「よしっこれでよし」
スマホのストップボタンを押す。
SNSにあげる動画の撮影を終えて確認、投稿。
2人の記念日に、ラブソングに意味ありげな振り付け。
アイツには伝わるはず。
でもちょっと抜けたとこがあるからなー。
スマホを取り上げ、メールを送信。
「動画見てくれたー?」
これは俺から秘密のメッセージ。
アイツに届け。
(秘密の手紙)
「あーあーあー」
「さっきから何やってるんだ」
「来ないんだよねー」
ずっと待ってるのに。
はぁと背後からため息が聞こえた。3階の窓から伸ばした指先に風が当たって感覚が鈍くなっている。
「そこ開けられてると寒いんだが」
今日何度目かの注意を受けた。
「ごみんねー」
だって来ないんだ。
俺だって寒いよ。
冷え切った空気に白い息を吐き出す。
「ったく何しに人のクラスまで…」
さらさらと白い紙の上を走るシャープペンの音と。
聴き慣れた少し低い声。もう慣れた。
「さっきから何を待ってるんだお前は」
「ん、いや、べっつに〜。そんな事より何やってんの?俺のこと構ってよー」
ちょっとだけ窓に未練を残しつつ側で机にかじりついてる男の腕の中をのぞく。
本人をきっかり表した整った文字がびっしり並んで。
「うっわーお前らしいっつーか日誌にここまでする必要ないんじゃないの〜」
「返せっ」
手にとって見てた日誌を奪われた。
「まっじめでちゅね〜」
まだかな。
「あー暇だねー」
早く。
「暇なのはお前だけだ」
「あ、そゆこと言いますかー」
「こんな時期に余裕ぶっこいてるのはお前ぐらいだろう」
探るような声音に。
「まぁーね!ワタクシの頭脳を持ってすればどんなとこも不可能はないですからねっ」
冗談めいて返した。
「随分な余裕だな」
「……そうでもないよ」
今度は聞こえるか聞こえないかぐらいの声で応えた。
首筋を通る風が冷たい。
「そういえばアイツはどうしたんだ?」
「しんろしどーしつ。先生からの呼び出し」
「…アイツはどうするんだ」
「何が?」
紙の上を走るシャープペンの音が聞こえない。手が止まってるよ?
もう冬の気配がする。
俺たちは否が応でも先を選択しなければならない。
その時が迫ってる。
アイツはどんな選択をするのだろう。
冷たい風が吹き抜けた。
空が低い。
もうすぐ冬がやってくる。
🐬(冬の足音)
また彼はプレゼントを携えてやってくる。
「だから君ねぇ毎回毎回何か持ってこなくてもいいんだよ?」
嗜めるように言うと彼は訳がわからないと言うように首を傾げた。
「俺はお前からありがとうと言ってもらえるとここの辺りがあったかくなるんだ」
軽く胸をさすった。
「だからありがとうと言え」
愛を与えられないで育った彼は毎回プレゼントの見返りに「ありがとう」を欲しがった。
「…ありがとう」
形式的に応えてやる。
「でもね、すごくありがたいし嬉しいけど毎回貰ってばかりじゃ心苦しいんだ」
「ありがとうと言えばいい」
「うん…でもこう言うのはね、例えばそう…このケーキの入った箱」
中身を取り出して空っぽにする。
「例え中身が入ってなくても君が持って来てくれるだけで嬉しいよ。来てくれるだけで充分なんだよ」
目の前の男は、一層訳がわからないと言う顔をした。
「だからこれはその…気持ちの問題だから。君が会いに来てくれるだけで充分なんだよ」
少しごわついたその髪をそっと撫でる。
まだ納得がいかない顔をしたままの男は、僕の口にケーキを差し出す。
「でもアンタ甘いもの好きだろ?」
苦笑してそのまま目の前に差し出されたケーキをひとくち齧った。
いつかこの愛を知らない男にこの気持ちが伝わるといい。
📦(贈り物の中身)
今日も隣りのベランダからハミングが聴こえる。
壁1枚を隔てて顔も知らないお隣さん。
少し掠れた低音の声。
それがなんとも心地よく、初めて聴いたその次の日からこっそり耳を澄ませている。
いつも大体21時過ぎ。
それに合わせてスタンバイする。
もちろん毎日とは限らない。居るときもあれば居ないときもある。
段々冬支度していく空模様。空気もピンと張りつめて冷たく肌に刺さる。
こっそり開けた窓からベランダに腰掛け手にはホットココア。白い息が見える。今日も寒い。
しばらく寒さにまとわりつかれながらぼーっと目の前に広がる星空を見つめる。
空気が澄んで星がよく見える。
今日も知らない音が空気の間を流れていく。
それに合わせるように目を閉じて身体をゆらゆらと動かす。
彼の歌声に身を委ねる。
風に乗ってほんのりとタバコの匂い。
うっすら目を開けると夜空に白い煙がひと筋流れていた。
濃紺の空間にうっすら白い跡。
静かにそれを見つめる。
1日の終わり。
なんて事ない夜空と冷たい空気と知らないハミング。
それを聴きながら僕はいつも呼吸をするのだ。
今日もお疲れさま。また明日ね。
(凍てつく星空)
びーえる注意報!
隣りですやすやと眠る彼。
起きてるとすぐちょっかい出してきて暴れるから今もシャツからちらりと白いお腹がはみ出てる。
それを整え、布団を肩まで引き上げてやる。
するともぞもぞと動いて傍らに座っている俺の腰に抱きついてきた。
その髪をそっと撫でる。
こんなに君を好きになるとは思わなかったなぁ。
初めて出会った撮影読み合わせ。
度重なるキスシーンの多さに2人で目も合わせれずに居たのは始めのうちだけで。
数日もしないうちに、無邪気にふざけて絡んでくるからすぐ打ち解けた。
最初は感情表現が豊かでくるくる表情が変わって元気ですごく気が合うな、ぐらいだった。
でもその間に見せる脆さに危うさを感じて心配になったりもして。
見守ってるうちになんか段々と守りたいと思ってしまう自分が居て。
気付くとずっと姿を追ってた。宝物のように優しく優しくしてあげたいと知らずに接してしまってた。
周りにもあからさまに分かるように。
でも撮影では恋人になるとは言え、現実では同性同士だし冗談混じりに口説いてみても笑って否定されてたからそれが叶うとは夢にも思っていなかった。
それでも撮影で交わす熱い抱擁と口付け、甘い言葉で偽りの愛を紡ぐ。
「本当に君は男を愛せないの?」
「一秒でも俺のこと好きだと思ったりしなかった?」
「俺はすごくお前と寝たいんだ」
そこにこっそり本音を混ぜて。
「本気で言ってるんだよ」
目の前で揺れる瞳。困ったように笑う。
想いが溢れて止まらなくて。役に感情を乗っ取られてたかもしれないけど。
日に日に想いは膨れていくばかりで。
毎日のように交わす口付け絡む視線境界線もなく抱き合う。
見つめるだけで甘い空気をまとってしまう俺らに何度も指導が入る。まだそこは仲良くないシーンだよまだだよ。
撮影の合間の他愛もない会話やなんて事ないスキンシップ触れる指先見つめる視線にお互いに熱がこもって来てたのは気のせいじゃないよね。君も同じ気持ちで居てくれないかな。
そんな気持ちで居たある撮影の、抱きついたまま待機のその時にそっと漏らしたきみの言葉。
「この役がとても羨ましいんだ。こいつには彼が居て。最近こんな考えばかり浮かんでくるんだ…」
「ねぇ僕はどうしたらいい?教えてよ」
台詞にはない言葉。それってつまり…そんなまさかまさか。
動揺して信じられなかった。
君も同じ気持ちで居てくれるの?
「あとでホテルで話そ」
その後の撮影はよく覚えてない。
そっとそっと髪を撫でる。
君はくすぐったそうに身をよじる。
「まさかこうして一緒に居られるなんて夢みたいだな」
あの先隣りにいる未来なんて絶対無理だと思ってた。
きっと叶わないと。錯覚だと。
あの激しく甘く過ごした夏を過ぎても俺らの想いは覚めなくて今もこうしてここにいる。
ただただそばに居て笑って。
君が幸せでいればいいと願うよ。
そしてその側でずっと見守りたい。
(君と紡ぐ物語)