「君の初恋はいつ?」
「……状況分かってます?」
「もちろん!MS5!」
「……」
「きっと聞かれないだろうから言っておくとM(マジで)S(刺される)5(秒前!)の意だよ」
「あの、黙って」
「その物騒な武器を俺の首から離してくれたら考えるよ!」
「ちなみに俺の初恋は今さっき!君です!付き合ってください」
「……媚びても無駄ですよ」
「いてててて!ちょっとくい込ませないで!マジ!マジです!あれ、見ないメイドだなー、可愛いなー、って見惚れてたらこのザマだよ!あ、そうだ、はじめまして。どこに雇われた人かな?何歳?お名前は?彼氏いる?」
「ご丁寧にありがとうございます。はじめまして、お坊ちゃん。全て秘密です。で、そろそろいいですか?」
「秘密かー。君のこともっと知りたかったのに残念だ……ま、君にならいいよ~一思いにやってくれ。」
無事了承を得たので手に力を込めた。なんだかんだふざけていたけど、過保護な両親によってほぼ軟禁されていた箱入り息子。手を震わせぎゅ、と目を閉じている。本当は怖いんだろうに、かっこつけて、馬鹿な人。
彼の首からそっとナイフを離し、そのまま自分の首をかき切った。
最初からそのつもりだった。
無様に床に転がる。いつの間に目を開けたのか、私を見下ろし何事か言っている彼に微笑みかけた。
全ての感覚が遠くなっていく。あんなにうるさかった彼の声がまるで聞こえなくて残念だ。
ターゲット写真を見た日からずっと会ってみたくて、話してみたくて、焦がれていた人。
こんな立場同士だ、私たちが一緒になれることがあるはずない。
だから、どうしても一生忘れられないほどに記憶に焼き付けてしまいたかった。
さようなら、私の初恋の人。
君と出会ってから、私は…………
「─それでさ、昨日おばあちゃんがさ……」
むか。
「おばあちゃん、いつもは……」
むかむか。
「で、今度おばあちゃんと出かけるんだけどさ、」
むかむかむか!!
性格が、悪くなってしまったかもしれない……!
家族想いなのはいいことだ。私は君のそういう優しいところに惹かれたわけだし。
「……あれ、どうかした?」
うう、私の様子にすぐに気づいて心配してくれる、そういう他人思いなところも好き……
いや、じゃなくて!
「おばあちゃん、おばあちゃんって!もうご家族の話はいいよぉ!昨日も一昨日も先週も、話題の中心おばあちゃんじゃん!私もう相槌のレパートリー尽きちゃったよ!!可愛い彼女が目の前にいるのに他に話すことあるでしょ!?
おばあちゃんは君にとってなんなのよ!!!」
「え……祖母……」
それはそう。
なんだか力が抜けてしまって机に突っ伏した私の頭を、ごめん、って謝りながらそっと撫でてくれる。
機嫌をとろうとしてるようだけど、残念!もう機嫌直ってます!私ほんとちょろい!
大好きな人の話を共有してくれてるのに、こんなことで寂しくなっちゃって怒って、私のばか……
「んーん、こちらこそごめんよ……」
君と出会ってから、私は少し性格が悪くなってしまったかもしれない。
彼の話すこと、することに毎日振り回されっぱなしだ。
~~~~~~~~~~
購買行ってくる、と教室を出ていく彼女を見送っていると、
「お前、また婆ちゃんネタにして彼女いじめてるのかよ。」
前の席の悪友が振り返って話しかけてきた。
「いじめてるとは失敬な。からかってるだけだ。可愛いだろ僕の彼女。」
そう、別に僕はおばあちゃん子ってわけじゃない。あ、祖母が嫌いって意味ではない。
平均的な祖母と男子高校生の距離感なので安心してほしい。
「いやまあ確かに反応可愛いけどさあ、」
「は?彼氏を目の前にしていい度胸だな」
「なんて答えたら正解のやつ?」
ちょっと引かれた。
「ほどほどにしとけよ~。流石にクラスの女子をネタに使うのとかは、」
「それは絶対しない。不安にさせるのはマジない」
「あ、そう……」
……僕のことで君がコロコロと表情を変えてくれるのがなんだか嬉しくて、ついちょっと意地悪をしてしまうんだ。
君と出会ってから、僕は少し性格が悪くなってしまったかもしれない。
目を閉じ、息を吸って、吐いて。頭から爪先まで酸素が広がっていき、じんわり暖かくなっていくのを感じる。体全体でゆっくり、ゆっくり、呼吸をする。
大地に寝転び、流れる雲を眺める自分を想像した。
ああ、今日はなんて日向ぼっこに適した日なんだろう。
爽やかな風が頬を撫でていく。
芝生の柔らかな感触とほのかな土の匂いに、なんだか地球に抱きしめられているような心地を覚えた。
眩しすぎず暗すぎないほどよい日差しに、眠りの世界へと誘われていく。
抗わないでいるうち、スゥ、と意識が遠のいた。
……
…………
「時間です。」
……はっ。
「いかがでしたか?実践を終えたところで本日のマインドフルネスのワークショップは終了です。ありがとうございました。」
題・向いてない
今日はなんだか勇気を出せる気がした。
明日は年に一度の誕生日だし!
お気に入りの服を着る。メイクもヘアセットも、過去最高に頑張った。今日の私、イケてる。
そんでもって、なんとはなしに部屋を片付ける。あれも捨てて、これも捨てて。よし、机も拭いとくか。
用事は外だからほんとはこんなの必要ないんだけどしっかりと。うまくいくように願掛けみたいなものだ。
持ち物チェック。
スマホ。財布。定期券。
うん、これだけでいい。こうして厳選してみると、意外と私にとって大事なものって少ないんだなって気づいた。馬鹿みたいに心配して、大量に持ち物を持ち歩いてたのほんと無駄だったなあ。
今更あれこれ言ってもどうにもならないし、もうどうでもいいけど。
そんでもって、最後の最後に、大事なことを確認。
さっき閉じたばかりのLINEのトーク画面を開いた。
「あんたなんか産まなきゃ良かった」
「そんなに死にたいなら死ね」
「……」
……正直に言う。
ああ、これでこの選択をする大義名分ができた、と喜んだ。
私はもうこれ以上、明日が来るのを怖がりたくなかった。
学生証も教科書も筆記用具もいらない。
家の鍵も置いていく。もう必要ない。
さあ、勇気をだして、明日の私に過去最高のプレゼントを贈ろう。
「……それじゃあ、いってきます!」
…………過去の私へ。びびってくれて本当にありがとう。
枕に顔を埋めてジタバタしたくなるような黒歴史がある。
それは中学時代、帰宅後の秘密の日課である。
その①、家に誰もいないことを確認。
その②、戸締まり確認。
その③、アクションスタート。
私「ゴホン。……待って!誤解なの、私本当にあなたのことが……」
私「信じられるかよ!お前も俺を利用してたんだろ!」
時は大厨二病時代、私の趣味はお気に入りの少女漫画を家で音読することだった。
お分かりいただいているとは思うが、劇団ひとりである。
妄想の世界でイケメン達が私を取り合っている。
私「あなたが好きです!付き合ってください!(渾身の叫び)」
完全に自分の世界に酔いしれていた。
しかし、ふと気づく。
いつもより声がよく通るような?
このあたりで、体に満ち溢れていた謎の万能感とエネルギーが消えた。
なんとなく直感で分かる。これ、私の声の調子がいいとかそういうのじゃなくて、環境の問題だ。
背筋が冷たい。私はベッドの上で寝転がっているのに、ミシ、と床がきしむ音がする。
いや、そんなはずない、だってこの家には私以外誰もいなかった。
しかし確実に背後から冷気を感じていて、腹をくくった。
いやだなー、怖いなー、と思いつつ、いちにのさん、で振り返る。
自室のドアが、開いていた。
「……ただいま。」
「あ」
「……」
「……」
「その、ごめんね、ノック忘れてた……」
「……うん」
お前いつもしてねーだろ、というツッコミはぐっと飲み込んだ。普段のその辺のデリカシーの無さを改めてもらう絶好の機会だ。
というか、この突発イベントがせめてそれくらいの良い変化をもたらしてくれないと、割に合わない。手放したくても手放せない理性が頭の片隅でそう囁いていた。
「……今日、お母さん仕事半休。」
「うん」
「……スーパー行ってて、今帰ってきて、靴あるの気づいてさ」
「うん」
「…………アイス、買ってきたんだけど。食べる?」
「うん」
遠くからそっとクーリッシュが差し出される。私は動物園の猛獣か?
小声かつ高速でお礼を言って受け取るも、目を合わせられず、ひたすらにパッケージのロゴを見つめていた。意外とシンプルだった。
沈黙があまりにも重く、地獄のような時間だった。
「……えっと、今度からはそっとしておくから」
「もうやめてください」
こうして私の厨二病は痛みとともに終わった。
#優しくしないで
いたたまれないので