記憶の中の、光はなんだろう。
私の中のそれは、あの絵かもしれない。
ゴッホの夜のカフェテラス。
子どものころ、あの絵を、家の中にある埃を被った画集の中から見つけたとき、本が光っているみたいに見えた。
本当に印象的な絵だったんだ。
それがもうすぐ、見れるなんて。
いつだろうか。いつか、遠い昔。
私がまだ彼と肩を並べて、命を救う仕事をしていたときのこと。
彼が、不意に、「茶畑の、夕焼けが見たい」と言ったのだ。
仕事をしているときに、彼がそんなことを言ったことがなかったので、私は驚いてしまった。彼も、自分で自分の発言に驚いたようで、「すまない、違うんだ。…忘れてくれ」と言った。
けれど、その日は誰も怪我人はおらず、急ぎの仕事もなかった。気がついた時には、すぐに真剣な顔で仕事に戻ってしまった彼の、腕を、掴んでいた。
「っ……」
驚いた彼が、私の目を見る。ああ、この人の目はいつも、なんて真っ直ぐなのだろうか、と関係の無いことをぼんやりと思う。
「……今日の仕事は、これくらいでいいと思うよ?偶には休憩も必要だ。……ねぇ、一緒に夕焼けを見に行こうよ」
核心を突かれて、心がざわめいた。
私は自分より文章が上手い人がいると、心が苦しくなるのだ。
ずっとずっと、文章力だけが私のアイデンティティだと思っていた。誰にも負けないものだと思っていた。
だけど、いざネットの世界を見てみると、私より文章が上手い人なんて星の数ほどいて、私より面白い人なんて星の数ほどいる。
わたしなんてちっぽけだった。それを思うと心が苦しくてしかたがなくなるのだった。
そんな胸に秘めていたことをあなたに指摘されて、心がざわめいた。
あなたが次に言う言葉を私は怯えながら、そしてどこかで期待しながら聞いていた。
あなたが次に言う言葉は、きっと私を救ってくれるものだと思うから
君を探していた。
もう数え切れない時間が流れて、オーエンは寿命が尽きて、生まれ変わって時が流れても、君を探していた。
君を…。赤い髪をしていて、眩しい顔で笑っていた、彼を。
「騎士様、きしさま、きしさま…」
どれだけ時が流れたのだろう。忘れることができなかったのだ。オーエンの寿命で言えばたった刹那の間、たったの数年、恋人だったわけでもなく、ただ魔法舎で共に生活をしただけだった。
20代の若さで命を落としてしまった騎士。
最後は呆気のないものだった。弱い魔法使いを庇って死んだのだ。
そんな一瞬しか生きなかった魔法使いの、もっと刹那の時共に過ごしただけなのに、オーエンの心にはその騎士の姿がずっとずっと、離れなかった。
どうしてなのか、オーエン自身には分かっていなかった。
この長い時間、どうしてこんな焦がれるような思いを抱き続けているのか、分からなかった。
アイフォンの画面を見ながらふと顔を上げる。
その瞬間、手に持っていたものを落とした。
あぁ、やっと、やっと…巡り会えた。
「騎士様!!!!」
カインが困惑したように顔を上げる。次の瞬間白髪の美しい少年に、目を奪われた。
僕は金髪の少年が死喰い人だという確信を持っていた。賢いハーマイオニーは違うというけれど、僕は彼だという確信があった。それを証明するものを探すために、彼をいつも忍びの地図で監視していた。最近彼は、…ドラコ・マルフォイは一人でいることが多い。一体何をしているんだ、必ずつきとめてやると、彼から目を離さなかった。
彼は前と比べて毎日少しずつやつれているように見えた。しんしんと降り積もる雪のように白かった肌は、青白くなり、元々細かった体はもっと痩せ細っているように見えた。そして、そして、最近気がついた事なのだが、彼は、彼は笑わなくなった。
入学してから、最近の、本当にほんの少し前までは逆に笑った顔しか見なかったのだ。ニヒルに意地悪くいつも嫌な笑みを浮かべて同寮の連中と話していたし、僕と話す時はより一層その笑みを深めていかにも楽しそうに、すれ違ったらこれ幸いと不毛な皮肉をぶつけてきたり、嫌がらせをしてきたりしたのに。
最近では一切そのような絡みをしてこなくなった。ハーマイオニーはアイツはもう懲りたのよ、とかもう少なくとも子どもじゃなくなったのよ、と言うけれど。
最近は僕に絡みにくるどころか、マルフォイが僕の姿を見つけると、僕に気が付かれるよりも早く、音を立てずに、その場からいなくなるのだ。まるで、一人でいる今の自分のことを僕に見られることが恥だと言うように。
あんなにマルフォイを持て囃していたスリザリンの連中も、最近では彼を無視するかのように振る舞うことがあるのだ。
彼はどんどん一人になっている時間が増えている。最近では、学食でも見なくなった。
そうして最近、彼は夜中にどこか知らない部屋に篭っているのだ。この部屋はどこなのだろう、と僕は首をひねる。
毎夜その部屋に彼は行っているのだ。
怪しい。ついに僕は透明マントを取りだして彼の後を追いかけた。
ーと
その部屋には不思議な魔法道具のようなものが多数存在していた。それらは希少なものなのだろう、だが、それら全ての存在感をかき消すように、部屋の真ん中にある、大きな鏡に思考を奪われた。忘れもしない、ーみぞの鏡だった。
彼はその鏡の前に座り込んで鏡に手のひらを着いて、鏡を見ている。誰もいない、しいんと静まり返る、この部屋で。
マルフォイはとても穏やかな顔で鏡を見ている。僕は彼のそんな顔を初めて見た。
そうして、彼は鏡に、驚くほど柔らかい、優しい笑顔で、花も恥じらうような美しい笑顔で、笑いかけた。
僕はどきりとした。その笑顔は鏡に向けられているのに、どうしてかはわからないが、まるで僕に向けられているような錯覚がしたからだ。
僕は自分の感情の整理に戸惑っていた。そしてもう一度彼を見た。
でも彼の笑顔は刹那だった。少しずつ弱々しいものになっていき、壊れそうな笑顔になった。眉が八の字に曲がった。そうして彼は俯いた。瞳から、ぽろぽろ涙が零れた。
「…………たす…けて……助けて……僕を……僕を助けて…」
彼は泣いていた。
僕はその場から縛られたように動けなくなった。