね」
「やめろよ、夢ねーな」
一日の疲れからか足取りが重い。
クロの方が足が長いから早く帰れそうなのに私の歩く速度に合わせてくれるの、優しいなって思う。
「なぁ、折角だしこのまま飲みに行こうぜ」
さりげなく距離が近くなり少しドキリとする。
「いいよ〜。でも今日疲れたからすぐ酔っちゃうかも」
「…そしたら勿論、お持ち帰りしても良いよな?」
「え?…クロ?!」
話が終わるや否やギュッと手を繋がれて状況についていけないままクロについて行くしかなかった。
-街の明かり-
会社ビルの屋上。
夜中は昼間とは違って静けさもあるがビルの明かりが邪魔をして星空は良く見えない。
毎年この日は雨の事が多いが今年は晴天。空がよく見える。
暫く空を眺めていれば目が慣れてきてそれなりに星も輝いて見えるようになってきた。
織姫と彦星は今頃、仲睦まじく過ごしているのだろうか。
生憎、私の想い人は任務できっと今日は会えないだろう。
仕事でほぼ毎日顔を会わせているし、イベントをお互い指折り数えているタイプでもない。でもこうして1人でいると今日は会いたかったなとか、楽しかった事、悔しかった事をメールじゃなくて直接伝えたいな、なんて少しセンチメンタルになる。
「…会いたいな」
私の好きなあの声で名前を呼んで欲しい。
ちょっとふざけた声も、真剣な声も、任務中に時折聞ける凄く低い声も全部全部大好き。
そう思えば会いたい気持ちは膨らむばかりでどうしたものか。
1人寝転がり空を見上げる。あれから時間も経ち、ビルの電気も減ってきた。目を閉じれば風の音、気持ちがいい。
なんだかこのまま寝てしまいそうだ、そんなことを思っていたらコツ、コツ、と足音が聞こえる。
「こんな所で寝てたら風邪引くぞ、と」
目を開けると視界いっぱいに広がる星空と会いたくてしかたなかった大好きな赤髪の彼。
「レノ、今日は任務じゃ…」
「思ったより早く片付いてな。どうせ俺が最後だろうから戸締りに来たらお前がいた」
隣に座り私の頬をひと撫でするその表情は胸が苦しくなるくらい愛しい。
「レノ、おかえり」
「ただいま」
「今日ね、会えないと思ってたから凄い嬉しい」
頬に添えられていた手を取り離れないでとばかりに握ると彼は体を私に寄せて軽く口づけをくれる。
「俺もだぞ、と」
その後は暫く2人で星を眺めた。
短冊は飾らなかったけど私の想いが届いた気がした。
-七夕-
ある年のクリスマス。私達にはお祝いムードはどこにもなくそこには同期を失った悲しみと虚しさだけ。
「ね、悟」
「……なに」
「傑の話、しようよ」
「えー、今更?」
何食わぬ顔で笑っているがそれが偽りの笑みだって事くらい分かる。
「そう、私の知ってる傑。悟の知ってる傑。思い出話を沢山話をしよう」
悲しい時は思いっきり悲しまないと後には引き摺る。
それに生きてる側が死者を思い過ぎると魂が向こう側へ行けないって聞いた事がある。
悟の手を握れば力なく握り返される。昨日の今日で誰も気持ちを切り替えることなんて出来るわけない。
「ね、弔いも兼ねてさ。傑が居なくなってから皆、彼の話しなかったしさ今日は特別。沢山話をしよう」
許可を得る前に悟の隣を陣取り話し始める。
「どっちが傑のネタ持ってるか勝負しよ!」
私の思いを知ってか知らずか諦めたように溜息をつき目隠しを外す。その青い瞳は昨日見た時より幾らか透き通った気がする。
「…それ、僕が負けるとでも?」
私たちの大切な人だった思い出。
-友だちの思い出-
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
夏の空でも光り輝く夏の大三角形。
「鉄朗でも星の名前、分かるんだね」
部屋のベランダからタオルケットに包まり、真夜中の空を見上げる。明日は2人とも休みだから多少の夜更かしだって許される、特別な時間。
「お前、俺の事馬鹿にしてる?」
「いや、星なんて興味ないのかなって」
「そりゃ詳しくは知らねぇけどこれくらい分かりますよ」
時間も時間だから周りには雑音がなく、自然の音だけが聞こえるのが心地良い。
「もう少しで七夕だから空の織姫と彦星も会えるね」
「星の時間と俺らの時間は違うからあれって結構な頻度で会えてる事になるらしいぜ」
「えー、そうなんだ」
それでも毎日会えないのは寂しいだろうな。
そう思いながら鉄朗の胸に擦り寄れば優しく肩を引き寄せられる。
「ま、俺はお前と会えない日があるのはごめんだけどな」
考えてる事が同じで思わず笑えば鉄朗も笑って優しく口付けされる、そんな夜。
-星空-
「ねぇ、勝てると思う?」
最終決戦前夜。
各々が準備をしている。
「さぁ、ね。でも負けるとは思ってないよ」
静かに話す彼はもう覚悟が決まっているようだ。
「そうだね。悟が負けてるところ見たことない」
「当たり前だろ」
でも、心が騒つく。
もし、イレギュラーがあったら、もし誰かが…
良くないことばかり考えていたら両頬を摘まれて否応なしに綺麗な青い目がこちらを見つめる。
「いたい」
「そんな顔すんなって、明日できっと全部終わる。そんで皆ボロボロで明後日を迎えるんだ」
「あさって」
「そう、綺麗事は言えない。きっと無傷なやつはいない。でも明後日を迎えられればいいって事にしようぜ」
自信満々の笑みは私の中にあるモヤモヤを払ってくれる。
「うん。そしたらさ、皆クリスマスパーティーしようね」
「いいね。お前にも、とっておきのプレゼント用意するよ」
「絶対…約束だよ」
未来の事はまだ誰も分からない。
-神様だけが知っている-