【お題:君からのLINE】
魅力ある物語は
その中で
私たちの予想を
心地よく 裏切ってくれる
それだけに
なかには 出会う時期や
タイミングによって
トラウマに
なるような作品も
あるのだけれども
「電話が なっている」
川島 誠(1985)
「電話がなっている。君からだ。」
この一文から 物語は始まる
彼女から かかってくる電話
だけど 「僕」は その電話に
出ることができない
僕も彼女も10代で
いま 僕は
今後の人生を決定づける
大きな試験に のぞみ
見事 A判定を
勝ち取ったのだ
それを聞きつけた君は
心から 喜び
お祝いを伝えようと
してくれているのだろう
鳴り響く 彼女からの
電話の音を前にして
僕は 全身を
押し潰されそうな思いで
受話器をとることも できず
君と過ごした日々を
思い出す─。
なんだか よくありそうな
10代の 苦い恋の話、
のフリをして 進む この物語
実態は さにあらず
児童文学に区分される
この作品だが
このタイトルをいま
検索してみると
「トラウマ」
という言葉が 同時に出てくる
子供の頃に読んで
ショックを受けた人が
とてつもなく 多いのだろう
短いストーリーだが
読み進むにつれて
まるで 玉ねぎの皮が
一枚 一枚
剥かれるかのように
読み手は
おや?
と、自分が どこか
勘違いをしながら
この物語の世界を
とらえていたことに
気づきはじめ
結末では
あっ と思うが早いか
ピストルで撃たれたように
私たち 読み手は
この作品に 倒されてしまう
少年少女の年齢で
今後の 厳格なランク付けを
されるという世界―。
人が爆発的に増えれば
食料だって 仕事だって 不足する
いろんな管理が
必要になってくる
ということなのだろうし
物語というのは
結末だけが すべてではない
と わかっていても
トラウマと
書き込まれるほど
なかなかに
ヘビーな様相を呈しているのだ
人間は 自分が一番かわいい
というのは まあ本当だろうが
たとえ
子供と呼ばれるような
年齢でも
自分が どんなことを
いちばん大切にしたい人間なのか
自分は何に幸せを感じるのか
大げさにいえば
物事の、人生の
本質みたいなものを
どこか鋭く
察知しているような子
というのは 確かに いると思う
いま振り返ると
そういった子は きまって
そこら辺の大人よりも
ある意味で
よく目が見えていて
絶妙な さりげなさと
バランスで
ときに 私のような 子供の
味方になってくれるものなのだ
はじめて読んでから
何十年と たった今でも
「僕」の 心の叫びが
私をとらえて 離さない
「電話がなっている。君からだ。」
いまの時代なら
君から届くのは
電話ではなく
LINEに なるのかもしれないが
【お題:キャンドル】
今日も世界のどこかで
鎮魂のため
人々の痛みや嘆きに
寄り添うため
キャンドルに灯が
ともされているのだろう
ある年の1月
テレビから
トランペットの音が
聞こえてきた
目を向けると
阪神淡路大震災の
追悼集会の様子が
報じられていた
耳も心も 釘付けに
せずにはおかない
そんなトランペットの
音色だった
どこかで聴いたことのある
メロディだが
何という 歌なのかわからない
その旋律を 頭の中で
繰り返すうち
歌詞の一片が
記憶の中から
浮かび上がってきた
〈歌詞の引用ここから〉
輪になって 輪になって
かけて行ったよ
〈歌詞の引用ここまで〉
それを頼りに 調べてみると
團伊玖磨 作曲
江間章子 作詞
「花の街」
という歌だった
この歌詞が 書かれたのは
終戦 間もない頃
あたりは見渡す限り
一面の焼け野原
だったという
その 色のない街で
作詞者は 平和を思い
花に彩られた
美しい街を夢見て
詩を書いたという
そして 時は移り
その旋律は 鎮魂のため
トランペットで 奏でられた
奏者は
阪神淡路大震災の前日
神戸で演奏会を
開いていたというが
すんでのところで
被災を免れたそうだ
彼は 犠牲になった人々を
追悼したいと
毎年 演奏しているのだという
調べてみると
ある年の記事には
地震の発生時刻に合わせ
童謡「冬の夜」が
演奏されたと あった
凍てつく寒さの夜明け前
地震に遭い
こわさに身を
震わせていたであろう
子どもたちを思い
あのような
かなしいことが
子どもたちに
二度と起こらないよう
願いをこめてトランペットを
演奏したという
その記事を目にして
あることを思い出した
「花の街」が聞こえた
翌年の1月
あのトランペットの
音色が忘れられなかった
私の耳に 飛び込んできたのは
童謡「春が来た」だった
ほかでもない、
童謡こそが 演奏されたのは
鎮魂のため
また 子どもたちに
心と祈りを寄せる
そんな思いが あったからなのだ
けれど
いま世界はどうだろう
この今も
医療設備が破壊され
十分なケアを受けられない
子どもたちが
国外へ移送される
というニュースが
乾いた声で 流れている
【お題:脳裏】
ふとした瞬間
遠い記憶が
呼び覚まされる
懐かしい記憶が
脳裏をかすめる
人の記憶は
たしかに 脳に
蓄えられるのだろうが
壮絶な体験による
トラウマは
体にも記憶されることが
わかっているという
そして
私が気になるのは
もうひとつ
脳でも体でもない場所に
留め置かれる記憶
というのも
もしかしたら
存在するのではないか
そして
そういった記憶は
自分とは 何者なのか
その ささいなヒントを
つかませてくれる
気がするのだ
映画「ラ・ジュテ」
少年時代の ある記憶
に囚われた男性
彼は 第三次世界大戦後の
廃墟と化した都市に
生きている
放射能に
汚染された世界で
人々は
地下に潜っただけなく
支配階級と
奴隷階級とに
分けられていた
あらゆる資源の
不足に喘ぐ人々は
その解決方法を
過去 そして
未来の世界に求め
奴隷を使った
タイムリープの
実験を重ねる
時空を超える負担に
耐えかねた 被験者が
死亡、廃人化
といった結末を
多く迎えるなか
少年時代に見た、
美しい女性と
その側にいた男性の急死
という
鮮烈でショッキングな記憶に
囚われていたことが
助けとなり
その男性は
タイムリープの
過酷な負担に
なんとか耐えきる
時空を超えた移動を
何度も繰り返すうちに
男性は
まさに記憶の中の
あの女性を
過去の時代に見つけ
逢瀬を重ねるようになる
やがて
未来世界と交渉を持ち
第三次世界大戦後の
世界を救う使命を
果たした彼は
同じく
タイムリープの能力を
持つ未来人から
身の安全を 案じられ
現世界への永住、
男性にとっての
未来世界に住むことを
薦められる
しかし 男性は
過去世界に生きている、
あの女性が諦められず
過去の世界へ
行くことを選ぶ
そして
過去世界に飛んだ彼は
自分を長らく
捕らえて離さなかった
少年時代の記憶
の正体を知ることになる
記憶も
その種類により
蓄えられる場所は
異なるのかもしれない
昔、
知り合ったばかりの知人と
本屋に行ったときのことだ
それぞれ興味ある
コーナーを見終えて
お互いを探し始めたとき
向こうから
知人が歩いてくるのが見えた
相手も 私の姿に気づき
おお、という感じで
片手を上げて
こちらに近づいてきた
その姿が目に
飛び込んできた瞬間
強烈な懐かしさが
この上ないほどの
濃密さをもって
私の全身を襲ったのだ
それは本当に
一瞬の出来事で
それから
お互いの付き合いは
20年近くになるが
そういった感覚は
後にも先にも
その一度きり
以後
その知人の顔を見ても
行動や仕種を見ても
あの強烈な記憶
とでもいうべき意識が
呼び起こされたことは
ただの一度もないのだった
しかし
後日談といって
よいのかどうか
やはり記憶にまつわる
不思議なことがあった
本屋の出来事から
10年以上経った
ある日のこと
その知人と私は
一緒に外で
食事をとっていた
その日は 肌寒く
私は失礼して
薄手のコートを
羽織ったまま
食事をさせてもらっていた
すると 知人は急に
驚いて
この光景、
初めてじゃない
と言い出したのだ
話を聞くと どうやら
知人の中で
遠い記憶の中の私と
今の私が 重なり合い
記憶なのか
何なのか
とにかく ある意識が
呼び起こされたようなのだ
なんでも
知人の記憶の中の私は
外国の少年で
コートを羽織り
黒髪を一本に結び
やはり 今日と同じように
ナイフとフォークを使って
肉を食べている
そして
食事をしながら
本を読んでいるその少年に
知人は
食べるか、読むか
どっちかにしなさい
と、注意をしている
のだという
その日 私たちが
食事をしていた
庶民的なその店は
ウッディーな
装飾に テーブルと椅子
照明には
オレンジ色の光源が
使われており
その雰囲気も
何かを呼び覚ます
一因だったのかもしれない
それは夢なのか 幻なのか
残念ながら
私には わからない
けれども
私の脳裏
知人の脳裏を
何かが かすめたこと
それは
体験した本人にとっては
紛れもない事実
と 言えはしないだろうか
【お題:鏡の中の自分】
人が感じる恐怖
の種類には
結果が
想像できてしまう恐怖と
想像が まったく
つかない恐怖
があると思う
たとえば
ひと気のない夜道
誰かが 自分の後を
尾けてくる気配がする
こちらが足を早めると
向こうの足音も早くなる
こちらは前者
結果を想像しうる種類の
恐怖だろう
一方、
やはり ひと気のない夜道
正面から 妖怪なのか
宇宙人なのか
得たいの知れないものが
自分にヒタヒタと
近づいてくる
こちらは後者、
想像の範疇を超えた
恐怖だろう
江戸川乱歩「鏡地獄」
怪談や不思議な話を
仲間で語り合う うち
一人が奇妙な経験を
話し出す
その人物が
言うことには
レンズや鏡
幻灯機などの類いに
興味を持つ、
幼少からの友人が
長じるにつれ
いよいよ それらに
偏執狂的に
なっていったという
夜も昼もなく
その研究に明け暮れ
両親からの遺産さえも
つぎ込んでいく
あるとき
四方すべてが鏡という、
鏡の部屋を
作り出した友人は
自身の小間使いで
恋人でもある
美しい娘と 二人きり
そこに 閉じこもったり
あるいは
そこから出ようとせず
心配した使用人の
呼びかけに
中から 素っ裸で
一人 現れて
プイと出かけてしまったりと
妙なことが
あったのだという
やがて 友人は
凹面鏡や 凸面鏡
波形など 変形の鏡を
収集し始めるが
ある日
その語り手のところに
使用人が血相を変え
助けを求め やってくる
友人宅に駆けつけると
果たしてそこには
使用人や恋人を尻目に
大きな球体が 転げまわり
中からは 唸り声なのか
笑い声なのか 奇妙な声が
聞こえてきたという
空気穴を見つけ
中を覗くと
球体の内部は
電燈がついているのか
ギラギラと光っている
やがて ドアの取っ手が
壊れ外れた形跡を見て
その語り手は
友人が球体から
出られず 長い間
閉じ込められたと
推察する
そして もう一つのことに
思い至り 慌てて
巨大な球体を叩き割る
平面の鏡で
四方を囲めば
鏡同士が 反射し 映しあい
無数の重なりが
できるだろうが
鏡が平面でなく
球状ならば
どうなるのだろうか
私には想像もつかないが
たとえ
想像が及ばぬ種類の
恐怖であっても
現実に自分の身が
巻き込まれない限り
その恐怖は魅惑的だ
百物語や
この「鏡地獄」の
冒頭でも
皆で怪奇話を
語り合うのは そこだろう
合わせ鏡をすると
悪魔が喚び出される
と聞いた子供の頃
恐る恐る
2枚の鏡で試したことがある
怖さ半分、
正体不明の
期待半分だったが
まったく 何にも
起こらなかった
けれど こういった
怪奇物を読むと
いやいや待てよ
何も起こらなかったのではなく
もしかすると 自分が
気づかなかっただけで
あのとき 実は
平行世界の一つに
子供だった私は
知らぬ間に
移動してしまって
いたかもしれない
などと
江戸川乱歩もどきにでも
なったような気で
空想に 心地よく
耽ってしまうのだった
【お題:永遠に】
永遠の幸せ 永遠の思い
かたちのないもの、
曖昧なものだが
その手にずっと
留めておきたいものに
人は 永遠を願う
中島らもの
「永遠も半ばを過ぎて」
という、
タイトルを目にしたとき
その秀逸さに目をみはった
言葉のイメージは美しく
音のリズムは心地よい
そしてなによりも
想像をかきたてる
永遠は
終わりがなく
果てのない状態で
長さも
はかりようがないのに
半ばを過ぎて
という矛盾が面白い
また いっぽうで
こうも想像してしまう
どこか永遠や万能を信じ
夢を見られた
幼い時代や
若いころは遠く過ぎ去り
いつしか
永遠も万能も
その力が及ぶ先の
果てが見え始める
それを 諦めのような
悟ったような思いで
残りの人生、
自分の行く末を見つめている
そんな趣があって
魅きつけられる
永遠は一見
甘美なようだが
変わらない状態のまま
果てしなく
そこに押し留め
縛り付けることでもある
自分が推測しうる
嫌なことが起きない代わりに
想像もしなかった
幸運や幸せに
巡り会うこともない
苦しみがないにしても
やさしい牢獄、
とでも言いたくなるような
身動きのとれなさ
おそろしさも感じられ
どこか落ち着かない
リセットのない世界ほど
怖いものは
ないのではないだろうか