白玖

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5/23/2023, 3:30:44 AM

[昨日へのさよなら、明日との出会い]

「毎日を大切に生きろって言うけど、無理だよな」
「いきなりなんですかー。タスク処理完璧に終わって暇なんですかー?」
「まぁそれもあるから雑談吹っかけた訳でもあるけど、なんか気になってさ」
「後輩の仕事の邪魔するって先輩としてどうなんですかw 別に良いですけどー。で、毎日を、何でしたっけ」
「毎日を大切に生きろって無理じゃないかって話」
「そもそも『大切に』っていうのが個人の尺度で測れるものだし、大切に生きる=有益に生きるって訳じゃないし本人が大切に生きてたらそれで良くないですか? はい論破ぁ〜」
「冷めてんなぁ」
「冷めてると言われましてもこれが私なので☆」
「おいキャラ変わってんぞ」
「おっと失礼。では私はこの雑談中に残りの雑務も終えたので帰ります! お疲れ様でーす」
「お疲れー」『お疲れ様です』

毎日はそんなに代わり映えなんてしない。平日の昨日と今日で何が変わるかと言えばご飯や帰って見るドラマや映画が違うだけ。確実にそうだと思うけどこれは絶対私だけじゃないと確信してる。
まぁ、恋人とかがいたら日常に変化があるのかもしれないけど生憎と私には恋人と呼べる存在はいない。……好きな人は、いるけど。

んっ、んっっ!

とりあえず、毎日なんてそうそう簡単に変わらないということでさ。昨日も仕事して、帰って、家事して、好きに休んだんだから今日だって同じことの繰り返しなんだよ。明日だってそうだと思うよ。だからさよならって決別の挨拶も明日への出会いの期待もさ、必要ないと思うんだよ。
明日への出会いって言い換えれば明日への希望とか期待、みたいなものじゃない?抱くのは全然アリだし良いことだと思うけど、期待や希望って良い面だけじゃなくて失敗しちゃえば失望もしちゃうし、成功しないと余計に疲れちゃうことにならない?長い人生だし、毎日決別して期待して時には失望してっていうのは疲れるもんね。
先輩が言ってた『日々を大切に生きれば』それでいいと思うよ。毎日を無為に生きてても、明日がどうだ昨日がどうだ関係なくて、そもそも生きてるだけで君たちは頑張ってるし偉いんだよ!だからこれからも頑張って生きていこう!ってことで!

え? 暴論? 結論違う? 議題から外れてる?
い、いいの!語るの疲れたから終わりっ!
以上!!

「あーあ、脳内で一人で語る癖直したい……」

5/22/2023, 3:42:24 AM

[透明な水]

水は無色透明で一見全てを見透かしているようにも見える。
だが、溶けてしまえばそこに何が入っているのかを隠すものでもある。

「はい、どうぞ」
ありがとう、と君は僕の手からカップを受け取り、薬を流し込む。日常的に向精神薬を服用する彼女を、僕は見詰める。この現代社会でストレスフリーに生きることの難しさはよく知っている。生きるのが辛いと、生きていたくないと、君はよく口にする。僕は彼女を愛している。だからこそ、この地獄から彼女を解放させてあげたいと常々考えている。いくら彼女を愛する僕がいたとしても彼女にとってここは生き地獄でしかない。愛は全てを解決する訳ではないと君と出会って知った。一度植え付けられた絶望は簡単には消し去れないと僕は知った。上書きして、騙し騙し生きていくしかない。傷が深ければ深いほど愛にすら目を背けてしまう。

君からコップを受け取り流しで軽く洗い、食洗機の中に置いておく。
君は料理をしないから食器棚の奥に隠してある粉薬の存在を知らない。

君を愛してる。その弱さすら愛おしくてたまらない。
君の傷を癒やしてあげられたら良かったけど、君の傷は僕の想像の何十倍も深くて、傷付き苦しんでる君を本当の意味で癒やしてあげることが出来ない。
ただ側にいて、苦痛が終わる日が訪れるまで愛してあげることしか出来ない。
端から見たら僕の行動は間違っていると言われるのかもしれない。この行為は犯罪で、本当に助けてあげたいなら別の道を探すべきだと、言われるかもしれない。
精神科に行ったり、自己啓発セミナーに行ったり、薬に頼ったり、変わろうと努力したり、やれることを全部やれるだけが人間じゃない。
自己肯定感や存在理由を意味もなく叩き壊され、スタートに立てずに終わる人だっている。そんな人の背中を無理やり押すことが助けだとは思えない。
ただ寄り添い合い、歩幅を合わせて一歩ずつ一緒に歩くのが正しいと考えている。
一度壊れてしまった心は、時が経ってもふとした拍子でまた壊れてしまうものだから。

だから僕は君を失ってしまうとしても、君がこの世界から逃げ出したいというのならそれを手伝ってあげたい。苦痛に満ちたこの世界から君が助けてほしいと言うなら、手伝わせてほしい。一緒に逃げてと言ってくれるなら何の未練もなく君と一緒に歩いていける。

だから僕は
無色透明な水に、君への愛を隠(とか)す

5/20/2023, 11:10:45 AM

[理想のあなた]

貴方なんか、嫌いだった。
第一印象は今まで出逢った人の誰よりも最悪で、話す度に衝突して。ムカつくーって、悔しいって思ったことだって数えられないほどに沢山あって。絶対に好きになれないと思ってた人だった。顔だって好みじゃないし、性格なんて水と油みたいに全然合わなくて。

でも、私は今貴方の隣で笑ってる。

同期で切磋琢磨して対立して、時には協力して、貴方の優しさに触れて、貴方の心に触れた私が貴方を好きにならないはずがないでしょう。
貴方を知って理想なんていとも簡単に変わるものなんだって気付いた。お金持ちが良い、とか。イケメンな方が良い、とか。高学歴じゃなきゃ嫌だ、とか。そんなものどうだって良くて、ただ『貴方』に恋をして、貴方を愛した。

「皆のところに話に行かなくて良いの?」
「ん」
「なんで?」
「一生に一度のウエディングドレス姿をまだ目に焼き付け足りないから」
「なぁにそれ」
クスクスと笑うと貴方もつられて笑う。窓から見える空は雲一つない晴天。私達の新たな門出を祝福してくれるように太陽の光が降り注ぎステンドガラスがキラキラと輝く。
「晴れてよかったね」
「そうだな」
貴方が窓の方を向いて頷く。横顔がいつにも増して嬉しそうなのはきっと私の気の所為じゃないよね。どうしよう、こんなに貴方が愛しい。結婚式だから余計にそう感じてしまっているだけ?それとも……。

「……っ」
「っ、何。いきなりキスとか、びっくりするんだけど」
「驚いた? なら成功〜」
妙に気恥ずかしくなって、よく分からないテンションになっちゃった。その目やめて。自分でもバレバレな照れ隠しになってるの気付いてるんだからニヤニヤしないで。嬉しそうに笑わないで。

『ね〜!』
タイミングを計ったみたいに友達が手を振ってこっちにやってくる。
「あっ……」
「俺も少しあいつらのとこ行ってくるわ」
「……うん」
席を立ち、友人達の所へ向かう貴方と入れ替えに友達がやって来る。話しながら彼の方をチラチラと覗き見る。うなじを掻きながら話し込んでいる。
(何話してるんだろ)
『も〜、ほんっとうに旦那のこと好きだよね』
「えっ!?」
『そうそう! 最初は「あんな奴絶対に好きにならない〜」とか言ってたのに』
「そ、それは彼のこと知らなかったからで……!」
『はいはい』

こんなにも愛しく想える人に出逢えた奇跡に感謝しよう。
どうかこの愛が生涯枯れることのありませんように。

5/20/2023, 2:54:29 AM

[突然の別れ]

「君は、夕霧じゃないかい? 久方振りじゃないか」
「青木様。ようこそお越し下さいました」
「少し見ないうちに娼妓の振る舞いが板に付いているじゃあないか。誰かと思ってしまったよ、とても綺麗になったね」
「ありがとうございます。……本日も朝雲姐さんにお会いに?」
「ん? ああ、そんなところかな」
珍しく歯切れの悪い貴方の言葉にどうしてか汗が一筋伝う。
「青木様?」
「あ、ははは。やはり駄目だな、君に隠し事は出来ない」
「ええ。ですからどうか白状なさって下さいませ」
心中など悟らせないよう、上品に口元をしならせて彼を見詰める。夕霧の名を頂き3年が経って身に染み付いた笑顔。彼の前でだけは出逢った時のまま、昔のままでいたいのに娼妓としての立ち振る舞いが私を『まめ』ではなく『夕霧』へと変えてしまう。
彼と出逢ったのは朝雲姐さんのお付きをしていた頃。朝雲姐さんのお客として妓楼に来ていた貴方と言葉を交わすうち、私は貴方を慕うようになっていた。恋い慕う貴方に水揚げをしてもらえた幸福は今でも鮮明に思い出せる。想いが叶わずとも貴方を慕う心は『夕霧』となってた今だって何一つ変わってなどいないのです。
「実はね、朝雲を落籍することになったんだ」
「……落籍、ですか」
口内の水分が全て蒸発してしまったかのように一気に喉がひりつく。
落籍、落籍?
「それはそれは。おめでとう、ございます」
「ああ、ありがとう。つい先日ようやく朝雲が受け入れてくれてね」
「朝雲姐さんもさぞお喜びになっているでしょうね」
「そうなんだよ、普段通りだと本人は話しているが仕草が浮足立っていてね。愛らしいよ」
「でしたら本日は旦那様に身請け話のことでいらしゃっていたのですね。何故隠したりなどしたのですか? こんなに喜ばしいことなのに」
こんな話を聞いて笑顔の一つも絶やせない『夕霧』が憎らしい。喜ばしいだなんて嘘。心の底から嬉しそうな貴方が憎らしい。だって、姐さんを身請けしたら貴方はもう此処に出向かないのでしょう?会えなくて辛い想いをするのは私だけなのでしょう?
「夕霧、泣いているのかい」
「……え?」
あの日以來、初めて感じる貴方の体温。目元を親指で拭われて自分が涙を流していることに気付く。
「君は朝雲を実の姉のように慕っていたからね、君の気持ちを考えずについ浮かれてしまっていたらしい。大丈夫かい?」
「青木、様……。いいえ、大丈夫です。私も本当に嬉しく思っているのです、本当に……」
会えなくなって身を焦がすのは私だけ。水揚げして頂いたからといって彼の目には最初から朝雲姐さんしか映っていないのも昔から知っていた事。
でもこうして姿を見掛けるだけで幸せだったのです。貴方に見付けてもらうことが何よりも嬉しかったのです。言葉を交わせるだけで心が満たされていたのです。
「まめの泣く姿を見るのは初めてだったか」
「も、うし訳ありません」
「いや、気にしないでくれ。……なぁ、今夜は暇かい?」
「……はい」
「そうか、なら部屋で待っていてくれるかい? 旦那に話を通した後、そちらに向かうよ。今日は君が泣き止むまで隣に居させてくれ」
(……酷いお方)
貴方はどこまでも残酷なことをしてくださる。私の思慕に気付かずにただ優しく私を包み込もうと心を砕いてくださる。いっそのこと捨て置いて下さったら私は貴方を忘れられたというのに。
だから私は生涯貴方を忘れられないのでしょう。
この地獄で出逢った貴方を慕い続けてしまうのでしょう。

――嗚呼、誰か。どうか
――この身を焦がす炎を、他でもない貴方自身に
――吹き消してほしい

5/18/2023, 1:20:42 PM

[恋物語]

恋の定義は人によってあやふやなものなのだ。例えば、恋愛対象が人間以外でも恋だと言う人もいれば認めない人間もいるだろう。だが当人が恋だと言ってしまえばその想いは『恋』になりえる。恋というものはまるで善悪のように、個人の尺度で簡単に測れてしまう酷く曖昧なものでしかない。

「……だから、貴方の行為も恋だと?」
ああ。私の想いは紛れもなく恋なのだ。こんなにも胸が高鳴り、心が弾み、愛しさが込み上げる。これを恋と言わずして一体何と言えばいいのだろうか。この想いを他に言い表す術があるのならどうか私に教えてはくれまいか。

「……狂気」
狂喜?狂喜か、ああ悪くない。悪くないとも。私はこんなにも喜びに満ち溢れているのだから。気の狂いそうな程に長い時間私はきみたちに会えなかった、その苦しみを耐えた末にようやく見出した喜びだ。素晴らしい名前を付けてくれた、感謝しよう。これは恋で、狂喜で、哀しみで、愛で、救いだ。私からきみたちへ送るこの世で最も尊い愛の形だ。

「……救いですか?」
そうだ、愛であり救いでもある。きみは生まれ落ちた瞬間に幼子が泣くという話を知っているだろうか。原典はシェイクスピアの戯曲リア王の一節が元となっているのだ。『人間は泣きながらこの世に生まれてくる。阿呆ばかりの世に生まれたことを悲しんでな』とね。真理を兼ね備えた美しい言葉だと思わないか?賢いきみなら私の言いたいことは理解しただろう。これは絶望ばかりの世界から救い出す私からの慈悲なのだ。

「では、何故『恋』と呼ぶのですか?」
…………………………。
「『慈悲』や『救い』というのは利他的な感情です。その点『恋』という感情は利己的なものでしょう」
恋という感情が利己的だという認識も個人の認識の一つに過ぎないだろう。私にとって『恋』という感情は『救い出す』きみたちに捧げる『愛』の形なのだよ。

「貴方は先程『胸が高鳴り心が弾み』と言った。今行っている行為に貴方自身の喜びを見出していることを自ら証明したのでは?」
……成る程、成る程そうか。私はいつからか救いではなく利己的な欲望の為にこうしていると、きみはそう言いたいのか。ああ、言われるまで気付かなかったな。確かに私はこの行為自体に己自身の喜びを見出してしまっているようだ。ありがとう。きみとの会話はとても為になったとも。どうかきみに感謝の念を捧げさせてくれ。ああ、きみとの対話の幕が閉じてしまうのが心の底から名残惜しく感じてしまう。私はこんなにもきみとの対話に心弾ませていたのかと愚かにも終幕が近付き気付いてしまうだなんて、きみも愚かだと思うだろう?

「いいえ。愚かだとは思いません」
これがきみたちの定義する『本当の恋』なのだろうかと言ったら笑うかい?

「笑いません、貴方が先程仰ったように恋というのは目に見えない曖昧なものですから」
では、きみを惜しむこの想いを私は『恋』と呼ぼう。愛し子よ、きみに救いの光が降り注がんことを。


貴方がどれほど正当化しようともこの行為は犯罪でしかない。
他者の生を侮辱し否定し踏み躙る行為に他ならない。
この物語の結末に待つのは片や悲劇で片や歪んだ恋物語の一頁に過ぎないのだから、これ以上語ることなどありはしない。
私は審判を待つように目を閉じる。
最後に見たものは殺人犯には到底見えない貴方の美しい微笑みだった。

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