[一年後]
溢れる溜息は白を纏いながら空気に溶ける。凍えるような寒さが肌を刺して、まるで心まで冷えていくようだ。俺を照らす陽だまりだった君と別れたのも、あぁ、そうだ。こんな風に肌を刺すように寒い去年の冬の日だった。
『別れよう』
『……急にどうしたの』
『急じゃない、ずっと考えてたことだよ』
『な、んで、そんな――』
『私達って付き合ってる意味ないんじゃないかな』
『……え?』
『貴方はいつも仕事最優先でデートだって全然出来てないし、マトモに休日が出来たとしても呼び出されたら私のことなんか放ってすぐ出て行っちゃうでしょ。最近なんか、ずっと会社で寝てて家にも帰ってこないし……』
『そ、れは最近大きな事件を任せられて、それでここで犯人を挙げられたら昇進にも近付くし、そうしたら君にも今よりも良い生活を送らせてあげられるって、それで――』
『ねぇ。私、そんなこと言った?』
『っ!』
『私の為にって言ってくれてるけど、私「今よりも良い暮らしがしたい」って言ったかな? ……私のせいにしないでよ』
『ちがっ、君のせいになんか――』
『してるよ。忙しいのは私のせい、だから少しくらい我慢しろって、そう言ってるのに気付いてない?』
『………………』
『私はね、良い暮らしや昇進なんかよりも貧しくてもいいから貴方と一緒に幸せになりたかっただけ、だったんだよ』
そうして俺は狂ったように仕事に没頭した。家に帰ればもういない君の面影を見つけてしまうから殆どの時間を仕事場で過ごした。同僚達からはうるさいくらいに心配されたものの俺は無事に昇進を果たしたが、代わりに支払った代償はあまりに大きすぎた。
君が隣にいてくれて初めて成り立つ幸せ。
そんな簡単なことにも気付けず、俺は何よりも大切にしなければいけなかった存在を傷付け、失った。
「さむ……」
マフラーに口を埋めると、ほのかに温かく自然と吐息が漏れる。踏切警報機が夜の靜寂を切り裂き、マフラーに顔を埋めたまま来る列車を眺め人の多さに今日が連休の最終日だったと思い知る。明るい車内で目に入るのは幸せそうに笑う人々。幸せそうに笑う彼らを直視出来なくて、逃げるように視線を地面に逸らす。
ガタガタと強い音を立てて列車は過ぎ去り、警報音が耳から離れ上がる遮断機を目で追――。
踏切の向こうにこの一年、ずっと忘れられなかった君の姿を見つける。
俺が傷付けて、後悔して、求め続けた君を見つける。
どちらともなく一歩ずつ足を進める。
手を伸ばせば触れられる距離の君にどんな顔で、どんな声で、どんな言葉をかければいいのか分からないはず、なのに。
それ以上に君とまた会えたことが嬉しくてつい笑みが零れる。それにつられて君も笑う。たったそれだけのことで冷えていた心が温かくなるのが分かる。
「……久し振り」
5/8/2023, 11:29:15 AM