[モンシロチョウ]
「おいで、そう……良い子だね」
彼女の指に一匹の紋白蝶が止まる。
「うわぁ、よく触れんね。俺には無理」
「なんで? 可愛いじゃん」
そう言いながらお前は俺の目の前に蝶の止まった指を持ってくる。
「うわっ、え、いやマジで虫無理だから指近寄らせないで」
目の前に差し出された手を蝶に触れないよう恐る恐る遠退かせる。
「言い方酷いって」
「蝶だって分類的には虫じゃん。ちょっと見栄えが他と違うからって調子乗ってると思うんだわ」
「え、ダジャレ?」
「違うし。ていうかダジャレって言い方やめてくんない? 韻踏んでるって言って。そっちのが格好いいし」
「はいはい。あ、写真撮った?」
「ん」
「うん、ありがとう。もういいよ、行っておいで」
風が吹いたタイミングでお前は指をゆっくりと跳ねさせて、蝶は風に乗って空に飛び立つ。
「どんな感じ?……お、上手く撮れてる。流石プロ」
「WPCで優勝経験のある俺に無償で蝶の写真撮らせるのなんてお前くらいなもんだわ」
「よっ、世界王者。いつもお世話になってます」
「舐めんなって、うおっ」
彼女が5枚目をスライドしようとした瞬間カメラを取り上げる。あっぶな。
「資料としてならこれだけでも十分だろ」
「まぁ、そうだね。ありがとう、帰ろ。帰りは私が運転してあげる」
「あ。じゃあ腹減ったから途中にあった中華屋寄らん?」
「それいいね。ていうかもうお昼なんだね今気付いた」
「蝶に夢中になりすぎなんだよ、お前は。どんだけ好きだよ」
彼女の頭を豪快に撫でると髪がぐしゃぐしゃになったお前は拗ねながら髪を手ぐしで直す。左肩に掛けているカメラの数枚を思い出す。一面の花園で蝶を指に止めようとするお前の姿。白いワンピース姿で指に蝶を止めて微笑みかけるお前の姿はこの世の何よりも綺麗だ。
まるで天使が舞い降りたかと錯覚してしまいそうになるほど。大嫌いな蝶でさえも写真の中では美しさを感じてしまうほどに写真の中のお前に恋い焦がれる。
「なんか考えるとさ、世界を取った写真家に無償で依頼してるの申し訳なさ強いね」
「なら金払うか? 俺結構高いけど」
「うぐっ……研究者は孤高なもんで……」
「おう、随分と良いように言い換えたな」
「ま、まぁ。今日は奢る!」
「朝飯は俺が奢ったんだよなぁ。って冗談だよ、気にすんなって」
「いつもご迷惑お掛けします」
「別にいいけど。あ、じゃあ今度ポートフォリオの制作手伝ってよ。それでチャラでいいから」
「なんでもお手伝いさせてもらいます!」
「よし、言ったな? 前言撤回とか無しだからな」
「え? え? 何させる気? ねぇ!?」
「足止めんな、ほら。早く戻って飯食いに行くぞー」
全く、次の制作が今から楽しみで仕方がない。今まではずっと恥ずかしがって被写体になってくれなかったけど俺は今言質を取った。ようやくちゃんとお前を撮ることが出来る。早く構成を考えて指示書を作り上げないと。
「知ってるか? 写真ってのはその時間、その瞬間を残酷なまでにありのまま映し出すんだ」
そして、写真を撮った人間の心も簡単に映してしまうものでもあるんだ。
お前を撮った俺の写真を見たら、お前の目にはどう映るんだろうか。
5/11/2023, 8:58:13 AM