[初恋の日]
色が弾けた。
灰色に覆われた私の世界。
全てがくすんで、全てが色を持たなかった世界。
何をしても、何を見ても、感動などどこにもなくて。
何を聞いても、何に触れても、世界は灰色のままで。
私はこのまま灰色の世界に囚われて消えてしまうのだ。
悲観があった。
諦念があった。
この灰に覆われた世界で生きることに。
何をするでもなく、youtubeを開く。
おすすめ欄に出てきた動画を呆然と眺める。
(つまらない)
いつものこと。
そう、いつものことだ。
私の中にあったはずの感情と呼ばれたものたち。
それらは一体どこに消えてしまったのだろうか。
思案しようと思考を巡らせようにも、一体いつからこうなってしまったのか私には思い出せない。
(……あぁ、つまらない)
コメント欄には人々の沢山の感情が沈められている。
何かを面白いと感じたのはいつだったか。
何かを可愛いと愛でたのはいつだったか。
何かに怒りを覚えたのはいつだったか。
……感情が最後に動いたのはいつだったか。
自動再生されて次々と動画が流れていく。
名前を聞いたことのあるyoutuberの動画、可愛らしいと評判のペット動画、何かの解説動画、耳を撫でていくだけの音楽。
「あれ、これ……」
どこかで聞いたことのある音。
私はこれをどこで聞いた?
私はこれをいつ耳にした?
小さな引っ掛かりを覚える音。
(……あ、思い出した)
色が弾ける。
灰色の世界に鮮やかに飛び散った光彩。
色が弾けた。
灰色の心に飛び散る鮮やかな感情の欠片。
(おかえり。)
そして――
世界が生まれる音が聞こえる。
[明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。]
『バンドを解散します』『無期限で活動休止します』
それは何度も聞いてきた言葉だった。
その度に私の『世界』は崩壊しては再生を繰り返してきた。
好きなクリエイターを見つけて活動停止を宣言される度に世界から色が全て消えたかのような絶望に叩きつけられて、それまで私を形作ってた世界は呆気なく崩壊を迎えてしまう。どれだけ応援しても、どれだけお金を注ぎ込んでも、現地に行っても、どれだけ声を上げて叫んでも、何をしても、私達のようなファンは彼らの決定には逆らえない。
そんなこと意志を持つ人間を追い掛けた時から既に覚悟していたことだった。だから私達だってまた別の『世界』を求めて彷徨い歩き、新たな光を見つける。
新たな『世界』が自分の中に構築されようと、『崩壊した世界』の代わりは存在しない。『元いた世界』と『新たな世界』を同じくらい愛そうが、愛したアーティスト、クリエイターは自分の中で唯一無二の人として存在し続ける。
だからこそ、私は全てが愛おしい。
彼らの作り上げたものが。
彼らが残していくものが。
『世界』は日々、崩壊と再生を繰り返しているのだろう。
人はそれだけで一つの『世界』を構築している。
「だから私は解散しても活動を停止してもずっとファンで、好きでい続けるんだ」
そう空を仰ぎながら告げる君の目はひどく澄んでいた。
「私がファンでいる限り、忘れない限り、私の中に『彼らが作り上げた世界』が残り続ける。彼らの作り上げたものを、そこに込められた意志を語り継ぐことが出来る。それって永遠の時間を持つ『世界』にも等しいと思わないかい?」
白のカーディガンの裾を翻し、君はそう僕に問いかける。
「うん、そうだね。とても素敵な考え方だ」
「ありきたりな答えだね」
「違うよ、本当に素敵だと思ったんだ。君のようなファンがいてくれたら、クリエイター冥利に尽きるんじゃないかな」
そう言葉に出しながら、目頭は熱くなる。君の輝くような笑顔に涙は見せたくない。
世間のやめていったクリエイターの苦悩は分からない。やめて清々しているのか、後悔しているのか、様々な想いがあるだろう。
でも、それでも全力で作り上げて残したものを永遠にも等しい時間、愛し続けてくれる人が一人でもいるのなら、彼らは幸せだったと思う。
だから僕も願う。
僕の『世界』が終わってもどうか君のように僕が残した『世界』を一人でも愛してくれますように。
今『僕の世界』を愛しくれる人、これから『僕の世界』に触れてくれる誰かの為にも良い作品を作り上げよう。
そんな決意を新たに、僕は晴天を見上げる。
[君と出逢ってから、私は…]
君と出逢って私は不幸になりました。
その不幸は、とても激しく心臓を締め付け頭の中を掻き乱してくるものでした。
けれど一方では、とてもとても甘くまるで赤ワインのように私を心地良く酔わせてくるものでした。
君は知っていましたか?
『恋は劇薬』だと。
不幸を内包した、幸福の過剰摂取だと。
自分自身ですら気付かない内にその毒は体内へと進行し、じわじわと心を、頭を、身体を壊していくのです。
そしていつしか、その劇薬に身を浸すことに心地良さを覚えるのです。
たちの悪い劇薬ですが、解毒剤など存在しないのです。
ああ、たった一つだけ解毒剤が存在していましたね。
『愛』という名の解毒剤が。
君はどうですか?
君の【それ】は『恋』ですか?
君が抱くものは『愛』ですか?
君が抱いているものが『愛』と呼ばれるものであるならば
どうか、私の心を蝕む『恋』と呼ばれる劇薬を
君の『愛』で溶かしてほしいと
[大地に寝転び雲が流れる…目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?]
「恩返しにきたよっ!」
「…………は?」
ちっこいガキが空をバックに俺を見下ろす。
「えっ……は?」
「だからぁっ、恩返しに来たんだって!」
「おん、返し……?」
「そう!」
「なんで、お嬢ちゃんが、俺に? 何処かでお会いしましたっけ、俺達」
「うん!!!」
「…………………………………………えぇー」
断言されてしまった。どうしよう、全く身に覚えがない。俺の人生にこんなお嬢ちゃん出演してきたことあったか? あったら流石に覚えてるだろ。
「えっと、何処で、お会いしましたっけ?」
「ここ!」
「此処!?」
いやいやいやいやいやいや、ありえん。この何もない草原で? 見晴らしがいいけど誰も来ない俺の特等席で? ……無いな。
「人違いだと思うな、お嬢さん。 お父さんとお母さんは何処かな? 女の子がこんな山奥に一人で来たら駄目でしょ。ほら、一緒に探してあげるかr――うわっ!」
起き上がろうとした瞬間、眼の前の嬢ちゃんに思いっきり額を押し返されて頭が地面に叩き付けられる。草が茂っていたから痛みは感じなかったものの、小さい子供、しかも女の子に押し返された心境は最悪でしかない。
が、俺は大人なので我慢して極力怖がらせないようにと笑顔を浮かべる。
「お、お嬢さん? 一体どうして頬を膨らませているのかな…」
むくれたいのは正直俺の方な気がしてならない。誰も来ない特等席の草原で気持ちよく昼寝をしてたら突然ちっこい女の子に意味不明に絡まれてる。狐にでもつままれた気持ちだ。誰か助けてほしい。
「わ、たしは!おにーさんに、た、すk……った、き…っ…す、だから恩返しに来たの!」
「ご、ごめん。恩返ししか聞こえなかった。もう一回、言ってくれる?」
そうこうとしてるうちに辺りが夕陽に照らされる。この子がどこから来たのか、どうして俺に恩返ししたがってるのかは分からず終いだったがこんな子供を一人で山に置いていく訳にもいかず。
「いいか? 今日だけ仕方なく泊めるけど、明日はちゃんとお父さんやお母さん一緒に探すぞ。あ、あとちゃんと「このお兄さんが助けてくれた」って説明もするんだぞ? 」
「……………………」
「返事は?」
「……………………………………はぁい」
「ったく」
不服そうな態度を隠そうともしないこいつの態度につい笑みが零れた。ただの子供にしか見えないし繋いでいる手だって子供のそれでしかない。一切素性も知らない子供だっていうのに、俺は何故か不信感を抱いてはいなかった。
多分それはこの子の目が最初に合った時から真っ直ぐに俺を見ていたからだろう。
人間関係に疲れて逃げるように移り住んだ山間の田舎。時間がゆっくり進む場所にいたら疲弊し擦り減った心も癒やされるのではないかと思っていた。
この出会いが何をもたらすのか今の俺には見当もつかない。
それでも一つだけ、変な確信を持ってしまっているんだ。
この出会いが俺にとって『良い縁』であるんだろう、ってさ。
[「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて。]
貴方には一度も感謝を伝えることが出来なかった。
貴方の言葉に幾度となく救われたって言うのに、私は貴方に何一つ返すことも出来ずに貴方の前から去ってしまった。
12年前のあの時、何も伝えられずに貴方の前から去ったことを私が今でも後悔してると知ったら貴方はまた「馬鹿だな」って笑ってくれるかな。
『お前はお前だよ』
『仮面なんか被る必要ないよ』
『お前は十分いい子だよ』
『俺は取り繕わないお前の方が好きだよ』
悪友のようでいて、親友のようにも親身になってくれた優しい人。
貴方が寄せてくれた好意がどれだけ純粋なものだったか、私は今になって気付いたの。
ねぇ、もしもあの時、私が貴方の手を取っていたら何かが変わっていたのでしょうか。
彼の手ではなくて、もしも貴方の手を取っていたらと、考えてしまうの。
あの時の私は子供で貴方に抱いていた感情の名前にすら気付いていなかったの。
でも今なら分かるよ。
あれはきっと恋だったんだって。
貴方はどうだったのかな、皆が彼の味方をしていた時に私の味方でい続けてくれた貴方。
悔しくて悲しくて『恋』が分からないまま逃げるように去った時も唯一引き止めてくれた貴方。
貴方の名前を覚えているの。忘れたことなんか一度もない。
大切な、大切な恩人で私の「初恋」の男の子。
貴方がくれた沢山の言葉を覚えているのに、声も顔も思い出せないの。あれだけ助けてくれて好きだった貴方をもう、思い出せない。
今でも貴方がくれた言葉はどれも宝物だよ、今だって辛い時に思い出すのは貴方の言葉なの。
貴方は今幸せでいてくれているかな、幸せでいてほしいな。
貴方と私の人生が交わる日は二度と訪れないけれど、
この言葉が、想いが貴方に伝わることは生涯ないけれど、
貴方に幸せになっていてほしいと心の底から願っているけれど
それでも、考えてしまうんだ。
また貴方に会えたら、って。
その時は、あの時気付けていなかった想いを告白したいな。
叶わなくてもいいから、「ありがとう、大好きだったよ」って貴方に伝えたい。
貴方が手作りしてくれた星座のキーホルダーをつけて、今度こそ、ちゃんと。