白玖

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5/12/2023, 12:23:47 PM

[子供のままで。]

人生ループというものを皆さんは信じますか?
僕は、いや、俺は信じていません。
厳密には信じていなかった、というのが正しいでしょう。

俺はある日から人生のループに入った。特定の歳、特定の日付で僕は事故に遭い、人生を一からやり直している。今いる人生が何周目かだってもう覚えていない上に、巻き戻る度に記憶が引き継がれている。
面倒なので言ってしまおう、16歳の5月12日に俺は必ず事故に遭う。もう覚えてなんていないけどループに気付いた俺は何度も事故を回避しようと努力したのだろうが現状はこの通り、この忌まわしいループから抜け出せてはいない。
最初は驚きがあった、と思う。楽しんでいたとも思う、当たり前に。
超常現象的なものに巻き込まれはしたものの自分の記憶と頭脳はそのままなのだから、『この記憶と頭脳と人格を維持したまま子供の頃に戻って秀才天才と持て囃されたい』と人間一度は考えることを実際に体験できる状況にいるのだから、そりゃやらない訳ないじゃん?って話で。
でもそんなもの一回で十分なんだよ、2回も3回も何十回とやったら飽きが来るもんだよ。今俺の中にあるのは絶望しかない。
『子供のままでいたい』
そういう大人の考えも、16年と何百年しか経験してない俺でも理解は出来る。仕事、私生活、結婚、色々あって大変なのも理解してる。子供でいると親の世話になったままでいられるし、考えだって擦れずに何でも純粋に吸収できる。純粋な子供が、子供だった時は良かったって言う人もいるのも分かってる。

(でもさ――)

「っ……がはっ……くっ!」
『おい誰が膝付いていいって言ったよ、サンドバッグなんだからちゃんと立っとけよ。立たせろ』
『ういー。ほら、まだ終わってねぇぞー』
全身が痛い。何万回と殴られても痛みにだけは慣れない。悔しい、今度は腹を殴られた。血がボタボタと零れる。また吐血してしまった。あぁ、また汚したって怒られる、嫌だな。
『うぉーい!もう一発〜』
「う、ぐ……はっ、げほっ」
『は?手汚れたんだけど最悪だわ』
「はは、は、はははっ……」
口の中に残った血を目の前の奴に向かって吐き出すと奴はまた顔を醜く顰めて左の頬をグーで殴られる。くそ、最悪だ。意識が朦朧としてくる、何言ってんのか聞こえないんだよバカ。デカい声で喋れ」
『んだとっ……! おい、タバコ寄こせ』
両腕が離されて自然と地面に倒れ込む。
ずっとこうだ、何百回と繰り返した人生、ずっとこう。クソったれな人生だったのになんで俺は事故に遭った時「生きたい」と一瞬でも考えてしまったのか。16年間クソみたいな人生だったから生きて少しでも良い人生にしたいとでも願ったのか?我儘にもそんなことを願ったから、永遠にも続くこの地獄に落とされたのか?
なぁ、でもそれのどこがアンタのお怒りに触れたってんだよ、神様。当然のことを願っただけだろ。救えもしない人生を少しでも良くしたいって、それがそんなに悪いことだったか?俺みたいなクズにはそんなことを願う権利すら許されてなかったっていうのかよ。
「う"、ぁぁああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」

(でもさ――)

子供は、逃げられないんだよ。
金銭的にも精神的にも。
逃げようと思っても逃避先も逃げる為の金だってないんだ。
だから俺は、貴方達大人が羨ましくて仕方ない。

5/11/2023, 1:15:01 PM

[愛を叫ぶ。]

「君が朝雲の新しい新造か」
「はい。先日朝雲姐さん付きとなりました、まめと申します」
「そうか。よろしく頼むよ」
そう告げて貴方は柔らかに微笑む。
それが、貴方との初めての出逢いでした。
そして、私の初めての恋情が生まれた瞬間でもありました。

「青木様、お久し振りでございます」
頭を下げ青木様をお迎えする。朝雲姐さんのお客であった彼は、私の水揚げの話を小耳に挟んだらしく自らその役を名乗り出てくれた。どうしてかと問うと「まめには幾度となく世話になったからね」と、また貴方は笑顔を浮かべた。
「ああ。朝雲には会いに来ていたんだが、確かに君と会うのは久方振りだったか。元気にしていたかい?」
「……はい」
「どうかしたのかい? 随分と堅苦しいようだけれど」
「青木様に水揚げをしてもらえるとは思っていなかったものですから緊張を、しているようです」
これは本当のこと。ずっと慕っていた貴方に水揚げされることに張り裂けそうな程に胸が高鳴っているもの。でもそれ以上にこの胸中を埋め尽くすもので上手く笑顔が作れない。
「大丈夫さ、そんなに緊張しないでくれ。君の緊張が僕にまで伝わるようだ。そうだ、少し話でもしようか。遊女としての名はもう貰ったのかい?」
「はい、夕霧と」
「霧に隠れる夕陽か、美しい名だ。まめによく似合っているよ」
「そう、でしょうか?」
「そうだとも。君はどこか儚げな印象があるからね」
「青木様にそう仰って頂けるのなら、今後胸を張って夕霧を名乗れそうです」
「ああ、君にこの上なく似合いの名だよ。でも、そうか……まめもこれから遊女として客を取ることになるのか。顔も知らない男共に少し妬いてしまうな」
「ご冗談を。朝雲姐さんに怒られてしまいますよ?」
「朝雲はこんなことでは妬かないさ。僕は彼女にとっていつまでも数多いる客の一人でしかないんだからね」
「そんなことは……」
「いや、いいんだ、まめ。ありがとう」
また貴方は笑う。私の前で貴方は笑顔しか浮かべない。私では貴方の弱さをさらけ出せる相手にはなれないのだと、寂しげに笑みを浮かべる度に思い知らされる。
「酒を注いでくれないか、夕霧」
「……はい」

行燈の火が吹き消され、貴方の手が肌に触れる。
(お慕いしておりました)
姐さん付きとなり貴方に出逢ったその日から、一日たりとも貴方を忘れたことはありませんでした。
声にしてはいけない想いを胸中で叫びながら、私は貴方の熱に身を委ねる。

5/11/2023, 8:58:13 AM

[モンシロチョウ]

「おいで、そう……良い子だね」
彼女の指に一匹の紋白蝶が止まる。
「うわぁ、よく触れんね。俺には無理」
「なんで? 可愛いじゃん」
そう言いながらお前は俺の目の前に蝶の止まった指を持ってくる。
「うわっ、え、いやマジで虫無理だから指近寄らせないで」
目の前に差し出された手を蝶に触れないよう恐る恐る遠退かせる。
「言い方酷いって」
「蝶だって分類的には虫じゃん。ちょっと見栄えが他と違うからって調子乗ってると思うんだわ」
「え、ダジャレ?」
「違うし。ていうかダジャレって言い方やめてくんない? 韻踏んでるって言って。そっちのが格好いいし」
「はいはい。あ、写真撮った?」
「ん」
「うん、ありがとう。もういいよ、行っておいで」
風が吹いたタイミングでお前は指をゆっくりと跳ねさせて、蝶は風に乗って空に飛び立つ。
「どんな感じ?……お、上手く撮れてる。流石プロ」
「WPCで優勝経験のある俺に無償で蝶の写真撮らせるのなんてお前くらいなもんだわ」
「よっ、世界王者。いつもお世話になってます」
「舐めんなって、うおっ」
彼女が5枚目をスライドしようとした瞬間カメラを取り上げる。あっぶな。
「資料としてならこれだけでも十分だろ」
「まぁ、そうだね。ありがとう、帰ろ。帰りは私が運転してあげる」
「あ。じゃあ腹減ったから途中にあった中華屋寄らん?」
「それいいね。ていうかもうお昼なんだね今気付いた」
「蝶に夢中になりすぎなんだよ、お前は。どんだけ好きだよ」
彼女の頭を豪快に撫でると髪がぐしゃぐしゃになったお前は拗ねながら髪を手ぐしで直す。左肩に掛けているカメラの数枚を思い出す。一面の花園で蝶を指に止めようとするお前の姿。白いワンピース姿で指に蝶を止めて微笑みかけるお前の姿はこの世の何よりも綺麗だ。
まるで天使が舞い降りたかと錯覚してしまいそうになるほど。大嫌いな蝶でさえも写真の中では美しさを感じてしまうほどに写真の中のお前に恋い焦がれる。
「なんか考えるとさ、世界を取った写真家に無償で依頼してるの申し訳なさ強いね」
「なら金払うか? 俺結構高いけど」
「うぐっ……研究者は孤高なもんで……」
「おう、随分と良いように言い換えたな」
「ま、まぁ。今日は奢る!」
「朝飯は俺が奢ったんだよなぁ。って冗談だよ、気にすんなって」
「いつもご迷惑お掛けします」
「別にいいけど。あ、じゃあ今度ポートフォリオの制作手伝ってよ。それでチャラでいいから」
「なんでもお手伝いさせてもらいます!」
「よし、言ったな? 前言撤回とか無しだからな」
「え? え? 何させる気? ねぇ!?」
「足止めんな、ほら。早く戻って飯食いに行くぞー」
全く、次の制作が今から楽しみで仕方がない。今まではずっと恥ずかしがって被写体になってくれなかったけど俺は今言質を取った。ようやくちゃんとお前を撮ることが出来る。早く構成を考えて指示書を作り上げないと。

「知ってるか? 写真ってのはその時間、その瞬間を残酷なまでにありのまま映し出すんだ」
そして、写真を撮った人間の心も簡単に映してしまうものでもあるんだ。
お前を撮った俺の写真を見たら、お前の目にはどう映るんだろうか。

5/9/2023, 11:39:55 AM

[忘れられない、いつまでも]


僕には忘れられない言葉がいくつか存在する。
それらは僕が世界に絶望していた時に支えてくれた言葉。
僕を救ってくれた、僕にとっては何よりも尊い言葉だ。

その言葉は僕に『汚れなき純粋な愛』を教えてくれた。
『泥臭く生きる人生の貴さ』を教えてくれた。
『人生の真理』を教えてくれたものだった。
『苦痛の中で生きる術』を教えてくれたものだ。
『生きる』ということを俺に教えてくれたものだった。

誰かにとっては下らないと笑われるかもしれない。
僕が感銘を受けた言葉は誰かが作り上げたフィクションで、フィクションが全員が全員に受け入れられることはない。けれど、僕にとってこの言葉は人生を救ってくれた言葉の数々なんだ。
だからどうか、この手紙を手に取った君には下らないと一笑に付さずに考えて欲しいと思う。
君の人生について。
君の抱く愛について。
君の『生』について。

だから、ここに少しだけ書き記して置こうと思う。
彼らの言葉と、感情を。
この言葉が僕を救ってくれたように、また誰かを救うことを願って。君にとって、忘れられない言葉となってくれるようにと。


幸福に溺れることなく‥この世界に絶望することなく‥
ただ幸福に生きよ

誰かを幸せにしたかったら、まず自分が幸せになれ

全部の人に、俺は言います。
……生きてください。
ただ、生きてください。

どんなに幼稚でもいい。どんなに自己中心的でもいい
そこに意味があり、価値があれば、人は力強くそれを求めて生きられる

空が青ければ、茨の道も歩いて行ける

待て、しかして希望せよ

彼女が俺のために不幸になった
そう思うなら、今度は俺が彼女のために不幸になってやればいい
けど仮にそうなったとしても、俺は不幸だとは思わないだろう
人と繋がるというのは、そういうことだ。きっと

いたるところに欺瞞と猫かぶりと人殺しと毒殺と偽りの誓いと裏切りがある
ただひとつの純粋な場所は、汚れなく人間性に宿るわれらの愛だけだ

相手がどんな人間かなんて、こっちの勝手な思い込みに過ぎないんだ。

人間が欲しいのは、繋がりを実感してくれる何かで、それはきっとどれくらい気にしてくれるかどうかで決まるわけだ

面倒クセェのが人生だろ?楽しめよ


どうか、貴方の人生が希望に満ちた明るい光で満たされますように。

5/8/2023, 11:29:15 AM

[一年後]

溢れる溜息は白を纏いながら空気に溶ける。凍えるような寒さが肌を刺して、まるで心まで冷えていくようだ。俺を照らす陽だまりだった君と別れたのも、あぁ、そうだ。こんな風に肌を刺すように寒い去年の冬の日だった。

『別れよう』
『……急にどうしたの』
『急じゃない、ずっと考えてたことだよ』
『な、んで、そんな――』
『私達って付き合ってる意味ないんじゃないかな』
『……え?』
『貴方はいつも仕事最優先でデートだって全然出来てないし、マトモに休日が出来たとしても呼び出されたら私のことなんか放ってすぐ出て行っちゃうでしょ。最近なんか、ずっと会社で寝てて家にも帰ってこないし……』
『そ、れは最近大きな事件を任せられて、それでここで犯人を挙げられたら昇進にも近付くし、そうしたら君にも今よりも良い生活を送らせてあげられるって、それで――』
『ねぇ。私、そんなこと言った?』
『っ!』
『私の為にって言ってくれてるけど、私「今よりも良い暮らしがしたい」って言ったかな? ……私のせいにしないでよ』
『ちがっ、君のせいになんか――』
『してるよ。忙しいのは私のせい、だから少しくらい我慢しろって、そう言ってるのに気付いてない?』
『………………』

『私はね、良い暮らしや昇進なんかよりも貧しくてもいいから貴方と一緒に幸せになりたかっただけ、だったんだよ』
そうして俺は狂ったように仕事に没頭した。家に帰ればもういない君の面影を見つけてしまうから殆どの時間を仕事場で過ごした。同僚達からはうるさいくらいに心配されたものの俺は無事に昇進を果たしたが、代わりに支払った代償はあまりに大きすぎた。
君が隣にいてくれて初めて成り立つ幸せ。
そんな簡単なことにも気付けず、俺は何よりも大切にしなければいけなかった存在を傷付け、失った。
「さむ……」
マフラーに口を埋めると、ほのかに温かく自然と吐息が漏れる。踏切警報機が夜の靜寂を切り裂き、マフラーに顔を埋めたまま来る列車を眺め人の多さに今日が連休の最終日だったと思い知る。明るい車内で目に入るのは幸せそうに笑う人々。幸せそうに笑う彼らを直視出来なくて、逃げるように視線を地面に逸らす。
ガタガタと強い音を立てて列車は過ぎ去り、警報音が耳から離れ上がる遮断機を目で追――。
踏切の向こうにこの一年、ずっと忘れられなかった君の姿を見つける。
俺が傷付けて、後悔して、求め続けた君を見つける。
どちらともなく一歩ずつ足を進める。
手を伸ばせば触れられる距離の君にどんな顔で、どんな声で、どんな言葉をかければいいのか分からないはず、なのに。
それ以上に君とまた会えたことが嬉しくてつい笑みが零れる。それにつられて君も笑う。たったそれだけのことで冷えていた心が温かくなるのが分かる。

「……久し振り」

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