マハーシュリーの夏巳

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【お題:鏡の中の自分】

人が感じる恐怖
の種類には

結果が
想像できてしまう恐怖と

想像が まったく
つかない恐怖

があると思う

たとえば
ひと気のない夜道

誰かが 自分の後を
尾けてくる気配がする

こちらが足を早めると
向こうの足音も早くなる

こちらは前者
結果を想像しうる種類の
恐怖だろう

一方、
やはり ひと気のない夜道

正面から 妖怪なのか
宇宙人なのか

得たいの知れないものが
自分にヒタヒタと
近づいてくる

こちらは後者、
想像の範疇を超えた
恐怖だろう

江戸川乱歩「鏡地獄」

怪談や不思議な話を
仲間で語り合う うち

一人が奇妙な経験を
話し出す

その人物が
言うことには

レンズや鏡
幻灯機などの類いに
興味を持つ、
幼少からの友人が

長じるにつれ
いよいよ それらに
偏執狂的に
なっていったという

夜も昼もなく
その研究に明け暮れ

両親からの遺産さえも
つぎ込んでいく

あるとき 
四方すべてが鏡という、
鏡の部屋を
作り出した友人は

自身の小間使いで
恋人でもある
美しい娘と 二人きり
そこに 閉じこもったり

あるいは
そこから出ようとせず

心配した使用人の
呼びかけに

中から 素っ裸で
一人 現れて
プイと出かけてしまったりと

妙なことが
あったのだという

やがて 友人は
凹面鏡や 凸面鏡
波形など 変形の鏡を
収集し始めるが

ある日
その語り手のところに

使用人が血相を変え
助けを求め やってくる

友人宅に駆けつけると
果たしてそこには

使用人や恋人を尻目に
大きな球体が 転げまわり

中からは 唸り声なのか
笑い声なのか 奇妙な声が
聞こえてきたという

空気穴を見つけ
中を覗くと

球体の内部は
電燈がついているのか
ギラギラと光っている

やがて ドアの取っ手が
壊れ外れた形跡を見て
その語り手は

友人が球体から
出られず 長い間 
閉じ込められたと
推察する

そして もう一つのことに
思い至り 慌てて
巨大な球体を叩き割る

平面の鏡で
四方を囲めば

鏡同士が 反射し 映しあい
無数の重なりが
できるだろうが

鏡が平面でなく
球状ならば
どうなるのだろうか

私には想像もつかないが

たとえ
想像が及ばぬ種類の
恐怖であっても

現実に自分の身が 
巻き込まれない限り
その恐怖は魅惑的だ

百物語や
この「鏡地獄」の
冒頭でも

皆で怪奇話を
語り合うのは そこだろう

合わせ鏡をすると
悪魔が喚び出される
と聞いた子供の頃

恐る恐る
2枚の鏡で試したことがある

怖さ半分、
正体不明の
期待半分だったが

まったく 何にも
起こらなかった

けれど こういった
怪奇物を読むと

いやいや待てよ
何も起こらなかったのではなく

もしかすると 自分が
気づかなかっただけで

あのとき 実は
平行世界の一つに

子供だった私は
知らぬ間に
移動してしまって
いたかもしれない

などと
江戸川乱歩もどきにでも
なったような気で

空想に 心地よく
耽ってしまうのだった

11/4/2023, 4:43:50 AM