勇気を翼に込めて、この広い大空に飛び立とう……という気概はさらさらないままテキトーに先生の話を聞いて(るふりをして、)たりタイミングよく立ったり座ったりしてたら、なんかぬるっと卒業式が終わっていた。
それから早数ヶ月。大学生生活にもなんとなく慣れてきた。
全然実感がわかないまま、ライフステージを上がってしまっている。
気持ちはまだ小学生なのになー、と、ドリンクサーバーでオリジナルミックスジュースを作りながらぼやく。やっぱサイゼしか勝たん。
自分の席に戻ると、気配に気づいたようで向かいの座席でスマホを弄ってた女がちょっと顔を上げた。
「ただいまー」
ういー、ってテキトーな返事が返ってくる。お互いそのままスマホに戻った。
いつもの感じだった。こいつも全然変わってない。いや、お互い化粧を覚えてなんかちょっと見た目は変わったけど。内面はやっぱりそのままだ。
近況報告のつもりで久々に集まったものの、今までと変わらない距離感、過ごし方。置いていかれてたら、ってちょっとだけ不安だったので、仄暗い安心感を抱く。
風に身を任せ、私たちはなんとなーく流されるまま大人になっていく。小さな頃に憧れていた大人像には程遠くて、ちょっと焦る気持ちもあるけれど、この子との日常だった風景が失われてしまう、と考えたら、まあ何も変わらないままの私でも悪くないのかなって思った。
私には幼なじみの男の子がいる。
幼稚園に入る前から友達だったし、小学校のクラスもこの2年間ずっと一緒。
自他ともに認める(1度使ってみたかった)、1番仲良しの子ってやつ。なんでも話せる仲だった。
……過去形なのは、いつの間にか私から彼へ向かう気持ちが少し変わってしまったから。
テレビでやってたし保健の教科書にも書いてあったけど、もう少し経ったら男女がずっと一緒にいるのは変なことになるみたい。お姉ちゃんも、男の子と遊ばなくなっちゃった。
私も、いつかあの子と遊べなくなっちゃうのかな?
クラスの女の子たちは、早くも〇くんが好き、△くんに好かれてるかも、両思いかな?……なんて話題で盛り上がってる。
男の子たちはまだそういうの全然みたいだけど。だってほら、授業が終わった瞬間、彼が私の席まで迎えに来てくれた。今日は公園に行く約束をしていたのだ。
手を繋ごう、だって。嬉しいな。ドキドキしてるの、バレてないかな。
もうちょっとだけ隣にいたいから、
君にはまだ、子供のままでいてほしい。
蝶々はまあ好きだけど、蛾は嫌いという人は多い。かくいう私もその1人だ。
蛾は、形や色や動きが気持ち悪い、夜中に光に集まってきて不気味、あと名前も何か音が汚い。などなど、とにかくマイナスイメージが強い。…でもそれは、ほんとうに全ての蛾に当てはまる特徴なのだろうか?蝶々には全く当てはまらない特徴なのだろうか?
気持ち悪い蝶々もいるし綺麗な蛾もいるのに、身近にいる蝶々…モンシロチョウや蛾…ノシメマダラメイガ(家に出る小さいのはこれらしい)に対するイメージだけでよく知らない生き物全体の好き嫌いを簡単に決めつけてしまうのは、少し勿体ないことなのかもしれない。
虫以外にも、私たちは無意識に同じことをしているのではないか、とたまに不安に思う。せっかく世界はこんなに広いので、色々なことに興味をもって、先入観だけで好き嫌いを決めてしまわないように生きたい。
放課後。
課題を出しに職員室に向かった友達を待ちながら、
廊下の掲示スペースに張り出された先月の川柳大会の作品を見ていた。
うちの学校では、テーマに沿った川柳を作る大会が月イチで開催されているのだ。
初代校長の趣味が川柳だったとかなんとかで(よく覚えてない)開校以来続いているらしい。
大会といっても賞や景品が出るわけではないのだが、意外と参加者は多い。
文系の教育に力を入れている学校なので、意識の高い生徒が多いのだろう。
ちなみに私は読む専の文系女である。
それにしても、今月も3人に1人は好きな人が死んでいる。誰が決めているのか、最近はなんだかポエミーなテーマばかりなせいだろう。
先月は世界が終わるとしたらとかなんちゃらで、今月は初恋。
毎月毎月、なんだか湿った作品が多い。ちょっと食傷気味だな、なんて読み専のくせに好き勝手な感想を抱きながら目線を動かしていく。
いつまでも 忘れられない 五十音
(……?)
なんとなく足を止めた。
なんだか気になって作品の解説欄を見たが、空白だった。
誰の作品だろう。ワンチャン知り合いだったら色々聞けるかな、と続いて名前欄に目をやると、見覚えのある名前だった。
確か、去年同じ学年に転校してきた女の子。
顔を全然覚えて無いし話したこともない。マジで他人だ。良くも悪くもなんか暗いし影が薄い印象だったのは覚えてる。
一応同学年という繋がりはあったけど、コンタクトは無理そうだ。
でもやっぱりなんか、作品が気になる。
……話しかけるの、アリかなあ。
入学してから2年半、今の友達関係にはそれはもう満足してるし、毎日楽しく過ごしている。
今更新しく友達を作りたい、なんて気は全然なかった。むしろ受験控えてるのに今から友情育んでどうすんだよ、って感じだし。
でも、ちょっとだけ。本当にちょっとだけだけど、彼女と話をしてみたい、なんて柄にもないことを思った。
とりあえず、数年ぶりに初対面の人への話しかけ方を復習しよう。
思えば去年は怒涛の1年だった。学校の退学、入試、入学、退学。 数回に渡る引越し、入院、戸籍の変更、もろもろの書類申請……気分がこれ以上ないほど浮いたり、はたまた過去最低まで沈んだり。
世間知らずの私は、たくさんのことをたくさんの人から教えてもらって、そして今ここに居る。
本当に、周囲の人と運に恵まれた。私は今、奇跡の積み重ねで生きていると思う。ありがたい話だ。
あの時は死んでしまいたいほど悩んでいたけれど、こうして振り返ると意外と喉元過ぎれば、という感じで。前とさほど生活態度は変わっていないし、なんなら段々適当になってきてる気がする。
私はあの時、もっと頑張ればよかった、もっと真面目に生きればよかった、と非常に後悔した。
このまま惰性で生きていくのは、去年の踏ん張った私やお世話になった人々に対しての裏切り行為だ。
毎日少しずつ努力して、変わっていって、皆に恩返ししたい。
1年後には(といっても去年のあれこれからちょうど1年後、と考えると半年ほどしかないが)一人前の人間になっているぞ、という下半期に向けての宣言、もとい未来予知をしておく。