“ねぇ、来年のお祭りもここで待ち合わせして一緒に行こう”
そんな儚い約束事を胸に一年が経った。
もう彼とは恋人でもなんでもない。
「約束の場所に居たって来るわけないのに」
悲しいかな、忘れたくても忘れられなくてもしかしたら向こうも少しは後悔してるんじゃないかって自分を守るための言い訳をしながら目印も何もないただの河川敷。お祭りへ行くのだろう、浴衣を着た人達を何人も見送った。
お祭りには行けなくてもここからなら花火くらいは見えるだろう。
せっかくなら花火を見てから帰ろうと腰を下ろす。
別れた理由なんてたいしたことない。
お互い仕事で一緒にいられる時間が少なくなって、すれ違って…よくある別れ方だ。
「…記念日くらい覚えててくれたって良かったのに」
付き合って2年目の記念日。
一緒には居られなくても少しだけ電話したり、メールしたり、いつもよりほんのちょっとだけ特別な何かが欲しかった。でも鉄朗は私からの着信にもメールにも反応がなかった。
仕事で忙しいのは分かってた。
いや、分かってたつもりだっただけ。
本当は寂しくて辛くて悲しくて、結局私から離れてしまった。
あれから忘れようと携帯も変えた。
鉄朗が今何してるかも分からない。
考え込んでる間に辺りは暗くなり花火が上がり始めた。
「綺麗」
花火を朧げに見ていると視線の先に人影を見つけた。
「…う、そ」
遠くても分かる。背が高く、髪型が特徴的な人なんてそうそう居ない。
向こうはまだこちらに気付いていない。
会いたい、会いたくない、気持ちが一気に溢れ出し動けずにいると向こうもこちらに気づき信じられないような表情をしている。
近づいてくる、もう逃げられない。
鉄朗はなんでここにいるの?私と別れて少しは寂しかった?
私は泣かないようにするのが精一杯だったよ。
なんて声を掛けようか迷っていたら腕を引かれ苦しいくらい抱きしめられる。
久しぶりの彼の匂いに涙が溢れた。
-一年後-
子供の頃は、大人になれば好きな人と結ばれて幸せになれるものだと当然のように思っていた。
しかし、現実は上手くはいかない。
恋焦がれる人がいたとしてもその人が自分を思ってくれているのかなんて分かるわけがないのだ。
現に毎日顔を合わせていても届かない想いを抱えたまま1日が過ぎていく。終わらない書類の山に埋もれながら柄にもなく耽っていると悩みの種がやって来た。
「お疲れー。珍しく書類に埋もれてんね」
「悟」
家柄も良くスタイルも顔もいい。こんなやつと同期だと自分がちっぽけな姿に思えてくるし、なんでこんなやつ好きになってしまったんだろうって何度も何度も思うんだけどなんだかんだ助けてくれたり辛い時、側いてくれたりするもんだからもう無理なのよ。好き。
「現場続きだったから報告書とか書けてなくてこの有様よ」
私より何倍も仕事してる悟に泣き言漏らしてる自分が情けない。
「まぁまぁ、お土産買って来たからコレで元気だしなよ」
ちょこんと目の前に置かれたキラキラ光る砂糖菓子
「きれー、これ金平糖?」
駄菓子屋とかで売っているものとは少し違くて全部が透き通っていて食べるのが惜しいくらい。
「そ、なんか限定らしくて並んでたから買ってみた。俺にも一口頂戴」
中身を開けると上品な香りが広がる。色んな色の中から一際輝いて見える青い金平糖を手に取り悟の口に放り込む。
「んまい」
「悟とおんなじ目の色だった」
「…選ぶ基準それ?」
「そ、綺麗だったしいいじゃない」
子供の頃思い描いていた人生とはかけ離れてるけど好きな人の近くで生きれるって事は案外悪くない。
もう一つあった彼と同じ色の金平糖を食べながらそんなことを思う。
-子供の頃は-
残業、残業、残業、ここ最近書類が溜まりに溜まってここ数日家に帰った記憶がない。隣の風見さんも瀕死の状態だ。
「風見さんそれ終わったら帰ったほうがいいですよ。顔が死んでます。」
「お前にだけは言われたくない」
降谷さんの後処理は殆どこの人がやっているんだから人一倍大変だろう。そしてその降谷さんはトリプルフェイスときたもんだ。このオフィスに普通の人間はいないのか。
眠い体を奮い立たせパソコンに向かう。
「私と風見さんどちらが先に帰れますかね」
「…帰れればいいな」
「そんなこと言わないで下さいよ」
暫くして休憩がてらコーヒーを飲もうかエナジードリンクを飲むべきか悩んでいたら
「2人ともお疲れ」
「え、降谷さん?」
予想外の人物に驚いていると風見さんは知っていたのか平然と挨拶と引き継ぎ等をこなしている。なんだよ、教えておいてくれよ。
「分かった。引き続き調査を頼む。ちなみに残ってるのは風見とお前の2人だけか?」
「はい。そうですが…何かありますか?」
私より肌質が良い褐色肌が恨めしい…なんて余計な事を考えていたら紙袋を渡された。
「ちょっと作り過ぎたから差し入れ、良かったら食べてくれ」
そう言って渡されたのは三段のお重箱。作り過ぎたレベルじゃないと主張したいがこの人の料理で不味いものはない。横からも輝かしい目をさせた風見さんが寄って来た。
「い、良いのですか?」
「お前たち最近碌なもの食べてないだろう。健康でいるのも仕事のうちだぞ」
そう言いながら更に水筒のお茶まで出て来てこの人はどこまで完璧なんだろうと夜中に思った。
-日常-
“夕陽がどうして赤いか知ってるか?”
“光にはいくつか色があって、その中でも赤が一番遠くまで届くからなんだってよ“
そう彼に教えてもらってからつい、夕焼けを見る習慣がついてしまった。
「綺麗だな」
そしたらいつの間にか教えてくれた本人がいた。
「よっ、お前もここ好きだな」
時計台に2人で座り、特に会話もないまま夕陽を眺める。
この時間が堪らなく好きだ。
うまく言葉にできないけどずっとこのまま、時が止まってしまえばいいのにと何度思ったことか。
不意に彼の方を見ると目が合う。
燃えるような赤いをしていると思えば瞳は綺麗なエメラルドグリーンで引き込まれてしまう。
「なんだよ、人の顔ジロジロみて」
「べ、別に。なんでもない」
「そっか」
そう言って笑えば彼の視線はまた夕陽に向く。
夕陽よりも赤い髪の彼。
アジトにいても他の誰より先にアクセルを見つけられるのは、きっと彼に教えてもらった理由だけじゃない。
-好きな色-
「なー、これっていつ取っていいの?」
目隠しをされて私に廊下を歩かされる日向。
教室ではきっと部活のメンバーが準備万端で主役が来るのを待ち構えているだろう。
「もう少し!」
放課後の静かな廊下を一緒に歩きながら
あらためて日向のことを思い返す。
部活で沢山活躍してる姿を見て来た。
影山と喧嘩して見てるこっちがびっくりしたこともあった。
小さいと言われているのに誰よりも高く飛ぶその姿はとってもかっこいいし、こちらが落ち込んでいる時も持ち前の明るさで励ましてくれる。
きっと日向に救われてるのは私だけじゃないし、きっと皆日向のことが大好きだと思う。
「ねぇ、日向」
「ん?」
「いつもありがとう」
「な、なんだよ急に。別に俺特別なことしてねぇけど」
「いーの!…これからもずっと日向は日向のままでいてね」
「なんかよく分かんねーけど、分かった!」
目的の教室のドアの前に立つ
皆に硝子越しに合図を送る。
「よし、日向!目隠し取るよー!」
ねぇ,日向あなたがいたからきっと今の私がいるよ
“せーの!”
“誕生日おめでとう‼︎”
-あなたがいたから-