マハーシュリーの夏巳

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【お題:脳裏】

ふとした瞬間
遠い記憶が
呼び覚まされる

懐かしい記憶が
脳裏をかすめる

人の記憶は
たしかに 脳に
蓄えられるのだろうが

壮絶な体験による
トラウマは
体にも記憶されることが
わかっているという

そして
私が気になるのは
もうひとつ

脳でも体でもない場所に
留め置かれる記憶

というのも
もしかしたら
存在するのではないか

そして
そういった記憶は

自分とは 何者なのか

その ささいなヒントを
つかませてくれる
気がするのだ

映画「ラ・ジュテ」

少年時代の ある記憶
に囚われた男性

彼は 第三次世界大戦後の
廃墟と化した都市に
生きている

放射能に
汚染された世界で
人々は

地下に潜っただけなく
支配階級と
奴隷階級とに
分けられていた

あらゆる資源の
不足に喘ぐ人々は

その解決方法を
過去 そして
未来の世界に求め

奴隷を使った
タイムリープの
実験を重ねる

時空を超える負担に
耐えかねた 被験者が

死亡、廃人化
といった結末を
多く迎えるなか

少年時代に見た、

美しい女性と
その側にいた男性の急死
という
鮮烈でショッキングな記憶に
囚われていたことが
助けとなり

その男性は
タイムリープの
過酷な負担に
なんとか耐えきる

時空を超えた移動を
何度も繰り返すうちに
男性は

まさに記憶の中の
あの女性を
過去の時代に見つけ
逢瀬を重ねるようになる

やがて
未来世界と交渉を持ち
第三次世界大戦後の
世界を救う使命を
果たした彼は

同じく
タイムリープの能力を
持つ未来人から
身の安全を 案じられ

現世界への永住、
男性にとっての
未来世界に住むことを
薦められる

しかし 男性は
過去世界に生きている、
あの女性が諦められず

過去の世界へ
行くことを選ぶ

そして
過去世界に飛んだ彼は

自分を長らく
捕らえて離さなかった
少年時代の記憶
の正体を知ることになる

記憶も
その種類により
蓄えられる場所は
異なるのかもしれない

昔、
知り合ったばかりの知人と
本屋に行ったときのことだ

それぞれ興味ある
コーナーを見終えて
お互いを探し始めたとき

向こうから
知人が歩いてくるのが見えた

相手も 私の姿に気づき
おお、という感じで
片手を上げて
こちらに近づいてきた

その姿が目に
飛び込んできた瞬間

強烈な懐かしさが
この上ないほどの
濃密さをもって
私の全身を襲ったのだ

それは本当に
一瞬の出来事で
それから
お互いの付き合いは
20年近くになるが

そういった感覚は
後にも先にも
その一度きり

以後
その知人の顔を見ても
行動や仕種を見ても

あの強烈な記憶
とでもいうべき意識が
呼び起こされたことは
ただの一度もないのだった

しかし
後日談といって
よいのかどうか

やはり記憶にまつわる
不思議なことがあった

本屋の出来事から
10年以上経った
ある日のこと

その知人と私は
一緒に外で
食事をとっていた

その日は 肌寒く
私は失礼して
薄手のコートを
羽織ったまま
食事をさせてもらっていた

すると 知人は急に
驚いて

この光景、
初めてじゃない

と言い出したのだ

話を聞くと どうやら
知人の中で
遠い記憶の中の私と
今の私が 重なり合い

記憶なのか
何なのか
とにかく ある意識が
呼び起こされたようなのだ

なんでも
知人の記憶の中の私は
外国の少年で

コートを羽織り
黒髪を一本に結び
やはり 今日と同じように
ナイフとフォークを使って
肉を食べている

そして
食事をしながら
本を読んでいるその少年に

知人は
食べるか、読むか
どっちかにしなさい

と、注意をしている
のだという

その日 私たちが
食事をしていた
庶民的なその店は

ウッディーな
装飾に テーブルと椅子

照明には
オレンジ色の光源が
使われており

その雰囲気も
何かを呼び覚ます
一因だったのかもしれない

それは夢なのか 幻なのか
残念ながら
私には わからない

けれども
私の脳裏   
知人の脳裏を
何かが かすめたこと

それは
体験した本人にとっては
紛れもない事実
と 言えはしないだろうか

11/10/2023, 9:25:00 AM