20歳
私の年齢だ。
20歳にもいろいろある。大学生の20歳か、社会人の20歳か。早生まれの20歳か、そうじゃない20歳か。
大学生だとしたら四年制大学に通っているのか、三年制に通っているのか、2年制に通っているのか、はたまた留年しているのか。
社会人だとしたら高校生から働いているのか、短大を卒業して働いているのか、退学して働いているのか。
早生まれの20歳か、そうじゃない20歳か。
そもそもニートとか。
実家暮しか、一人暮らしか、施設暮らしか。
もっと色々属性があるかもしれない。外国で暮らしているとか、子どもがいるとか、結婚してるとか、離婚してるとか。
同じ20歳と言っても、これだけちがう。
20歳と聞いた時に思い浮かぶことというのは、とても狭義的なものなのだ。
広義的に考えたとき、どうなのだろうと、たまに考えることも、大切なことではないかと、児童相談所の一時保護所でバイトした経験から思う。
(お前の、ことが、嫌いだ)
心の中で彼にそう言う。
物腰の柔らかい、穏やかな表情や口調で彼は私の隣の男性と接している。
彼はあまりにも綺麗な顔をしていて、知的な声をしていて、少し間違えば、簡単に皆、彼に堕ちてしまう。
「待たせてしまって、ごめんね、終わったよ」
「行こうか」
そして私に微笑んで声をかける。
彼は、きっと裏表がないのだろう。
こんな身分の違う私に、誠実に優しく接する。
「……はい」
その背に、ついていく。
「…っと、あれ、…あれ?ごめん、さっきの資料どこにやったっけ…?」
「……先程、ジャケットの左ポケットに折りたたんで入れていたところをお見かけしました」
「あっ……ははは、うっかりしてた。ありがとう。参ったな…しっかりしないと…」
そう言って、少し落ち込んだみたいに俯く。俯いた時、落ちた睫毛の影があまりに綺麗だった。
そして、気を取り直したように、私の目を見た。
「君がいるから僕は周りの人からとても評価してもらえる。君のおかげだよ。ありがとう」
そして、柔らかく、真っ直ぐに彼は笑った。
この人の瞳に、声に、笑顔に、いちばん夢中になっているのは誰だろう。
この人がいつか許嫁と結ばれることを、1番苦痛に感じているのは誰だろう。
彼が前を向いたあと、ぎゅ、とめをつむる。
嫌いだ。
きらい。
お前のこと。
いつか違う人と結ばれるお前のこと。
身分不相応な思いを抱いている自分のこと。
お前なんて、嫌いだ…
自分と全く逆の性質や性格を持っている人のことというのは、逆に、とても深く理解することができるのだと思う。
だから僕は、彼のことを、望んではいなかったが誰よりも理解していた。
それは彼も然りだったのだろう。
だから僕らは、お互いに目を合わせずに、避けて生きていた。
だから、この不思議な世界に入って、初めて会った───この不可解な状況下で、おそらく自分以外の唯一の人間であろう相手が、彼であることに、お互いに気まずさを感じていた。
だが、話さなければ始まらないのだ。
僕は口を開いて、彼と初めて目を合わせた。
隣に横たわった兄の頬に、雪が降っている。
目の見えない双子の兄は、雪をどのように感じているのだろうと、ぼんやり思った。
「…しんしんと、降るんだよ」
「本当に、しんしんと」
僕の心がわかっているかのように、兄が答える。
「…そうなんだ」
「……うん。誰が言ったんだろう。雪がしんしんと降っているだなんて。……全くその通りなんだ。」
「すごく静かなんだ。どこも、かしこも。雨が降るときは、コンクリートのかたさ、だとか、車の水たまりを跳ね返す音、だとか、そういうのが全部耳から入ってくるのに、雪が降るときは静かなんだ」
「風の音はするけれど、風がないとき、ここはどこなんだろうって気持ちになる。それはとても心地がいい。僕は雪が好きだよ」
───お前は?
そう、兄に問われる。
少し思案する。
「………オレも、雪がすきだよ。たぶん。」
それで言葉に詰まる。
兄は自分の世界をとても美しい言葉にして僕に伝えてくれるのに、僕は僕の世界を上手く伝えられない。
同じ遺伝子なのに、どうしてここまで違うのだろうか。
それでも兄は僕の言葉を待っていてくれている。
兄がいると、沈黙さえ美しい時間になる。
「雪は…真っ白なんだ。兄さんの持つ、しろいつえみたいに…。いや、少し違うな…。白くて…でも、よく見ると、透明で……。光を吸い込んでるみたいに、雪があるところは明るいんだ……。それが、たしかに、すごく……綺麗で……」
僕がそれきり言葉を紡げなくなると、兄さんが優しく微笑むのがわかった。
「そっか」
そう言って、しばらくそのままでいた。
「寒くなってきた。もう、夕方かな」
兄が言う。
たしかに、もう、暗くなってきていた。
でも、僕は戻りたくなかった。
そうすると兄が立ち上がって、僕に手を伸ばした。
「帰ろう。ついてきなよ」
「今日は僕が、お前を家まで連れて行ってやる。時間かかると思うから、お前は好きな話でもしてろよ」
兄が明るい顔でそういうのを、眩しく見て、その手を取った。
そして手を繋ぎながら歩く。
いつもの帰り道を、ゆっくり、ゆっくり歩いていた。
手を繋ぐ。
頭を撫でる。
背中をさする。
ほっぺを包む。
どれだけ文化が違っても、話す言葉も、信じる神さまも違くても、誰もが知っている温もりだった。
不思議なことだった。
繋ぐ手の温度があたたかい。
この世界に、2人だけしか、いないのだ。
僕らは、同じ性別で、子どもを残すこともできない。
そんな中で、生きていこうと言うのか。
何を希望にすればいいのか。
谷の上から、かつて人が暮らしていたはずの、巨大廃墟となってしまった都市を眺める。
僕らふたりが残されたことに、なんの意味があるのだ。
これは何かの呪いなのか。
そう思うのに、僕らは、この世界で、息をしている。
握る手が強くなる。その手を、握り返す。
「なあ」
「……行こう」
「……うん」
目が合う。そして、微笑む。
手を繋いだまま廃墟にかけ出す。
生きる理由なんて、ない。
ただ、お互いがあまりにも大切で。
それだけでいいと、思えるだけなのだ。